第14話 ◉理解者


ビーストは闇の中をさまよい続けていた。

あれから一体何日経ったのか。もはや時間の感覚が完全に無くなっていた。


なぜかここでは野生解放が止まっていたが、体と心はすり減っていた。どれだけ歩いても周りは闇だけで、暗くて寒くて寂しくて仕方なかったが、そんな事が考えられなくなるくらいビーストは疲れ切っていた。今自分が寝ているのか起きているのか、それすらもはっきりしない。もし倒れてしまったら、もう起き上がる事はできないだろう。


そんな闇の中にポツンと明かりが見えた。ビーストは足を引きずりながらそこに向かった。

しかし行けども行けども明かりは大きくならない。意識が朦朧となり、とうとう彼女は前のめりに倒れてしまった。



気がつくと、ビーストは暗い森の中をたった一人で走っていた。森はどこまでも続いていて、一向に先が見えない。不安と寂しさで、頭がおかしくなりそうだった。


するとどこからか冷たい笑い声が聞こえてきた。そしてザワザワという音と共に木々の形が歪んでいった。それらは無数の巨大なセルリアンの姿へと変わり、たくさんの目が彼女を一斉に睨んだ。恐怖で胸が張り裂けそうになり、彼女は大きな悲鳴を上げた。



ビーストは叫び声を上げながらガバッと起き上がった。

心臓をバクバクさせながら慌ててあたりを見回すと、上には研究所の天井があって、いつの間にかベッドに寝かされていた。

どうやらさっきのは夢だったようだ。ビーストは、ふうーっと大きな安堵の息を吐いた。それからすぐそばに誰かがいる事に気づいた。

そこには耳を塞ぎながら細くなっている博士と、羽を逆立てている助手がいた。2人とも目をまん丸にしながら彼女を見ている。


博士「お、脅かさないでほしいのです、まったく。」


助手「さ、騒がしい客なのです、まったく。」


ビーストは、ふと自分の体を見回した。なんだかこざっぱりとしていて良い匂いがする。すると博士と助手が得意げにこう言った。

博士「気付いたようですね。眠っているフレンズを風呂に入れるなど、今の我々にはチョチョイのチョイなのです。」


助手「まさかサーバルを世話した経験が、こんなに早く活きるとは思わなかったのです。」


そこへ、叫び声を聞いたかばんさんが慌ててやってきた。

かばん「一体どうしたの!?…あ、よかった、気がついたんだね。近くで倒れていたから運び込んだんだよ。」


ビーストはかばんさんをぼんやり眺めていたが、急にハッとした。

ビースト『ヒトが呼びに来た。もう行かないと。』


寝起きのせいもあって混乱していたため、かつての実験の日々に戻ったと思い込んだビーストは、疲れ切った体で無理にベッドから出ようとした。それを見て、かばんさんが優しく声をかけた。


かばん「よかったら元気になるまで休んでいってよ。もし行く当てがないなら、ここで暮らしてもいい。」


これを聞いたラッキーさんは、思わず声を上げた。

ラッキーさん「アワワワワ。」


けれどもかばんさんは、ラッキーさんをそっと押さえながら「大丈夫だよ。」と言った。


ビーストは言葉は分からなかったが、かばんさんの声から優しい気持ちが伝わってきて、とても心が安らいだ。

彼女の声と匂いには覚えがあった。見た目はすっかり変わっているが、セルリアンに襲われた時、自分の身を顧みずサーバルキャットを守ろうとした子だ。


落ち着きを取り戻したビーストを、かばんさんはもう一度ベッドに寝かせた。


かばん「ゆっくりしててね。ご飯ができたら持って来るよ。」


博士「我々は、お前が悪いフレンズではないと知っているのですよ。」


助手「ですが、もう少し静かにして欲しいのです。我々、騒がしいのは苦手なので。」


そう言うと、3人は部屋を出て行った。


それを目で見送ったビーストは、大きなあくびをした。

あの3人は自分を受け入れてくれている事が分かったため、彼女は安心して再び眠りについた。

もう怖い夢は見なかった。



いい匂いがして、ビーストは目を覚ました。ゆっくり休んだおかげで、今度はやすやすとベッドから起き上がる事ができた。

そこへかばんさんがジャパリまんを持って現れた。


かばん「お昼ご飯だよ…あれ、もう起きて大丈夫?気分はどう?」


ビースト『ごはん!』


ビーストはかばんさんからジャパリまんをもぎ取ると、ガツガツとほおばった。それを見て、かばんさんはにこにこしながらこう言った。


かばん「よかった、元気がでてきたようだね。たくさんあるから慌てないで。」


そこへ、博士と助手が小皿を持って現れた。

博士「いい食べっぷりなのです。」


助手「これも食べてみると良いのです。」


刺激臭がして、ビーストの食べる手が止まった。恐る恐る皿の中をのぞいてみると、赤くてドロドロしたものが入っている。


かばん「それはやめたほうがいいんじゃ…。」


博士「マイルドなヤツなのです。」


助手「どんなフレンズでも食べられるよう作ったのです。」


2人はキラキラした目でビーストを見つめている。彼女は警戒しながらもお皿を受け取ると、それを少しだけ口に含んでみた。

とたんに舌が痺れ、全身が燃えるように熱くなり、口から火が出た。あまりの刺激に、彼女は気を失ってしまった。


かばんさん達は慌ててビーストを介抱した。

ベッドに横たわる彼女をみて、博士と助手は申し訳なさそうにしている。


博士「悪いことしたのです。」


助手「実験で感覚が鋭くなっていると資料にありましたが、味覚もなのですね。」


かばんさんは試しにそれを舐めてみたが、舌の先がわずかにピリッとしただけだった。

そして少し不安そうに言った。

かばん「もしかして私達、知らないうちに舌がおかしくなってるんじゃないかな。」


博士「そんなはずはないのです!」


助手「グルメな我々がおかしいなどありえないのです!」


こんなドタバタをよそにビーストが静かに寝息をたて始めたのを見て、3人はひとまず安心し部屋を出ていった。



それから数時間後、2つの影が舞い降りてきて、開いている窓の外からビーストをのぞいた。その気配に気付いた彼女はベッドから飛び起きて臨戦態勢をとったが、影はクスクスと笑いながらフワリと舞い上がった。

彼女は窓から飛び出して、その跡を追いかけた。


物音に気付いたかばんさんが部屋をのぞいてみると、ベッドはもぬけの殻だった。慌てて窓から外を見てみたが、ビーストの姿はどこにも見当たらなかった。


かばん「まだ体が回復しきってないのに、どこへ行ったんだろう?」


するとラッキーさんが慌てた様子でこう言った。

ラッキーさん「タイヘンダ。ふれんず型セルリアンガ現レタヨ。」

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