第21話

 理蘭りらんはボクの正面の椅子に座った。

 半月型の瞳がボクに何かを訴えるように膨れる。


「関わる人間が増えれば影響を受ける人間も増えるだけよ。傷つかなくてもいい人が傷つくこともあるの」

「初代は、君のお父さんだったら放っておかないに決まってる」

「たとえ事件が解決しても、それで人が幸せになるとは限らないわ。もっと不幸になるということだってあるのよ」


 理蘭は冷たく言い捨てた。


 それならボクだって身に覚えがある。

 初代が逮捕されるなんてことを望んでいたものはいない。

 ボクや理蘭にとっては間違いなく不幸だ。

 だけど、それでも初代は立ち向かったのだ。


「初代マイティ・ジャンプは、傷ついてる人がいたら黙ってない。どんな状況でも覚悟を持って戦う男だったよ」

「そう思うのは勝手だけど。でもあの人とは違うでしょ」

「そうだよ、ボクは力があるわけじゃない。頭がいいわけでもない。だけどボクはマイティ・ジャンプだ。ボクが初代から受け継いだのは信念だけだ。それだけは失う訳にはいかないんだよ」

「いいえ。たとえ信念がなくても、坊やは比糸びいと愛生いとおよ」

「理蘭にはわからないんだよ! ボクは、ボクには何もない! でもマイティ・ジャンプなんだ。マイティ・ジャンプでいたいんだ」


 感情が溢れだした言葉は声が震えていただろう。

 それを聞いて理蘭は小さくため息をはいた。


「カモフラージュだとしたらどうかしら?」

「カモフラージュ? それって見立て殺人みたいなものか、ミステリィにでてくるような」

「この後に、坊やが首吊り死体で見つかるのよ」

「は? ボクが? なんで?」

「普通は首吊り死体なんて自殺だと思われるわね。でも、前の縄を使った二件の事件知っていたらどう思うかしら?」


 理蘭の言葉をゆっくりと噛み締めて考える。


 なんだか、強固だと思っていた建物が、別の視点から見たらハリボテだったことがわかったような。

 ボクは理蘭の目を見つめ返す。


「他殺だ。それも蜘蛛男が容疑者の。でもそれが何のために? 犯人からしたら自殺に見せかけた方がいいんじゃ」

「例えばの話よ。他にも、特殊な状況を起こして人目を集めておいて、他の場所ではもっと都合の悪いことが行われているかもしれないわ」

「そういうこともあるのか。理蘭はどう考えてるんだ?」

「私は何も考えてないわ。関係無いもの。そして坊やも関係ないのよ」

「関係あるんだよ! 演劇部の部員たちはもう知り合いなんだから」

「この世に起こることのすべては誰かの知り合いの事件よ。だからと言って人類の全体責任だと追求するような人はいないわ」

「そうだろうけど。そうだ! 事件はボクが動画を撮り始めてから起こったんだよ。それが原因かもしれないじゃないか。この学校に他に動画を配信している者がいて、演劇部の動画に対してライバル心を燃やしているとか」

「坊やが加わる前から演劇部は動画を撮っていたわよ。誰も見ていないものをね。そんな小物同士の潰し合いをするよりは、他にもっとやり方があるでしょ」

「だとしたら、過去に演劇部がアップロードした動画に、なにかまずいものが写っていたとか。この線は考えられるじゃないか。ほら、タバコ吸ってたとか、いじめがあったとか」


 口に出して発言したせいなのか。

 理蘭と話していると一人で考え込んでいた時には思いつかなかったようなことも湧き出てくる。

 不謹慎ではあるけど、ボクは自分の持っている力以上のものが内側から溢れてくるような恍惚感を味わっていた。


「なかったわ」

「なんでそう断言できるんだよ。全部見たわけじゃないだろ」

「全部見たわ」

「は? どうして? 興味ないんじゃなかったのか?」


 理蘭の目が少し細くなりわずかに視線が移動した。


「私は興味のない、やりたくないことはやらないようにして生きているの」

「そんなのは知ってるよ」

「自分のやりたいことだけを選択して行動する。それほど難しいことじゃないわ。そうすることによって、自分という個が洗練されるものなの。自分の理想的な姿に研ぎ澄まされていくのよ」

「確かに個性的だよ。理蘭から見たら、ボクみたいなやつは平凡でつまらないやつだろうな。いちいち人に振り回されてさ、やりたいことなんかよりも、やらなくてもいいことを他人の顔色伺いながらこなしていくんだからな」

「ただし、個を洗練させると冗長性がなくなるの。ストレス耐性がなくなると言ってもいいわ。イレギュラーなことが起きた時に取り返しの付かないダメージを受けるのよ。その点、普段からやりたくないこともやっている人間は強いわ」

「硬い刃ほど折れやすいってことか」

「全てが自分のシナリオ通りに進む世界であれば良いけれど、実際には思わぬことが起きるものですもの。そんな時に壊れてしまわないように、軽度のトラブルを意図的に摂取するのは悪く無いわね」


 ボクは理蘭の言葉を聞きながら頭を掻く。

 つまりそれは自分は興味が無い厄介事も首を突っ込む必要があるってことか?

 理蘭とこの事に関して話ができるなら好都合だ。

 ボクは今まであったことをできるだけ話す。


 しかし理蘭はというと、事件や謎には全く興味を示さず、演劇部の公演を面白がってるようだった。

 一応貰っておいた神藤かむと憂康うきやす作の『灰かぶりの家族』の台本を渡すと「お手柄ね」とそっけなく褒め言葉を言っただけであとは何も言わなかった。

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