第18話

儀武院ぎぶいんさん。犯人のこと、詳しく聞かせてくれる?」

「もう、誰なんですの、これ?」

「ボクは二年の比糸びいと愛生いとお。たまたま演劇部の手伝いをしてたらあんな事件に出くわしちゃって。気になったから調べてるんだ」

「なんでですの? 無関係なのに」

「無関係だけど縁があった。それに悪をはびこらせる訳にはいかないからね」

「悪? えー。なんか引くんですの。この人怖い、目が。病気なんじゃない? ですの?」


 儀武院は肩を縮こませて神藤かむとにすがるような視線を送りながら後ずさりする。


「比糸さんは登美さんを助けてくれたんですよ。せっかく協力してくれるっていうんですから」


 舞座まいざはにこやかにフォローを入れたが、儀武院は余計に頑なな態度で目を背ける。


「だいたい悪とか正義とかそんなこと言われても。登美姫、そういうんじゃないですの。世界観が違うっていうか。お互いに平行線ですわ」


 どうも第一印象で嫌われたようだった。

 こうなったら、媚びてご機嫌を取り戻すしかない。

 アイドル志望というくらいなんだから、どう押せばいいのかは想像がつく。


「ボク、登美姫のファンなんです!」

「え、キモ……」


 渾身のおべっかも、儀武院には届かず。

 むしろ素になって残酷なほど嫌悪感を露わにした。

 気まずい空気が充満して心なしかボクを見る他の人達の目も鋭利に感じる。


「ネットに吊るされる前に、犯人の顔は見たんだよね?」

「犯人って。あのくらいのことで騒ぎ立てられても困りますわ。高潔な異界の姫のイメージに傷がついたらどうしてくれるんですの?」

「でもイメージとか言ってる場合じゃないだろ。君は何者かに拘束されてたんだからね」

「そなたこそなんなの? 登美姫はイメージとか言ってる場合ですわ! 吊るされたとか言ってる場合じゃないですの! 変なこと言いふらしたら、訴えますわ。弁護士……的な、異界の、お役所? みたいなやつから」


 咬み合わない会話が続き、神藤が割って入った。


「このくらいにしておこうよ。過去に囚われるよりも、僕たちは未来にすべきことがあるんだからさ」

「吊るされてたんだぞ。大事件だと思わないのか?」

「うん。確かにどうでもいいことではないよ。でもお姫様にはもっと大切なことがある。彼女はアイドルになることこそ一番なんだ。キミにとってはそんなことどうでもいいことかもしれないけど、目指すものを持って、それに向かって努力している者を、他人が口出しをするなんて品のない話じゃないか」


「灰色の神藤先輩。いつも気持ち悪いと思ってたけど、たまに良い事言いますわ。異界の二等書記官に任命ふにゃろろ~~……」

「んん~? この口が気持ち悪いって言ったのかなぁ?」


 神藤は笑いながら儀武院のほっぺを引っ張る。


 女ばかりの演劇部で一人だけ男子の神藤は、居心地が悪いどころか緩衝材のような役割になっているようだ。

 和門わもんと付き合っているのかと思ったが、よく観察してみると他の女子部員とも距離感が近い。

 昼沢ひるざわのように馴れ馴れしく距離感が狂った感じとはまた違い、相手のぎりぎり嫌がらない範囲で接触をするような感じだった。

 きっと多くの女性から、その才能は好まれているのだろう。

 そして本人のあずかり知らぬ所で、もっと多くの男子から嫉妬や嫌悪感を抱かれてるに違いない。


 儀武院が協力してくれない以上、ボクの方としては追いかける先を見失ってしまっった。

 蜘蛛男を突き止めるためには、もっとじっくりと時間を掛けて外堀から調べていくしかなさそうだ。


「今日は神藤さんのことを撮ろうと思ってるんです」


 僅かの間に疲弊して口数の少なくなったボクに舞座は気を使うように声をかけてきた。


「やめておいた方がいいと思うよ。僕に魅了されて再起不能になる人間が続出する」

「灰色の神藤先輩の禍々しきオーラで生命を消滅してしまうものがでたら、登美姫が闇の息吹にて黄泉からの道を照らしますわ」

「私は自然な神藤さんがいいと思うんです。比糸さん、撮影お願いできます?」


 そう言われて断るわけにもいかないのでボクは頷いた。


 そしてしばらくして、部室で神藤が縛られて発見された。

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