第23話


「だったら、怪人蜘蛛男は何者なんだ?」


 そう聞くと、ミッシェルは黙り込んだ。


 ミッシェルという存在がどうもボクには掴みきれない。

 海外で育った帰国子女で日本の忍者に憧れているというのはわかる。

 そこはものすごくシンプルだ。

 ただ、逆にそこがシンプル過ぎてそこで止まってしまう。

 言葉の問題もあるのだろうけど、あんまり多くを語らない。

 わかりやすいくせに何を考えてるのかはまったくわからない、という不安がつきまとう。

 彼女にとっては一定のルールがあるのだろうけど、文化が違うのかボクからしたら全ての行動が奇異に見える。


 この蜘蛛男の事件をどう思っているのか。

 なにか知っているのか。

 そんな真面目なことを、忍者の扮装をするような子に聞こうとしている自分の姿が滑稽にも思える。


「蜘蛛って笑うと思うか?」


 沈黙に耐えかねてボクはそう聞いた。


 ミッシェルは黙ってYESともNOともとれるような首の振り方をする。

 ミシェルはボクや舞座まいざについで強固なアリバイのある人物だ。

 儀武院ぎぶいんの事件があった時に、ボクはミッシェルが分身の術をしているところを見ている。

 もしそうでなければ、忍法壁抜けの術を使ったのじゃないかと問い詰めているところだ。

 そんな術は存在しないだろうが。


 実際ミシェルのキャラクター的に、そんな怪奇的な事件を起こすとは思えないのだ。

 むしろ彼女ならば、忍者っぽいことをしたら自分からアピールしてくるようにも思える。

 犯行現場に『ミッシェル参上!』と毛筆で書かれた手紙が残されていてもおかしくない。


「分身の術はうまくできるようになったか?」


 ボクの問いにミッシェルはコクリと頷く。


 どう見ても、あの反復横跳びは分身しているようには見えなかったが。

 あんな事件があったのに、のんきに分身の術をしたり、芝居の稽古を優先させたりしている演劇部の部員たちに若干不信感を抱いてしまう。


「ミッシェルは事件のことどう思ってるんだ?」


 ミッシェルは顔を上げてボク見ると唇を真一文字に結んで難しそうな顔をする。


「ヒーローは苦しんでいる人を救わにゃコトだ」


 その言葉に胸が貫かれた気がした。

 誰が犯人なのか、暴き立てることがボクの役割じゃないはずだ。

 ヒーローのすべきことは、人を疑うことじゃない。

 人を信じることだ。


「お前、すごいな」

「忍者だから」


 ミッシェルは胸を張って歯を見せて笑った。

 ボクはヒーローだから舞座を助けようと思った。

 困っていると思ったから傍にいようと思った。


「あれ? 待てよ。いや、これは……」


 事件に遭い、証言した人間は二人、儀武院と神藤かむと

 共通点は演劇部部員。

 だから二人は犯人である演劇部部員をかばっているか、脅されているか、と思っていたけど。


「そうしなければならない理由があったから」


 理蘭の言葉が頭を巡る。

 あの時に何があったか。

 演劇部にとって大切な何かがあった。

 動画の撮影だ。

 いや、それだけじゃない。

 今までになかったことが起こった。

 それは、ボクだ。


 演劇部の部外者であるボクがその場にいた。

 ボクに見せるためにあんな事件をでっち上げたとしたら。

 演劇部を狙った事件ではなく、演劇部全員が関係者だとしたら。

 儀武院も神藤も舞座も。

 示し合わせて演技をすることくらい、彼女たちにとっては難しいことじゃないだろう。

 なにせ彼女たちは演劇部なのだ。


 だから、学校で問題になったり警察が介入するような大げさな事件ではなく、しかも蜘蛛男なんて言うボク好みの犯人になった。

 全てはボクに見せるため、ボクを巻き込むためだった。

 頭の奥がキシキシと音をたてる。

 何らかの回路がつながって、すべての記憶に色がつき始める。

 考えろ、わかりかけている。


 ボクに対して、演劇部の部外者に対して、なんらかのメッセージがあったのでは。

 それは言葉では伝えられない、言っても理解されがたい特性を持った情報。

 それでいて演劇部の部員が協力する価値のあること。

 嘘をついてでも訴える必要があること。

 助けを求める人に寄り添わなければ。


 ボクはヒーローなのだから。

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