第39話 化鳥、奮闘記8

 しかし、江戸の町ど真ん中で化け鳥退治をするのも、なかなかにやりにくい。続々と増える見物人が巻き添えになる可能性もある。

「親分、どうする」

「英次郎、そのまま走ってこの先の火除地へ誘導じゃ」

「承知」

「そこで縄を投げて捕える」

 英次郎が走れば化鳥も動く。それを確認しながら英次郎は慎重に人の少ない防火用空地へと誘導する。

 ゆっくり中空から英次郎と太一郎を見ていた化鳥だが、ぎゃああ、と奇声をあげて英次郎めがけて急降下してきた。先に倒すべき敵を認識したのだろう。素早く抜き合わせた英次郎の刀が、化鳥の嘴とぶつかる。

 がき、と鈍い音がする。

「ぐ、重たい……」

 ずず、と、英次郎の左足が滑るが、ぐっと踏みとどまる。秀麗な英次郎の顔が険しく歪む。

「お、親分、こやつは強い。俺が引きつけておくゆえ……今のうちにこいつを捕らえる用意を!」

 擦りあげるように英次郎が刀を振り抜き飛び退る。それに合わせて一度中空へ飛び上がった化鳥が再度急降下し英次郎を狙う。鋭い嘴は英次郎の目を狙い、鉤のついた足はどうにかして蹴飛ばそうとしてくる。

 二度、三度と浅い攻防戦を繰り広げたのち化け鳥が深く攻撃してきた。

「う、ぬ……親分、今だ!」

 待ち構えた英次郎は化鳥の嘴を剣の腹でがっちり受け止める。

 英次郎の動きを見ながら太一郎がそろそろと動き始めて綱を投げようとした刹那、化鳥が身を翻して太一郎を襲った。巨体に似合わない俊敏さに、さすがの英次郎も間に合わない。

「親分! 逃げよ!」

「きっ、きええ!」

 なんと太一郎が、腰の長剣を鞘ごと引き抜いて化鳥の攻撃をがっしりと受けた。

「ぐ、うぬぬ……英次郎、こ、ここから、どうしたらよいのじゃ!」

「親分、俺が斬るゆえそのままに」

「……見えた、見えるぞ、鳥の動きが! ……稽古の賜物じゃ!」

 太一郎が必死で鳥の動きについていく。

「いいぞ親分、そのまま!」

 英次郎は、数歩勢いをつけて化鳥に近寄り、その勢いを活かして剣を振り抜いた。

 ぎぃやぁあ、と、化鳥が怒りの声をあげる。ぼとり、と、地面に落ちたものは――化鳥の嘴だ。

「英次郎でかした!」

「親分、まだ来るぞっ!」

「なにっ!?」

 怒れる化鳥は空中でぎゃあぎゃあと喚いた後、真っ直ぐに降下してきた。英次郎と太一郎が左右に転がって避けるが――敵は、俊敏で、怪力だった。

 ぐるんと宙で身を翻したあと再び降下し、なんと丸々と太った太一郎の肩を掴み飛び上がった。


「あーーっ!」


 化鳥の叫びと、太一郎の恐怖の声と、英次郎の焦りの声が江戸の町に木霊した。



 己が住み暮らす江戸の町を、化鳥と一緒に飛ぶなど今まで考えたこともなかったな、と、太一郎は思った。

 我が身に起こったことがにわかには信じられないが、眼下に広がる町は紛れもなく江戸の町、整然と並んだ家屋、米粒の如くに人が歩いている。やたら広い大名家の屋敷をいくつも超え、千代田のお城も遠ざかる。素晴らしい景観じゃ! と思ったのも束の間。

 これはいかぬ、と、太一郎は思った。

 徐々に高度が下がっている。御世辞にも軽いと言えぬ己の体である。いかに物の怪といえどもいつかは重さに耐えられなくなる。

 この高さからぽとりと落とされてはたまらない。骨を折る、いや、死んでしまうかもしれない。

「痩せておけばよかったな……かすていらや大福は、明日から控えめにしようかの……あわわわ、鳥、高度をあげよ! 木じゃ! 巨木じゃ!」

 太一郎の悲鳴に近い声が響いた。

 しかし太一郎を運ぶことに疲れたらしい鳥はさらに高度を下げてしまった。そのため、太一郎の目の前に巨木のてっぺんが迫っていた。

 化鳥自身はすれすれを飛んだが、ぶら下げられている太一郎は避けきれずに、

「ぶはっ!」

 木に衝突した。これもまた、人生で初めてのことである。

 それでも化鳥はお構いなしで飛ぼうとするが、太一郎の巨躯が木に引っかかって先に進めない。

「ぎゃーす、ぎゃーす!」

「わしに怒っても仕方ないであろう……高く飛ばぬその方が悪いわい」

「ぎゃぎゃー!」

「怒りたいのはわしじゃ!」

 幸い……といって良いものか。

 巨木であるが枝は細く、太一郎の巨体がぶつかったことによって枝の方が限界を訴えて、ぽきぽきと折れた。

 が、限界であったのは化け鳥も同じであったらしい。

 太一郎の体が素直についてこないと理解するや否や、ぱっと太一郎を解放したからたまらない。


「ぎゃーっ……な、なぜここで……」

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