第5話 ◯襲撃事件
もうすぐアムールトラの誕生日。正確には、彼女がパークの一員となった日から一年が経とうとしていた。
それを記念して、セントラルパークのイベント会場で、誕生パーティーも兼ねた大規模なマジックショーが開催される事になった。
もちろんあの子も招待されていた。彼は招待状が届いた日から、何を贈り物にするか散々悩んでいたのだが、大舞台で輝いている彼女の姿をスケッチブックに描いてプレゼントする事にした。
そして誕生日当日。その日は朝からとても良い天気に恵まれた。
アムールトラは会場から少し離れた所で、周りのみんなと談笑しながら機材を運んでいた。
彼女は昨日からずっとウキウキしていた。おかげで夜は、興奮してあまり眠れなかった。思わずグッと伸びをして大きなあくびをした後、あの子の顔を思い出し、慌てて気を引き締めた。
『あぶないあぶない、しっかりしないと…!』
一方あの子は、一足先にマジックショー会場を訪れていた。
そこはアムールトラのためにきらびやかな装飾が施されていた。まだ開演までかなりの時間があり、会場内では数名のスタッフとフレンズ…、パークガイドのミライさん、サーバルとカラカル、イエイヌとそのご主人夫婦が設営をしていた。
すると彼に気付いたイエイヌが、大きな包みを抱えて駆け寄って来た。
イエイヌ「おはようございまーす。来てくれて嬉しいです。ところで、あなたにお願いがあるんです。」
それはパークのみんなが用意したプレゼントだった。包み紙の隙間から、首に赤いリボンをつけた大きなトラのぬいぐるみが入っているのが見える。
イエイヌ「パーティーが始まったら、みんなを代表してこれをアムールトラさんに渡してあげて欲しいんです。」
それを聞いた彼は喜んで引き受けた。
それからイエイヌは、困ったような顔をした。
イエイヌ「実は私、フレンズになったばかりで、『ぷれぜんと』とは何なのかよく分からないんですよね。」
すると彼はサッとスケッチブックを開き、さらさらとペンを走らせた。そして自分と周りのみんなが笑顔でパークの入り口に並んでいる絵を描いて、イエイヌにプレゼントした。
あの子「はい!大切な友達への贈り物の事だよ。」
イエイヌ「わあ、ありがとう!」
イエイヌは大喜び。尻尾をブンブン振りながら、じっと絵を見つめていた。
そこへ、天井から丸くて緑色のものが落ちてきた。一見飾りか何かのようにも見えるが、それは会場の輝きを取り込んでどんどん膨らんでゆき、あっという間に天井に届くほどの巨大な姿となった。
それはセルリアンだった。
4本の長い腕を蠢かしながら、無機質で大きな目があの子を睨んでいる。彼は恐怖で震えながら、その場に尻餅をついた。
するとセルリアンが彼めがけて腕を振り下ろしてきた。
とっさにイエイヌが彼を助けに向かったが、わずかに間に合わず、目の前で彼は取り込まれてしまった。
そしてイエイヌは腕の衝撃で吹き飛ばされ、気を失ってしまった。
☆
突然、パーク中に警報と緊急アナウンスが鳴り響いた。
アナウンス「緊急事態発生!緊急事態発生!マジックショー会場にセルリアンが現れました。お客様はパークの職員の指示に従い、速やかに避難して下さい。繰り返します…」
それを聞いて、アムールトラはとても嫌な予感がした。そして持っていた機材を放り出すと、会場に向かってわき目もふらずに駆け出した。
パークは大混乱に陥っていた。会場への通路は、パニックになり逃げ惑う人々で溢れている。それをかき分けながら彼女は走った。
そこへ、避難誘導とは別のアナウンスが流れて来た。
アナウンス「子供が1人、セルリアンに取り込まれた模様!応戦できる者は、直ちにマジックショー会場に向かい、子供を救助せよ!繰り返す…」
アナウンスと悲鳴が響き渡る中、アムールトラは懸命に駆けていた。その顔は血の気が引き、頭の中は真っ白になっている。
『あの子に違いない。いや、まだそうと決まったわけじゃない、ああ、でも…。どうか、無事でいて!』
そう祈りながら、彼女はがむしゃらに走り続けた。
☆
サーバル「うみゃみゃみゃみゃみゃー!!!」
カラカル「こンのおっ!」
取り込まれたあの子を助けようと、サーバルとカラカルは必死に戦っていた。2人はセルリアンの周りを跳び回りながら、何度も爪を叩き込んだ
しかし相手は強力で、野生解放したサーバルでも敵わなかった。
そしてセルリアンの腕の一撃を受け、とうとうサーバルまでもが取り込まれてしまった。
ところが突然セルリアンの腕が弾け、そこからサーバルが飛び出してきた。
その体からもの凄い勢いでけものプラズムが吹き出し、全身がまるで炎のように揺らめいている。セルリアンが勢いよく残りの腕を伸ばしてきたが、爪で払い除けただけで弾き飛ばした。そして以前とは比べ物にならないパワーでセルリアンに突撃した。強烈な攻撃を受けたセルリアンは、粉々に砕け散った。
セルリアンのかけらが散らばる中、サーバルがあの子を抱き抱えながら歩いて来た。サーバルはパークの職員に彼を預けると、にっこりと笑った。彼は気絶しているが、命に別状は無さそうだ。職員はほっと胸を撫で下ろした。
そこへ、カラカルの叫び声がした。
カラカル「ちょっと、どうしたのサーバル!?」
なんだかサーバルの様子がおかしい。けものプラズムの放出が止まらず、体がどんどん縮んでゆく。そうしてあっと言う間に、サーバルキャットの姿に戻ってしまった。
ようやく駆け付けたアムールトラが見たものは、倒れているあの子とそれを介抱する職員、そしてポカンとした顔でこちらを見上げている、一匹のサーバルキャットだった。
あの子は医務室のベッドに寝かされ、その横でアムールトラが彼を見守っていた。彼女は自責の念に囚われていた。
『この子に招待状を送らなければ、こんな事にはならなかったのに。私が近くにいれば、守ってあげられたのに。そうすればサーバルだって、動物に戻る事はなかったのに。』
自分を責める言葉だけが、頭の中をぐるぐる回っていた。大切な友達を守れなかった己の無力さが許せなかった。
しばらくして彼は目を覚ました。それを見て、アムールトラは思わず身を乗り出した。
アムールトラ「良かった、気が付いたんだね!気分はどう?痛いところはない?」
すると彼はキョトンとした顔でアムールトラを見つめた後、こう言った。
あの子「お姉ちゃん、誰?」
アムールトラ「!!!」
それを聞いて、彼女は大きなショックを受けた。
そして涙が溢れそうになるのをなんとかこらえながら、少しでも覚えている事はないかと、自分の事を話したり、初めて会った時に描いてもらった絵を毛皮から取り出して見せたりしたが駄目だった。
『そうだ、これなら何か思い出すかもしれない。』
そう考えて、アムールトラは彼にスケッチブックを見せた。
ページをめくってみると、そこには2人にとってのパークの思い出の場所が、何枚も描かれていた。しかし彼はその場所はおろか、もう絵の描き方すら覚えていなかった。
サーバルキャットが医務室の前までやって来ると、中から「ごめんね…。ごめんね…。」という声が聞こえてきた。
出入り口からのぞくと、アムールトラが泣きながらあの子を抱きしめていた。
その様子を見てあの子は困惑していたが、彼女を慰めようとそっと抱きしめた。
そこへ職員達もやってきた。彼と話をしてみると、自分の名前は言えるし、受け答えも問題ない。どうやらセルリアンに取り込まれた事で、アムールトラに関する記憶と、紙にものを書く力が失われてしまったようだった。
あの子は職員達からそのように現状を説明されても、さすがにすぐには飲み込めないようだった。しかし幸いな事に、彼はアムールトラをすんなり受け入れてくれた。その場で軽くやり取りをしただけで、2人はまた仲良しに戻った。
それからあの子は、襲撃事件の事など気にせず、これまで通り元気に日々を過ごした。紙に文字を書く練習を始めたり、またパークに遊びに来たりして、新しい思い出をどんどん増やしていった。
そんな彼に感化され、それまで酷く落ち込んでいたアムールトラも、徐々に前向きに生活が送れるようになった。小規模なマジックショーを開いたり、フレンズとおしゃべりしたり、また彼と一緒に過ごしたりと、元の明るい彼女に戻っていった。
こうして、すっかり元気を取り戻したかに見えたアムールトラだったが、彼女の心の奥には罪の意識が残り続けていた。
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