第22話

 演劇部の部員に対する恨み、という説は捨てがたい。

 手近なところでクラスメイトのかるた部部員に話を聞いてみたのだ。


 かるた部は演劇部の騒音に対して怒鳴り散らしている。

 日頃から憎々しく思っているのではないか、と思ったのだがそうではないらしい。

 実際に、騒音としてうるさいのは他の運動部や一般の生徒だというのだ。

 それに対しても文句を言っているのは一部のヒステリックな上級生だけで、殆どの者は多少の騒音に対して気にもとめていないらしい。

 演劇部は立場も弱く文句を言ったところで言い返しても来ないので、その一部の者がストレスのはけ口として怒鳴り散らしているそうだ。

 むしろ演劇部が静かな時は、そのストレスのはけ口が下級生に向かうのでたまったもんじゃないとこぼしていた。

 クラスメイトのかるた部がそう語っていると、他のかるた部部員も集まって同意していた。


 もちろん、その証言だけが全てと鵜呑みにする訳にはいかないが、印象としてかるた部が演劇部を排除しようとしてるようには思えなかった。

 おそらくその一部の生徒にとっても、リスクを背負ってまで事件を起こすほどの恨みではないだろう。

 聞きこみなんて言う探偵っぽいことをしたせいで、余計に犯人像が絞れなくなってしまった。


 他に怪しいと思ったのは、休んでいた和門わもん知恵ちえだ。

 休んでいたというのは嘘で、隠れて学校に来ていたとしたら。

 しかし、和門は儀武院ぎぶいんの事件の時には視聴覚室にいた。

 ボクたちに気づかれなように先回りしたという可能性も全く考えられないわけではないが、そんなことがあったら神藤かむとはなにか言うだろう。


 儀武院と神藤の事件に関連性がないとは考えられない。

 儀武院の事件の時に行動を知られた神藤の口封じだとしたら?

 それなら神藤が蜘蛛男だと虚偽の証言をしたことがおかしくなる。

 それに先回りしたからといって、どういうトリックで一瞬にして儀武院を、そして密室の中で神藤をあんな姿にしたのか。


 トリックの謎がわからない。

 犯人がわかれば自ずとトリックはわかってしまうのでは、と思ったがトリックがわからないせいで犯人もまたわからない。


 放課後に視聴覚室に向かう途中で足元が滑り盛大にズッコケた。

 素早く立ち上がり、誰かに見られていないかと見回すと、手の先をこちらに向かって美しく伸ばしフォロースルーのまま佇むのミッシェルがいた。

 よく見ると、ボクの足元には、不自然な感じでバナナの皮があった。


 日本の武道には、残心という型を終えたあとのポーズを維持するというのがあると聞いたことがある。

 さすが忍者だ。


「お前なぁ~」


 そう言って大股でミッシェルに近づこうとすると、二階の教室の窓が開き、かるた部の部員がこっちをにらみつけてきた。

 慌ててボクはミッシェルの首根っこを掴んで逃げる。


「わけのわからんことするなよ。おかげでまた怒鳴られそうになったじゃないか」


 ボクがそう言うとミッシェルは黙っていた。


「おい。お前だろ?」

「……」

「ひょっとして、違ったのか?」

「……」

「悪い。勝手に決めつけて」


 そこまで言うと、ミッシェルは口をモグモグと動かしゴクンと飲み込み、指で喉を指す。


「バナナを?」

「やっぱりお前じゃないか!」


 ボクが息を吐ききったタイミングに、ミッシェルは腰の入ったパンチを腹に入れた。

 鈍い音が鳴り、ミッシェルとボクは固まる。

 ジャリッとミシェルが地面を蹴って距離をとった。

 ボクはいざというときのために制服の下にマイティ・ジャンプのスーツを身につけている。

 スーツにはプロテクターが仕込まれていて、パンチくらいの衝撃なら余裕で防げる。

 金髪の前髪の間から、タレ目のくせに鋭い碧眼が覗く。


「とんだ堅物野郎だ」

「違うんだよ。これは、アレで。たまたま腹筋をものすごぉく鍛えていて」

「マイティ・ジャンプなので?」

「なんでそれを……」

「忍者だから」


 その忍者という設定はどこまで貫く気なんだと呆れながらも、マイティ・ジャンプの正体を知られていたことに動揺してしまう。

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