第4話 ◯迷子のロック
ある日の夕方。パークの終業時間となり、寝床へと向かっていたアムールトラは、職員事務所の前でミライさんに呼び止められた。
ミライ「アムールトラさん、ちょっとお話ししたい事があるのですけど、いいですか?」
アムールトラ「いいよ、なに?」
ミライ「実はですね、これからパークに監視カメラを導入しようって話が持ち上がっているんです。」
アムールトラ「か・ん・し・か・め・ら、ですか。」
聞いた事がない単語が出てきたので、彼女は一語一語確認しながら言葉にした。
ミライさんは軽くうなずくと話を続けた。なんでもここ最近、セルリアンの目撃情報が増えているという。今のところ小さい個体ばかりでフレンズの脅威にはならないが、万が一を考えて監視体制の強化が検討されているそうだ。
具体的には、ヒトの目を増やしたり、フレンズとの連携を密にするだけでなく、各所にカメラを設置して、24時間パークを監視、録画する事などが考えられていた。
これは警戒だけでなく、サボってどこかへ行ってしまったフレンズの捜索のほか、落とし物や迷子の管理にも使えるらしい。
ミライ「あなたはしっかりしているから、必要ないですね。」
アムールトラ「私は注目されるのが好きだから気にしないよ。あ、でもマジックのタネを見られるのはイヤだなぁ。」
するとミライさんはニッコリした。
ミライ「フレンズさんのプライバシーは、しっかり守るから安心してください。それと、もうすぐここに来て一年ですね。その記念にイベント会場でマジックショーをやってみませんか?」
それを聞いたアムールトラは、目を輝かせながら身を乗り出した。
アムールトラ「あのでっかいトコで?やるやる!」
ミライ「招待状や会場の手配などは、こちらでやりますから安心してください。細かいことはまた後で決めましょう。」
アムールトラ「うん、ありがとう!」
そう言って彼女は、ミライさんに手を振りながらその場を後にしたのだが、ワクワクが抑えられず、弾む足取りでセントラルパークを歩き回った。
ふと気が付くと、あたりは真っ暗になっていた。
そこで今日はホテルで眠る事にした。しかし部屋に入ってベッドに横になってみても、マジックショーの事で頭がいっぱいで、なかなか寝付けなかった。枕を抱き抱えながら真っ暗な天井を見上げていると、遠くからズーン…と音がして、地面が少し揺れた。
すると部屋の明かりがついた。アムールトラが上体を起こしてあたりを見回していると、アナウンスが流れてきた。
アナウンス「先ほど職員の宿泊エリア付近で、小規模な噴火が発生しました。被害は報告されていませんが、念のため警戒してください。繰り返します…。」
アナウンスの後電気が消えた。どうやら、たいした問題は起こらなかったらしい。彼女は安堵し、再び横になった。
アムールトラ『噴火か…。新しい友達ができるかもしれないな。』
そんな事を考えているうちに、彼女は眠りに落ちた。
翌朝、セントラルパークは夜中の噴火の話題で持ちきりだった。
アムールトラはみんなと挨拶を交わしながら、軽やかな足取りで高い木の下を通りがかった。すると上から誰かが飛びかかってきて、うつ伏せで地面に押し倒されてしまった。
はずみでシルクハットが脱げ、その中から飛び出した花が彼女の頭に乗っかった。そして背中から明るい声が響いた。
?「おっはよー!ボンヤリしてどうしたの、アムールトラ?」
アムールトラ「油断してた…。おはよ、サーバル。」
うつ伏せのまま、背中に乗っている相手に挨拶をした。いつもなら余裕を持ってサーバルの狩りごっこをさばけるのだが、今日は他のことに気を取られていた。
サーバルは背中から降りると、彼女が起き上がるのを手伝った。そして彼女の顔をのぞき込みながらこう尋ねた。
サーバル「やっぱりアムールトラも眠れなかったの?私はぜーんぜん気付かなかったけど。」
アムールトラ「そうじゃないんだ、実は…。」
アムールトラがマジックショーのことを話すと、サーバルは目をキラキラさせながら叫んだ。
サーバル「すっごーい!いつも一緒にいるあの子も、きっと喜ぶよ!」
アムールトラ「だよね!忘れられないショーにしてみせるよ!」
そして2人が笑い合っていると、カラカルが駆け足でやってきた。
カラカル「サーバル、ここにいたのね。もー、探したんだから。」
サーバル「おはよー。カラカル、どうしたの?」
カラカル「さっき、あたし達を担当してる職員さんからお願いされたんだけど、飼ってる犬が噴火に驚いて逃げたらしいの。ジャングルエリアに走って行ったから、そこの子達に探してもらってるけど、最近セルリアンも多くなってきたし、あたし達にも手伝って欲しいんだって。」
サーバル「大変!すぐ見つけてあげないと。」
そう言ってすぐさまサーバルは駆け出そうとしたが、カラカルが止めた。
カラカル「闇雲に走り出さないで!ほら、これがその子。アムールトラ、あんたももし見つけたら助けてあげてね。」
カラカルが取り出した写真には、ねずみ色の毛にところどころ白の混じった、大きな犬が写っていた。
不意に、サーバルがアムールトラのシルクハットを指さした。
サーバル「そうだ!なんでも出てくるその帽子で見つけられるんじゃない?」
しかしアムールトラは苦笑しながら、先ほどの花をつまんで軽く振った。
アムールトラ「無理だよ。マジックは魔法じゃないんだ。私も一緒に…ああっ!ごめん、行けないや。」
今日はあの子をパークに招待していたのだった。でもその事は、他のみんなも知っていた。
カラカル「いいの、手分けして探しましょ。これを渡しておくから、あんたはここでみんなに声をかけてみて。」
アムールトラは、カラカルから写真を受け取った。
アムールトラ「分かった。2人とも、セルリアンに気をつけて。」
するとサーバルは片目をつむり、肘を曲げてポーズを取った。
サーバル「大丈夫!自慢の爪で、やっつけちゃうよ!」
そこは疑いようがなかった。なにしろサーバルは、このパークで唯一野生解放が使える、一番強いフレンズなのだ。
サーバル「カラカル、この子の名前は?」
カラカル「ロックよ。名前を呼ばれたらすぐ来る子らしいわ。」
サーバル「よーし、待っててねロック、必ず見つけるから!」
そうしてサーバルとカラカルは、ロックを探しにジャングルの方へと駆けていった。
フレンズ達「なになに、どうしたの?」
2人を見送ったアムールトラの周りに、フレンズ達が集まってきた。彼女は犬の写真を見せながら事情を説明して、みんなに協力を仰いだ。
☆
目覚ましが鳴って、あの子はベッドから起き上がった。
今日は両親のいない休日で、アムールトラからパークに招待されていた。
彼はあくびをしながら身支度を整えた。予め用意されていた朝食をもそもそと食べた後、端末を取り出してジャパリパークのページを開いた。そこにはいつものように、パークの全体像とアトラクションの紹介が載っていた。
パークは巨大な島に作られていて、そこへ行くには船を使うか、海を渡る大きな橋を通る必要がある。一本は空港とサバンナを繋いでいて、もう一本はここからセントラルパークに繋がっている。
そこには遊園地やホテル、ショッピングモールや飲食店、イベント会場や職員事務所など様々な施設がある。
そこからそれぞれのエリアに道が続いている。ジャングルエリアの隣には、パーク職員の宿泊エリアがある。移動はバスやモノレールが使われていたが、徒歩で回ることもできた。
ページを切り替えると、フレンズや職員の日替わりメッセージが載っている。
その中に、宿泊エリア近くで小規模な噴火があった事と、職員の飼っている犬がジャングルエリアに入ったきり帰ってこない事が、写真付きで書かれていた。
彼はこの犬を知っていた。
飼い主は仲の良い職員の夫婦で、ジャングルエリアの近くでお散歩したり、一緒に遊んだりしているのを見かけた事があった。
ジャングルエリアには、アムールトラと何回か行った事があった。
こっそり順路を外れて、木々をくぐり抜けて追いかけっこをしたこともある。平地ではすぐに掴まってしまうが、ここでは体の小さい彼の方が有利だった。
あの子『心細いだろうな。パークに着いたら、アムールお姉ちゃんと一緒に探してあげよう』
そう考えながら、彼は家を出てパークへと向かった。
☆
噴火が起きた日、ロックはご主人夫婦と夜のお散歩をしていた。とても静かな夜で、夫婦は談笑しながら歩いていた。
すると、突然近くの山から物凄い音がして地面が揺れた。それに驚いたロックはパニックになり、いきなり走り出した。
急に引っ張られたご主人は、うっかりリードを離してしまった。慌てて追いかけたが、あっという間にロックの姿は豆粒のように小さくなり、そのままジャングルへと消えてしまった。
草を踏み分けながらロックが走っていると、頭上から何かか飛んできて体に当たった。するとあたりが輝きで見えなくなった。ロックはますます混乱し、無我夢中で茂みに飛び込んだ。
しだいに輝きが晴れてくると、ロックは体に違和感を覚えた。
なぜか腰が伸びて目線が上がっている。それに、前足を振って後ろ足だけで走っている。
茂みを抜けると、突然目の前が開けた。足が宙を蹴り、バランスを崩した体がゴロゴロ地面を転がってゆく。ロックは3m程の崖から落っこちてしまったのだ。
しばらくめまいがしていたが、徐々に頭がはっきりしてくると、ロックはようやく落ち着きを取り戻した。あたりには鬱蒼と木々が生い茂っている。どうやらひたすら走っているうちに、いつの間にかジャングルの奥まで足を踏み入れてしまったらしい。
そこで初めて、ロックは自分の前足がご主人のような手になっている事に気付いた。慌てて体を見回すと、手だけでなく体全体が変わっていた。ロックはサンドスターに当たって、アニマルガールになっていた。
彼女には何が起こったのか理解できなかったが、とにかくご主人の下に帰ることにした。そして崖を見上げると、先ほどくぐった茂みが見えた。だがよじ登るのは難しそうだった。
それならばと別の道を探すため立ち上がって歩こうとしたが、リードに首輪を引っ張られた。何度か足を踏ん張ってみたが動けない。
実は崖から落ちた際、リードが石に引っかかっていた。しかしそれを外すだけの知識を、彼女はまだ持っていなかった。
草木がザワザワと揺れ、ジャングルの闇の中から得体の知れない動物の声が聞こえてきた。彼女は恐怖でその場に縮こまっていたが、そうしているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
彼女が目を覚ますと、あたりはすっかり明るくなっていた。
もはや犬だった頃の記憶はほとんどなくなっていたが、大切な人の所へ帰りたいという思いは強く残っていた。その一心で今度はリードを掴んで力一杯引っ張ってみたが、やはり動けなかった。
すると、前方からガサガサと音がした。
そちらに目を向けると、木の間から、無機質なひとつ目がじっと彼女を見つめていた。
木を押し除けながらのっそりと姿を現したのは、彼女の3倍の幅はあろうかという、赤くて太い円柱形をしたセルリアンだった。そしてそれは、6本の触手を蠢かせながらにじり寄ってきた。
「きゃあああああ!」
それが何なのかは分からなかったが、恐怖を感じた彼女は、必死にリードを引っ張りながら大きな悲鳴を上げた。
☆
ロックがまだジャングルの中で眠っていた頃、アムールトラはパークにやって来たあの子にロックの事を話した。彼も既にその話を知っていて、気にかけていた。そして一緒に探しに行く事になった。
まず職員の宿泊エリアを訪れた2人は、ロックの足跡を見つけると、それをたどってジャングルエリアへと入った。
それは途中から靴の形に変わったため、2人はロックがアニマルガールになったのだと考えた。
靴跡と匂いを追ってゆくと、茂みの向こうから悲鳴が聞こえた。
2人がそこから顔を出してみると、崖の下でアニマルガールがセルリアンに襲われていた。
「キミはここにいて」と言って、アムールトラはシルクハットを投げつけた。その中から激しい光とともに色とりどりの花と紙吹雪が飛び出して、あたりに散らばった。それにより、セルリアンの注意が帽子に向いた。
すかさずアムールトラはセルリアンに飛びかかろうと身構えたが、隣にあの子がいないことに気付いた。慌てて崖から下をのぞくと、彼はすでにアニマルガールの下へと向かっているところだった。
あの子は崖から滑り降りると、首輪から素早くリードを外し、ジャングルのさらに奥を指差しながらアニマルガールに言った。
あの子「あっちに走って!」
その声を聞いて、セルリアンが2人をギロリと睨んだ。
アムールトラが止める間もなく、彼はアニマルガールと一緒にジャングルへと走って行った。セルリアンもそれを追ってゆく。
彼女は急いで崖から飛び降りると、必死に跡を追いかけた。
あの子はアニマルガールの手を引いて、木々の間をすり抜けながら懸命に走った。後ろからセルリアンが2人を追いかけてきたが、途中で太い木と蔓に引っかかって動きが止まった。
すると彼は振り向いて指を鳴らした。
あの子「やった!うまくいった。」
セルリアンがもがいていると、その背後からアムールトラが猛然と向かってきた。彼女は高々と跳躍すると、体を翻して急降下し、右手に渾身の力を込めた。すると一瞬、彼女の体が輝いた。そしてそのまま、セルリアンの背中の石目がけて爪を叩き込んだ。
ぱっかーん!
その強烈な一撃で、セルリアンだけでなく木も蔓も全て吹き飛んだ。
あたり一面にカケラが降り注ぐ中、あの子が笑いながら彼女のそばへとやって来た。
あの子「アムールお姉ちゃん、ありがとう。」
アムールトラ「無茶しないでくれ!食べられたらどうなるか分からないんだぞ!」
あの子を心配するあまり、思わず大声が出てしまった。ハッと冷静になって彼を見ると、目に涙を浮かべながら全身を震わせている。
あの子「…ごめんなさい。うあーん、怖かったよぉー!」
アムールトラ「私こそ、怒鳴ってごめん。」
アムールトラは、泣きじゃくる彼をぎゅっと抱きしめた。
アムールトラ「無事で良かった。」
アムールトラはあの子の温もりを噛みしめながら、先ほどの戦いを思い返していた。2人を助けようと振るった爪には、これまでにない力があった。
彼女は以前、どうしたら野生解放ができるのか、サーバルに尋ねた事があった。するとサーバルは一生懸命頭をひねっていた。
サーバル「えっとね、うーん、分かんないや。けど、誰かのためにーって思ったら、すっごい力がでるんだよ。」
あれはこういう事なのかなと考えていると、
「ロックー、ここにいるのー?」と、サーバルの声がした。
そしてそちらからサーバルとカラカルと飼い主夫婦、それとジャングルエリアのフレンズ達が現れた。
サーバル「悲鳴とでっかい音がしたから急いで来たんだけど、無事でよかった。」
カラカル「アムールトラもその子と一緒に来てたのね。セルリアンがいたみたいだけど、大丈夫だったの?」
アムールトラはことの顛末を説明した。するとサーバルが「あなたはすっごい頑張り屋さんだね。」と言ってあの子の頭をなでた。
よくよく見ると、葉っぱまみれだったりずぶ濡れだったりと、みんなくたびれた様子だった。今までどこにいたのか聞いてみると、彼女達は犬の習性をよく知らなかったため、木の上や水の中など、見当違いの場所ばかり探していたそうだ。
それを知ったカラカルは、ヘナヘナとその場にへたり込んだ。
カラカル「も゛〜、始めから言ってよね…。」
すると男性職員がカラカルに手を合わせて謝った。
男性職員「ごめんよ、てっきり知っているものだとばかり。」
女性職員もみんなに謝った。
女性職員「本当にごめんなさいね。みんなに迷惑かけてしまったし、お詫びに今日は好きなものをたくさん食べて良いからね。」
サーバル「やったあ。ところであなたは?」
サーバルが、オドオドしているアニマルガールに尋ねた。
「私は、えーと…」
アムールトラ「この子はロックだよ。サンドスターに当たってフレンズになったんだ。」
サーバル「そうなんだ!私はサーバル。よろしくねロック。」
そう言ってサーバルは右手を差し出したが、その子は相変わらずもじもじしながら「あ、あぅ…」と呟いた。
そんなアニマルガールを、飼い主夫婦がそっと抱きしめた。そして優しく声をかけた。
女性職員「フレンズになって、今までの記憶が無くなっちゃったみたいね。けど大丈夫。これから新しい思い出を、たくさん作れば良いんだから。」
男性職員「そうだね。ひとまずみんなに報告しよう。それから新しい名前を考えよう。」
『あったかい…。』
大切な2人に包まれて、彼女はようやく安心した。そしてピコピコ尻尾を振りながら、ふにゃんとした笑顔で「はい。」と返事をした。
男性職員「そうだ、フレンズになったのだから、これはいらないね。もう迷子にさせないからね。」
そう言って彼は首輪を外そうとしたが、アニマルガールはフルフルと首を振った。どうやら大切な思い出の品としてつけていたいようだ。そして一行は、わいわい話しながらセントラルパークへと向かった。
その後、パークでは彼女の歓迎パーティーが開かれた。
いつもの倍のジャパリまんがフレンズ達に振る舞われた。
他のものが食べたい時は、リクエストも受け付けられた。
そうしてみんなでお腹いっぱい食べて、新しい仲間を迎え入れた。
フレンズとなったロックはイエイヌと名付けられ、そのまま飼い主夫婦が担当する事になった。そして日中はパークで、夜は今まで通り、宿泊エリアで夫婦と暮らす事となった。
また、イエイヌが襲われた件を受けて、パークの監視体制は早々に強化される事が決まった。カメラの設置だけでなく、移動しながら監視や警戒を行うマスコットロボットを作ろう、という事になった。
それから数日後、各地にアムールトラのマジックショーの招待状が届いた。もちろん、あの子やイエイヌも招待されていた。
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