第3話 ◯あの子との出会い


ある日の夕方、アムールトラがセントラルパークを歩いていると、路地裏から泣き声が聞こえて来た。それを頼りにそちらへ行ってみると、道の端っこで小さな男の子が泣いていた。


その子は青い羽のついた帽子を被り、青い上着と肩掛け鞄、それと一冊のスケッチブックを持っていた。

彼女はその子に声をかけた。

アムールトラ「キミ、どうしたの?」


すると彼は顔をあげた。そしてアムールトラを見て一瞬泣き止んだが、すぐにまた目に涙が溢れてきた。

一人ぼっちが嫌いな彼女には、この子の不安な気持ちがよく分かった。

アムールトラは彼のそばでしゃがむと、ゆっくり右手を差し出して、彼の目の前で指を弾いた。するとそこから小さな白い花が現れた。


びっくりした顔をしながら花を見つめている彼にそれを手渡すと、彼女は微笑みを浮かべながら優しく語りかけた。

アムールトラ「キミは凄いよ。自分が困ってるって、ちゃんと周りに伝えていたんだ。だから私は、キミを見つけられたんだ。」


するとようやくその子が泣き止んだので、彼女は自己紹介をした。


アムールトラ「私はアムールトラ。キミの名前は?」

その子が名乗ったところでアナウンスが流れてきた。


アナウンス「迷子のお知らせをいたします。羽のついた帽子に青い服と肩掛け鞄、そしてスケッチブックを持った男の子を探しています。お心当たりのある方は、至急職員事務所までお越しください。繰り返します…。」


アムールトラ「キミを呼んでるよ。おいで、一緒に行こう。」

そう言ってアムールトラが手を差し伸べると、その子はギュッと彼女の手を掴んだ。そして一緒に職員事務所へと歩き出した。


事務所では彼の母親が待っていて、アムールトラに何度も頭を下げた。あの子もお礼を言った後、持っていたスケッチブックに彼女の絵を描いてプレゼントした。


そこには笑顔のアムールトラと、「アムールお姉ちゃんありがとう」の文字が描かれていた。

アムールトラは絵を描いてもらったのは初めてで、とても感動した。彼にお礼を言い、絵を丁寧に畳んで毛皮の中にしまうと、また会う約束した。



数日後、あの子は一人でパークにやってきた。そしてアムールトラを見つけると、彼女にしがみついて泣きだした。


アムールトラ「ど、どうしたんだい?」

慌てて訳を聞いてみると、あの子は嗚咽を漏らしながら話し始めた。なんでも彼の両親は不在がちで、今日も一人でお留守番をしていたが、寂しさに耐えられなくなってここに来たのだという。


それを聞いた時、一瞬彼女の脳裏に森を一人でさまよう自分の姿が浮かんだ。押し寄せる孤独と不安と恐怖…、このイメージがなんなのかは分からなかったが、その姿が泣いているあの子と重なった。


これをきっかけに、アムールトラはできるだけあの子のそばにいてあげるようになった。彼が来たら必ず会いに行くのはもちろん、両親がいない日は、パークに招待して一緒に過ごした。

ここでの彼はアムールトラの隣でいつも笑っていた。それを見ていると、なんだか胸の中が幸せな気持ちで一杯になるのだった。



ある日、2人でセントラルパークの遊園地で遊んだ後、あの子がワクワクした顔をしながらアムールトラの前に立った。

あの子「アムールお姉ちゃんに見せたいものがあるんだ。」


そう言うと彼は、開いた両手を彼女に見せた。そして何も持っていない事を確認させると、ポケットからハンカチを取り出して両手に被せた。

あの子「よーく見ててね、せーの…」


アムールトラ「おっとその前に、足元を見てごらん。」


突然アムールトラが、真面目な顔をしながら彼を手で制した。彼女はなんとか冷静さを取り繕っていたが、内心は笑いを堪えるので必死だった。


そこには小さな白い花が落ちていた。どうやらハンカチを取り出す際、うっかりマジックのタネを落としてしまったらしい。彼は足元を見て固まった後、慌ててそれを拾い上げた。その様子があまりにも愛らしくて、アムールトラはうっかりクスッと笑ってしまった。


あの子「もう、笑うなんてひどいよ!」


アムールトラ「ごめんごめん。私もよくやらかすんだ。これに懲りずにまた見せてくれたら嬉しいな。」


あの子はふくれっ面をしながらニコニコしているアムールトラを睨んでいたが、急に何かを思いついた顔になった。

あの子「じゃあ、目をつぶって。」


アムールトラ「いいけど、なんで?」


あの子「いいからつぶって!」


アムールトラは言われた通り目を閉じて、両手で顔を覆った。それでも彼がスケッチブックにペンを走らせる音はしっかり聞こえていた。

アムールトラ「もういいかい?」


あの子「まだだよ!絶対見ちゃダメだからね!」


アムールトラ「分かったよ。」


しばらくすると音が止み、あの子の声がした。

あの子「もういいよ。」


目を開けると、あの子が得意げな顔をしながらスケッチブックを差し出していた。そこにはセントラルパークで笑顔のみんなに囲まれて笑っている彼女の絵が描かれていた。


アムールトラ「わあ、相変わらず上手だね。」


アムールトラはスケッチブックを受け取ると感心した様子で眺めていたが、一部の絵がどんどん薄れていった。そしてみるみるうちにみんなの姿が消えてゆき、ホテルと観覧車、それとアムールトラだけが残された。


びっくりしてあの子の方を見ると、彼はしてやったりという顔をしながら、ジリジリと後ずさっていた。その手には、「すぐ消える!ドッキリマジックインキ」と書かれたペンが握られていた。

あの子「驚いた?消えるペンなんだよ。」


『消える』という言葉に、アムールトラは妙な引っ掛かりを感じた。消える、いなくなる、周りのみんなが、いつかは…。


アムールトラ「なんだこれ!私が一人ぼっちが嫌いなの知ってるだろ!?」


あの子「僕を笑った罰だよ〜。」


そう言うと彼はスタコラサッサと逃げ出した。アムールトラはスケッチブックを振り回しながら彼を追いかけた。


ヒトの子供と身体能力に優れたフレンズとでは勝負にならない。あの子はたちまち追いつかれ、背中に飛びかかられ、仰向けに組み伏せられてしまった。

見上げた先のアムールトラは、怒っているような泣いているような、酷く何かに怯えている様子だった。ちょっとした悪ふざけのつもりだったのだが、彼女の表情からただならぬ雰囲気を感じ取り、彼は思わずこう叫んだ。

あの子「食べないで!」


アムールトラ「食べないよ!他に何か言うことがあるだろう!?」


あの子「あ…、いたずらして、ごめんなさい。」


それを聞いたアムールトラはニッコリと笑った。それから彼を座らせると、心配そうな顔をした。

アムールトラ「もういいよ。それより怪我してない?」


あの子「平気だよ。お姉ちゃんが痛い事するはずないもの。」


そう言ってあの子も笑い出した。そうして2人はひとしきり笑い合った。


それからあの子がふと地面に目をやると、手のそばにさっきのペンが転がっていた。

あの子「そうだお姉ちゃん、このペン使ってみない?」


アムールトラ「いらないよ。それより…キミは私を一人にしないよね?」


一抹の不安を感じながら、アムールトラは彼にこう尋ねた。

するとあの子は満面の笑みを浮かべながら、大きな声でこう答えた。

あの子「うん!大好きだよ、アムールお姉ちゃん!」


それを聞いて、彼女の胸に熱いものがこみ上げてきた。そして彼をしっかりと抱きしめた。

アムールトラ「ありがとう!私も大好きだよ!」


こうして彼の事が大好きになったアムールトラは、どんな時でも必ずこの子を守ると心に決めた。

あの子もアムールトラが大好きだった。彼女はとても頼りになる憧れの存在で、かけがえのないフレンズだった。彼もまた子供心に『お姉ちゃんがピンチの時は必ず守る』と決めていた。



かくして、大の仲良しとなった2人の心は、固い絆でしっかりと結ばれたのだった。

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