第9話 ◯かばんちゃんとサーバルキャット
その日アムールトラは、ジャングルエリアの研究所の屋根の上で眠っていた。すると突然、近くから強力なセルリアンの気配がした。彼女は飛び起き、そこへ向かって一心不乱に駆け出した。
木がまばらに生えている広場…、そこでかばんちゃんとサーバルが帽子型のセルリアンに襲われていた。ヒトの輝きに引き寄せられたセルリウムが、かばんちゃんの被っていた帽子の輝きを取り込んでセルリアン化し、2人に襲いかかってきたのだ。
サーバルが野生解放して必死に応戦したが、強力なセルリアンで歯が立たなかった。いくら爪をたたき込んでも、一向にひるむ様子がない。そしてついにサンドスターを使い果たし、サーバルキャットの姿に戻ってしまった。それでも懸命にセルリアンに立ち向かったが一撃で跳ね飛ばされ、そのまま岩に叩きつけられてしまった。
かばんちゃんが倒れているサーバルキャットに駆け寄ると、背後のセルリアンが2人に向かって飛びかかってきた。
『サーバルちゃんだけは助けないと!』
かばんちゃんは決死の覚悟でサーバルキャットに覆い被さった。
すると背後からぱっかぁぁん!という音がした。かばんちゃんが振り向いた先には、煌めくかけらが散らばる中で佇んでいるフレンズの姿があった。絶体絶命の状況に陥った2人を助けるためにビースト化したアムールトラが、セルリアンを撃退したのだ。
かばんちゃんもビーストの噂は知っていた。乱暴者で、いつも一人で暴れまわっているオレンジ色のフレンズだという。そして目の前の彼女は、厳つい手枷をはめていて、野生動物のような大きな手には巨大な鋭い爪が生えていて、目がギラギラと輝いている。さらにはその体からけものプラズムが激しく吹き出していて、全身がまるで炎のように揺らめいている。
するとその子は、かばんちゃん達をじっと見つめながらゆっくりと歩み寄ってきた。
かばんちゃん『こわい…!』
かばんちゃんは震えながら、サーバルキャットをぎゅっと抱きしめた。
このように怯えてしまったのは噂のせいだけではなく、あまりの出来事に動転していた事も大きかった。頭の中は感謝よりも恐怖でいっぱいで、これでは助けてもらったお礼を言うことなどできるはずもなかった。
『ふむ…、こっちの赤い子に怪我はないみたいだ。』
アムールトラはビースト化を解くと、2人の前にしゃがんで様子をうかがった。
かばんちゃんは体を小刻みに震わせて、泣きじゃくりながらサーバルキャットを抱いている。一方サーバルキャットは傷だらけで、酷く弱っていた。
『まずい、このままじゃ…けどどうすれば…そうだ、サンドスターを浴びれば助かるかもしれない!』
こう考えたアムールトラは、かばんちゃんに「ガウウ(助ける。任せて)。」と言った。しかし言葉が話せなくなっていたので、かばんちゃんには唸り声にしか聞こえなかった。
それから彼女はかばんちゃんの腕からサーバルキャットを奪い取ると、その首筋をしっかりと口に咥え、強い輝きの気配のするサバンナに向かって、四つん這いで猛然と駆け出した。
それを見て『サーバルちゃんがさらわれて食べられてしまう!』と勘違いしたかばんちゃんは、目に涙を浮かべ、サーバルの名を叫びながら必死にアムールトラの跡を追った。
しかし足の速いフレンズが相手では勝負にならない。どんどん引き離され、あっという間に見失ってしまった。
かばんちゃん「サーバルちゃん!サーバル…チャン…、ザー…バル……。」
とうとう息が切れて走る事ができなくなったかばんちゃんは、苦悶の表情を浮かべてガックリとその場にへたり込んだ。
するとそこへ博士と助手が舞い降りた。ラッキービーストの通信からかばんちゃんの危機を知り、急いで駆け付けたのだ。
ここへ来る途中でジャングルの中にある建物を見かけた2人は、かばんちゃんを休ませるため、そこに連れてゆくことにした。かばんちゃんは錯乱していたが、道すがら「フレンズは動物を食べない。」と、何度も言い聞かせているうちにしだいに落ち着きを取り戻した。
生い茂った草を踏み分けながら歩いてゆくと、厚い壁に囲まれた大きな建物が見えてきた。入り口のドアに鍵はかかっておらず、すんなり中に入ることができた。
ここには電気が通っていて、様々な機械だけでなく、キッチンや寝室もあった。2人はひとまずかばんちゃんをベッドに寝かせた。
それからキッチンを調べてみると、ホットプレートと鍋があった。火は怖くて扱えないが、これなら電気の力で料理を作ることができそうだ。
博士「おいしい料理を作って、かばんを元気づけてやるのですよ。」
助手「良いアイディアです博士。料理といえばアレですね。」
蛇口から水が出る事を確認した後、2人はカレーの食材を探しに外へ出た。しかしここにはお米と、とろみの素となる小麦粉と、味と香りを付けるための香辛料が無かった。これではカレーを作れない。
その代わり、何やら赤いものが生えていたので取ってきた。これがなんなのかは分からないが、幸いパークの自然に詳しい者がすぐそばにいる。
2人は寝室に行き、かばんちゃんづてにラッキーさんに教えてもらった。なんでもトウガラシというものだそうだ。辛ければどうにかなるだろうと判断した2人は、これをキッチンに持ってゆき、先程拾ってきたきのこや山菜と一緒に爪で切り刻むと、グラグラとお湯を沸かした鍋に放り込んだ。
しばらくして、博士と助手が得意満面な表情を浮かべながら、お鍋と3人分の食器を持って寝室にやってきた。そして料理をお椀によそうと、匙と一緒にかばんちゃんに手渡した。
その中に入っていたのは、禍々しい真っ赤な汁物だ。かばんちゃんはそれを一目見るなり嫌な予感がしたが、2人のキラキラした眼差しを見て断れなくなってしまった。
そして3人で「いただきます。」を言って一口食べてみた。すると一瞬の静寂ののち、3人とも凄まじい顔つきになり、派手にむせて吹き出してしまった。
博士と助手がこしらえた料理は具材の大きさがバラバラなうえ、生煮えで灰汁が抜けていない。また汁は苦くて辛いだけで旨味が無いと、とても食べられるような代物ではなかったのだ。
博士「なんれふかこれは!これは料理じゃないれふよ、助手!」
助手「博士の指示通りに作ったのれふよ!」
目をうるませ、真っ赤になった唇で文句を言い合う博士と助手。しかしそれを見たかばんちゃんが笑った。少し元気がでてきたようだ。
その様子を見た2人は安堵した。
博士「闇雲に探してもサーバルは見つからないのです。」
助手「ここは誘拐犯の縄張りかもしれないのです。何か分かるかもしれないのです。」
何か手がかりが見つかるかもしれない。4人は建物を探索した。
そして徐々にこの建物の事が分かってきた。ここはかつてビースト計画(プロジェクト)が行われた研究所だったらしい。
かばんちゃんは研究所に残された資料を読み、アムールトラがビーストになった経緯を知った。また研究者の日記には、彼女を心配するパークの住人達の様子が細かく記されていた。
これらの事から、かばんちゃんは彼女が悪いフレンズでは無いと判断した。
かばんちゃん「きっと、サーバルちゃんは大丈夫。」
そう確信したかばんちゃんは、すぐにでも追いかけてサーバルを探したかったが、再び自分がセルリアンを生み出してパークのみんなを危険に晒してしまうかもしれないと考えると、それができなかった。
どうやらここではセルリアンの研究も行われていたようだった。
もしかしたら対処法が見つかって、みんなと安心して暮らせる日が来るかもしれない。いや、どれだけ時間がかかっても必ず見つけ出すと、かばんちゃんは決意した。
かばんちゃん「それまで待っててね、サーバルちゃん。いつか必ず会いに行くからね。」
こうしてかばんちゃんは、ラッキーさんと博士と助手の4人でここに住み、セルリアンの研究に励む事になった。
とは言うものの、まずはじめに取り組んだのは食べられる料理を作ることだった。そうして試行錯誤の末に完成した激辛鍋は、ここでの定番メニューとなった。
☆
一方、サバンナに到着したアムールトラは、水飲み場にやってきていた。走りっぱなしですっかり息が切れていた彼女は、サーバルキャットを一旦水辺に置くと、泉に直接口を付けてガブガブ飲んだ。
どうにか人心地がついて改めてサーバルキャットの方を見ると、相変わらず目を閉じたまま倒れている。
すると近くの山が噴火し、あたりにサンドスターが降り注いだ。そしてその中の一つがこちらに飛んできて、サーバルキャットに当たった。その体が虹色に光り輝き、むくむくと膨らんだのちヒトのような姿が形成されてゆく。
そうして輝きが消えた後には、サーバルキャットはフレンズの姿になっていた。まだ目を閉じたままだが、規則正しい呼吸をしている。
それを見て彼女はホッと胸を撫で下ろしたものの、気がかりな事もあった。
アムールトラ『よかった。…でも記憶は無くしてしまっただろう。』
その時、アムールトラはふと水面に映っているものに気付いた。そこには厳つい手枷のついた腕と、野生動物のような大きな手、長く伸びた髪と鋭い目、そしてギラギラと輝くキバの生えた口をしたフレンズの姿があった。
それから倒れているサーバルを見た。この子の周りには、サンドスターがキラキラと輝いている。
それを見て、『この子と私では、住む世界が違うんだ。』と思った。彼女はサーバルを起こさないようにそっと離れると、物陰に隠れて様子をうかがった。
しばらくすると、これまたおっきな耳をしたフレンズ…カラカルがやって来た。その子はしばらくの間サーバルを不思議そうに見つめた後、声をかけた。
するとサーバルはゆっくりと目を開いた。そしてカラカルをじっと見た後、口を動かし始めた。ここからでは会話は聞こえないが、どうやら言葉を交わしているようだ。
それからサーバルは起き上がり、にこにこしながらカラカルと一緒に駆けて行った。
その様子を見届けたアムールトラは、少しだけ寂しそうな顔をしていた。
『お友達もできたようだし、私がいなくても大丈夫だよね。』
彼女はそう判断し、その場から姿を消した。
しかしこの時、彼女はちょっとしたミスを犯した。
サーバルの命が助かった事で気が緩んでしまい、かばんちゃんの下へ送り返す事をすっかり忘れてしまったのだ。
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