第19話
録画していた動画を再生し、進めては止め、戻してはまた進め、また再生する。
もう何度目だろうか、あの時の状況が画面の中に映しだされた。
画面に写っているのはミッシェルと
ボクの声が二人に尋ねる。
「着替えって二人でどこ行ったんだ?」
「部室かもだ」
「二人一緒に?」
「あの裁きの間は三人で入れるほどの広さはないのですわ」
「いや、そうじゃなくて。神藤と舞座って、男と女だぞ」
「そのような些細な相違を気にするようでは異界で生き抜いてはいけませんわ」
儀武院の言葉にミッシェルが深く頷く。
「なんなんだ、その全幅の信頼感は。神藤ってサラダしか食べないのか?」
「そなたのようなエロスの牢獄に捉えられ、滾る獣の血を抑えられないオスとは生まれが違うのですわ」
「あの、いや。滾ってないから。普通のレベルだから。まぁ、ある意味男として見られてないっていうのも気の毒なのかもしれないが。君らはあとから行くの?」
制服姿のまま、二人が戻るのを待っているミッシェルと儀武院にそう尋ねる。
「忍者だから」
「忍者だから、というのは全く説明になってないけど」
ボクがそう言いかけると、ミッシェルは懐から球状のモノを出し、地面に叩きつけた。
あっという間に周囲が煙に包まれる。
しばらくして視界が開けると、そこには花柄の忍者装束を纏ったミッシェルがいた。
「できちゃうのか。今のはちょっと本気で驚いたな」
「忍者だから」
「そうか、すごいな忍者」
そしてミッシェルの隣には、スクール水着でジャージのズボンに腕を通して変な格好になっている儀武院がいた。
「登美、それ下なので?」
「暗黒の道に迷い込み、光なき絶望の中でもがき続けるなんて変だと思ったですわ」
儀武院はモゾモゾとジャージを着込んだ。
「さすがに忍者じゃないアイドルには無理か」
「魅惑の偶像故に、瞬時に転生を遂げる能力は必須ですわ」
「それより、なんでスクール水着なんだ?」
「痴れ者! エロスの国のエロ大臣ですわ。こんなにエロい肉塊ははじめてご覧になりまして候!」
そう言って儀武院は顔をクシュっと歪めてボクのお腹をパンチした。
さすがに女の子のパンチじゃ画面が揺らぐこともなかった。
「エロい気持ちなくても見えちゃってたよ、煙なくなってたし」
「魅惑の偶像はいつどこで民草の視線にさらされるかわからないものですわ。いつ扇情的な肢体を露わにする撮影になってもいいように、常に下は魅惑的な水着なのは当然ですわ」
「常在戦場なので?」
「そうですわ。影の末裔ミッシェルがとても良いことを言いました。常在撮影、常在異界ですわ」
ここまでのやりとりは、とりあえず飛ばすことにしよう。
何度も見ていると変態みたいだ。
動画を早送りする。
舞座が戻ってきて、神藤はまだ撮影のために準備をしていると告げた。
しばらく待ったものの、戻ってくる気配がないので、儀武院とミッシェルが呼びに行った。
二人きりになりカメラを通しても緊張した空気が伝わる中、舞座が口を開いた。
「蜘蛛男が現れたことも、考えようによっては良かったと思います」
「どういうこと?」
「今は辛くても、将来きっといい経験になった思えるはずですから」
舞座は無垢な表情で言った。
確かにポジティブさは必要かもしれないけど、無理をして前向きになろうとしている気がする。
「そうかも知れないけど、みんなの前ではあんまり言わないほうがいいんじゃない? 嫌な思いをしてる人もいるだろ」
「そうですか? だけど、その苦しみがきっと私たちをさらに輝かせてくれると思うんです。私はそれを信じてますから」
「ボクもそう信じてはいるよ」
舞座はいつも話す相手の目を見つめるため、カメラに写った姿は視線が外れている。
そのせいか、動画を繰り返し見てるとなんだか不安になってくる。
しかし、そんなことはどうでもよくて、この後事件は急展開する。
ドアを開けて儀武院が入ってきてカメラがそっちを向いた。
「裁きの間の門番が厳しく目を光らせているので、影の末裔ミッシェルが調略してますわ」
「ごめん、一般庶民にもわかるように言ってくれ」
「……ドアがあかないから、ミッシェルが開けようとしてるんですわ。わかるでしょ!」
「神藤が中にいるんじゃないのか?」
「返事がないのですわ。ひょっとしたら常闇の世界に誘われてしまったのかもしれませんわ」
ボクと舞座は儀武院と共に部室に行くことになった。
部室の前にはミッシェルが壁に足をかけてドアを引っ張っていた。
「錆びて開きにくいとは思ってたけど、ここまでなのか?」
「いえ、さっき私が出た時はこんなでありませんでした」
舞座が眉を八の字にして心配そうに答える。
「何かが引っかかってるかもだ」
「ちょっと離れてて」
カメラは舞座の手に渡り、助走をつけて肩からドアに体当たりするボクが写った。
制服の下に来ているマイティ・ジャンプのスーツにはパットが入ってるので少しはマシだ。
しかし何度かやったところでドアはビクともしない。
ただ部室の中から神藤のものらしき唸り声が僅かに聞こえた。
「まずいぞ、早く開けないと」
「忍術を使うので?」
「そんな便利な忍術あるわけ無いだろ」
ボクの言葉に気分を害したのか、ミッシェルは口をへの字に曲げて懐から曲がった鉄の棒を出した。
「忍法バールのような術」
「全然忍法じゃないし、なんでそんなもの持ち歩いてるのか謎だが、確かに今一番欲しいものだ」
ボクは振り向いてカメラにドアを壊すことを伺い立てる。
舞座と一緒にカメラの視点が頷く。
ドアの隙間にバールをねじ込み力を込めると枠が簡単に変形した。
何度か繰り返し隙間を作ってから一気に奥までバールをねじ込み傾ける。
パキンとなにかが壊れる音がしてドアが一気に開いた。
「花藤さん、だいじょ……!」
舞座とともにカメラは部室の中をのぞき込む。
そこにはロープで身体を縛られた神藤がもがいていた。
その姿は蜘蛛の糸に拘束され、捕食される時を待つ哀れな昆虫のようだった。
動揺をダイレクトに受けたかのようにカメラの画面が揺れる。
逆さになった映像に演劇部部員とボクの蒼白な顔が写っていた。
再生を停止して深く息を吐く。
怪奇蜘蛛男、そんな話があるわけがない。
しかし、助けだされた神藤はこの後に答えたのだ。
「蜘蛛男にやられた」
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