第24話

 学校で演劇部のことをそれとなく調べてみた。

 ……のだけど、ボクの諜報能力では大したこともわからなかった。


 かるた部の時とは違い、演劇部の者に直接尋ねるわけにもいかない。

 それとなく聞けるような友達もいないし、当り障りのない会話から自然に聞き出すような会話テクニックもない。


 わかっているのは学内では年に二回、新入生歓迎会と文化祭で公演をすることくらいだ。

 それすらも興味を持って見ている生徒は少ないだろう。

 校長の長ったらしい訓話よりはマシな時間といった印象だ。

 そのためにどれだけ稽古を重ねているかなど、正直ボクだって関わり合うまで考えたこともなかった。

 それは全ての部活に言えることかもしれない。


 運動部で大会を勝ち進めば話題にもなるが、文化部というのはいまひとつ活躍が目に見えにくい。

 だからこそ余計にかるた部の躍進が話題になっているのだ。


 自称情報通である昼沢ひるざわから聞いた話は、和門わもん神藤かむとが付き合ってるらしいとか、ゴシップの粋を出ないものしかない。

 時間と労力を費やしただけで何一つ得るものもなく、しかたなく演劇部の練習している視聴覚室に向かった。


 演劇部では既に基礎練を終わらせ、各自舞台を想定した立ち稽古に入っていた。

 ボクがドアを開けると、部員全員の視線が集中し、顧問の贔利びいり先生はわざと無視するように部員に指示を出した。

 基礎練の時とは違って視聴覚室内に緊張感が漂っている。


 直ぐ目の前で演技をしている人がいるというのは、慣れないと独特なものがある。

 無駄口はもちろん、呼吸や衣擦れの音すら出してはいけないような気がして身体が硬くなる。

 ボクはカメラをセットして撮影を始め、ただそこで行われる練習風景を撮り続けた。


 贔利先生は国語の担当で、ボクも授業を受けたことはある。

 痩せて神経質そうな体型に四角い顔。

 髪は整髪料でオールバックに固め、黒縁のメガネをかけている。

 その時は、普通の国語教師の一人という印象で、特に熱血だとか頑固だとか、そういうイメージも持ってなかった。

 ただ、演劇部で指導をする贔利先生の姿は存在感が大きく、汗を顔に滴らせながら素直に従う部員達の姿も相まって印象的に見える。


 ボクの存在はまるきり無視されて稽古が続く。

 贔利先生が手を叩くとスタートの合図らしい。

 そして芝居が始まってから手を叩くとストップの合図だった。


「もう一度」


 贔利先生は手を叩く。

 和門がセリフを言う。

 儀武院ぎぶいんがセリフを言う。

 贔利先生が再び手を叩く。


「もう一度」


 何度繰り返しただろう、見ているこっちの頭がぼんやりするほど繰り返されていた。


 和門は背筋を伸ばし胸を張って王子を演じる。

 なるほど、宝塚の男装の麗人のようで、こういうのが好きな後輩の女子からは人気が出そうだ。

 一方、儀武院もどこか悲壮感のあるシンデレラの義姉を上手く演じている。

 それは演技のはずなのだけど、セリフのせいか普段のゴシックなアイドルよりも自然に見えてしまう。

 王子に忠告をするも、シンデレラが事前に手を回していたせいで、王子にとって義姉の言葉は醜い嫉妬にしか聞こえなくなってしまう。

 儀武院が悲痛に訴えるほど、王子は怒りを露わにして、シンデレラの行いを知っている観客としてはやるせない気持ちになる。


 贔利先生は手を叩く。

 和門がセリフを言う。

 儀武院がセリフを言う。

 贔利先生が再び手を叩く。


「もう一度」


 こうなるとしばらく進展がなくなるのか、舞台の脇に控えていた神藤やミッシェルが舞台の前に移動した。


「もう一度」


 贔利先生の声が非情に響き、舞座はボクの横にやってきた。


「よくあるの? こういうの」

「はい」


 舞座にとっては本当に当たり前の光景のようで、別に何の感情も持たずに舞台を見ている。

 ただ、見慣れていないボクにとっては何度も同じことを繰り返される和門たちが気の毒に思える。

 ボクからしたら何が悪いのかもわからない。

 演技としては十分にできているように思える。

 そのせいで余計に可哀想になる。


「違う。もう一度」


 同じように繰り返し、そして同じように贔利先生は手を叩いて止めた。

 前に出ている和門と儀武院は、その手の音に動きを止め、ただ佇む。

 贔利先生はガシガシと頭をかきむしる。

 きっちり固めたオールバッグは逆立ったまま固まる。


「わからないのか? お前らちゃんと台本読んだか?」


 怒気を含んだような声に、和門と儀武院は縮こまって小さく「はい」と答えた。


「セリフを覚えたかじゃない。台本を読んだかだ。昨日の夜読んだのか?」


「台本ってセリフを覚えるために読むもんじゃないの?」


 ボクは舞座の耳にささやくと彼女は黙って首を振った。


「読んでたらそんな風になるわけないだろっ! お前ら頭ついてるのか? 考えたことあるのか?」


 贔利先生の言葉はどんどんひどくなってくる。


「はい、ちが~う。もう一度」

「本当になんでできないんだ。気づけよ、いい加減」


 そう言って贔利先生は机を蹴る。

 ガガガッと音を響かせ机がずれ、それを黙って花藤が直した。


「わかるわからないじゃないんだよ。お前のはこなそうとしてるだけだ。伝えようとしてるのか?」


 贔利先生の論理的とは言えない感情論にも和門と儀武院ははっきりと大きな返事で答える。

 しかし繰り返される同じ場面を演じている最中に、儀武院が唐突に黙って立ち尽くした。

 すがるような顔で和門を見る儀武院。

 和門は堅く歯を食いしばって瞳に薄っすらと涙を浮かべる。

 ボクの知っている気丈な和門の行動とは思えなかった。

 今まで繰り返されていた流れとはぜんぜん違う。

 芝居が止まった二人を見て、贔利先生は台本を投げた。


「もう辞めちまえよ!」

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