第20話


 ありえないことではあるけど、もはやありえないと考えることのほうが間違いなのだ。


 今、目の前で起こっている現実では、ありえないことが起こっている。

 部室はドアノブのところに内側からつっかい棒がしてあったらしい。

 しかし中には身動きの取れない神藤かむとだけ。

 蜘蛛男は、いや犯人は密室の中で消えていた。


 この事件が先に起こっていたなら、ボクは蜘蛛男なんて言わなかっただろう。

 実際はロープで拘束されていただけだ。

 しかし神藤ははっきりと蜘蛛男と言った。


 実際にそんな現実離れした怪人がいるわけはないのだ。

 糸を吐く特殊能力も、多くの手足で縦横無尽に動く奇形な肉体も。

 そんな怪人は存在しない。

 しかし、蜘蛛男と称される危険人物は確かに存在する。


 蜘蛛男がどんなやつなのかはわからない。

 でも今回の犯行を考えると縛ることに手馴れているということがわかる。

 人間の身体は案外柔らかい。

 そして皮膚は傷つきやすく、長時間締め付けると血液もうっ血する。

 人間というのは古新聞を縛るように簡単にはできないものなのだ。

 だから捕縛術という技術体系も発展している。

 関節の部分を適切に固定して動けなくする。

 それは繰り返し訓練することでしか身につかない。


 正直、ボクだってこれほど鮮やかにはできない。

 ロープの縛り方などはレスキューの時にも必要なので初代から何度となく教えこまれた。

 ボクの周りでこれほど優れた捕縛技術を持つ人は一人しかいない。

 初代マイティ・ジャンプだ。


 流石にいくらなんでも蜘蛛男が初代だというのは発想が突飛すぎるだろう。

 しかし、しかしだ。

 奥歯を噛み締め頭を振る。

 繰り返し再生数のカウントが増えていく。


 眉に力を込めて動画を見続けていたら強引にイヤホンを引っこ抜かれた。

 そこにはイヤホンをプラプラと揺らす理蘭の姿があった。


「なに?」

「同じ部屋の中に、イヤホンをして動画を見ながら『はぁ』とか『ふぅ』とか激しい吐息を漏らす人物がいたら、どれほど気色が悪いか考えたことあるかしら?」

「漏れてた? ため息とか。気づかなかったけど」

「で、見てたのはこれなのね」


 そう言って理蘭りらんが一時停止をしたのは、ちょうど儀武院ぎぶいんがスクール水着で着替えてるところだった。


「違うんだ。これはたまたまそういう場面だけ一瞬写っているだけで」

「別に説明しなくてもいいわ。坊やの性的嗜好は自由だもの」

「聞いてくれなくても説明する。なぜならこれはボクの沽券に関わることだからだ。この動画は二度目の蜘蛛男の犯行をとらえた貴重な映像であり……」

「坊やの股間の話はその辺にして。それよりこの娘」

「沽券!」

「リストカットの跡があるわ」


 理蘭は一時停止されている儀武院を指さした。


「は? なんでそんな。え? 本当だ。そんな風には見えなかったけど」

「見えるか見えないかは坊やの主観よ。チェーンソーを振り回すアマゾネスにだってそれなりの苦悩はあるでしょうけど、坊やにとってはそんな風には見えないでしょうね」

「そういうものなのか。いや、でも彼女は被害者の方なんだ。そういうことを根掘り葉掘り聞くのは可哀想だろ」

「だったらこんなことに首を突っ込むはやめた方がいいわ」

「彼女の自傷行為が関係あるのか? もはや儀武院個人を狙ったものじゃない。演劇部の部員を狙ったものだとわかったんだ。ボクがここで無関係を装えるか」

「坊やは演劇部ではないわ。演劇部が関係していると決まったわけでもないのよ」

「演劇部の部室で演劇部員が襲われたんだぞ? 学年も、性別も違う共通点は演劇部員。どう考えても演劇部がターゲットだろ」


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