蓑浦鉄鼠『暗幕』
「映画が好きだったんだ」
待たせているだけではあれだから、思い出話を聞かせることにした。
「映画館みたいなでっかいやつじゃなくて、家の中で観るやつ。目に悪いって思った? だけどさ、あの雰囲気がいいんだよね」
そう言いながら冷蔵庫を漁る。映画鑑賞にドリンクとポップコーンは必要不可欠だ。もっともこの家にポップコーンはなかったけれど。
「きっかけは昔の知り合い。映画を観たことがないっていうから。家からプレーヤーを持ってきて、二人で観た」
ホットとアイス、どっちがいい? と部屋を覗いても無視をされる。まだ怒っている。とりあえずホットにするか。小鍋を探して、火にかける。湧くまで、ディスクをセットしておこう。
「映画館に行かなかったのかって? そういう選択ができない人だったんだよ。だから雰囲気だけでもって部屋を真っ暗にした」
カーテンが閉め切られて、光源がモニター一つのあの部屋はとても心地が良かった。闇は余計なものを隠して、あの人の両眼を違う世界へと運ぶ。そして俺は余計なものの一つ、だったのだろう。
「スタッフロールに入っても、こっちを見もしないの。はは。メニュー画面に戻ってからやっと一言、なんて言ったと思う?」
沈黙。
答えられるわけ、ないか。ないよな。仕方ない、教えてあげよう。
『この映画の面白い場面はどこですか』
あれだけ集中していて言うことはそれか、と俺が怒鳴って大喧嘩にもなったっけ。思い返すころにはいい思い出に感じてしまう、頭ってそうできてるのかね。
鞄から何枚か取り出して並べて見せる。
「どれから見る? オカルトか、スプラッタか、それともサメ?」
我ながら偏ったラインナップだと思う。あの人が最初に手に取ったのは
「サメ映画?」
やっぱり同じものを選んだ。
そろそろお湯が沸いているころだ。画面の設定を済ませて、キッチンに戻る。
「今日は最高の一日になりそうだ」
鼻歌を歌いながらコーヒーを入れる。そうだ、お土産の「桃」も切って出してあげよう。
「お待たせ。さ、観るか」
部屋の電気を落とし、横に座る。
「好みも同じで、顔もそっくり」
もちろん中身は違う人間だってわかっている。本編は始まっているのにまだ静かにしていないとことか、違うところは沢山あるんだろう。それでも、俺の前に現れたんだ。偶然にしては出来すぎだとは思わないか。これも何かの縁だと思ってさ、
「そろそろ抵抗するの、やめてくれないか」
了
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