尾篭『夜明けの合唱』
朝は嫌いだ。夜の間平等だった僕たちの輪郭を浮き彫りにして、輪郭のない君がいた奇跡を焼き消してしまうから。六時を示すデジタル時計を見ては憂鬱な気持ちに襲われる。
「君は寂しがりなんだね。可愛いじゃないか」
もうすぐ朝が来てしまうというのに、君は平然とそうのたまう。僕は君のそう楽天的なところが嫌いだ。いつも君は僕を残していく側だから僕の辛さなど知らないだろうといじけて見せれば、おいおい勘弁してくれよとこれまた楽しげにも呟く。せいぜい僕にできるのは君の最後に駄々をこね、困らせる事だけだ。君を抱いて丸くなる僕を幼子のように慰める。
「どうして君はそんな目に合わなければならないの」
「それが私のお役目だからだよ」
「やめてしまえばいいんだよ」
「そんなことはできないさ、知ってるだろう。……あぁほら睨まないで、私が悪いことをしてるみたいだ」
実際悪いことをしてるのだ。知らなければこんな空虚な気持ちを毎朝繰り返さなくてもいいっていうのに。君は僕の腕の中から抜け出して窓の縁に移動する。
「大体君も大概だと思うぞ? 私はそういう物だから隠れているのに、わざわざ探しに来やがって。忘れてしまえばいいじゃないか。これでもう何度目なんだ?」
いまだにベッドにうずくまる僕に呆れた様子でそう問いかける。だって仕方がないじゃないか。君と過ごす夜はあまりにも楽しく幸せで、一夜などでは足りなくて、どうしたって焦がれてしまうから。もっと君を困らせたいから言葉にしないで押し黙る。
「……もう私は行くよ。ほら無線機をつけなよ」
もう行くという非情な言葉に僕はずるずるとベッドから出て、ベッドサイドを占領する古い無線機に電源を入れた。
「本当に行かなければいけない?」
「私は夜明けの鳥だ。朝と共に消えるんだ。そうやって作られている。だからこそ今生きている私も何も成さずに消えたくはないのさ」
懇願を聞き入れてはもらえない。もうそんなことは知っていた。だから何の役にも立たない空の鳥籠が、そこに転がっているんだから。
「代わりに私は……いや、私もなのだろうけど、君のために歌おう。だからちゃんと聞いていてくれよ。そしてもう私を探してはいけないよ」
僕は答えなかったから君は困ったようにまた少し微笑み、そうして窓辺に上がって形を変える。朝日のように白い鳥の軽い羽音がぱさりと鼓膜を震わせて、夜明けに消えた。瞬間無線機からは君たちの美しい歌声がする。儚く美しい朝を連れてくる合唱が僕の部屋を満たしてそして、ゆっくり消えていった。
今日も君が連れてくる朝日はどうしようもなく美しい。
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