第15話
「今回のお芝居の配役のことで不満に思ってる人は?」
ボクがそう聞くと、
「あ、そういうのってないんですよ。ドラマだと、主役をとられて悔しいなんて描かれますけど、実際に演劇は全員で創るものですから。どんな小さい役でも意味はありますし、役が大きくなるほど大変な思いもします。それに今回のお芝居では
密かにボクが動機の一つとして考えていたことを舞座は軽々と笑い飛ばした。
「そうなんだ。今回のお芝居ってどんなの?」
「『灰かぶりの家族』という話です。シンデレラのお話で、儀武院さんはシンデレラの義理のお姉さんです」
「え、それは全然主役じゃないだろ。あの意地悪なお姉さんってことでしょ?」
「そこなんですが、この話はオリジナルでシンデレラのお姉さんたちの話なんです。この話に出てくるシンデレラは自分の美しさ自覚していて、それを武器に野心を持って一つ一つ着実に欲望を叶えていきます。時には自分が弱者であることをアピールして同情を買い、王子に近づいていくんです。そんな巨大な欲望を持った野心家のシンデレラを恐れ、危険だと思って止めようとするのが義母と二人の義理の姉です。このお話ではこっちが主役なんです」
「なんかすごい話だな。すでに面白そうだ」
「脚本を書いたのは
それを聞いた瞬間、ボクの中でザリっとした嫌な感覚が走った。
あのイタリア人のような男の書いた話を面白そうと思ってしまったこと、言い換えれば彼の才能をちょっと認めてしまったことへの嫉妬だ。
「で、神藤が王子様ってわけだ」
「いいえ、神藤さんは義理の母です。王子様は知恵さん、わかりますか? あの背の高い女の子です」
思わず笑い出すと同時に感心してしまった。
なるほど、そうして男女を入れ替えることで見た目が明らかに面白くなる。
映画なんかとは違う、空間全体が嘘で覆われている演劇ならではだろう。
言われてみれば、ボクの考えた神藤が王子をやるという発想は凡庸だ。
それよりも神藤という男に割と度胸があることにも驚いた。
たとえウケるとわかっていても、シンデレラの継母を演じるのは受け入れがたい。
男なら誰だって格好つけたいはずだ。
特に同世代の異性の前では、王子をやりたいと思うのが普通じゃないだろうか。
そこで継母を演じて笑われるという覚悟をしている当たり、演劇のためとはいえ感心してしまう。
「じゃ、シンデレラは?」
「私です。ミッシェルさんが義理の妹です。今回のシンデレラは悪女ですからね、難しいですよー」
「舞座が悪女か、想像つかないな。……普通のシンデレラの方が向いてるんじゃない?」
「でも神藤さんは私にピッタリだって言ってくれました!」
神藤の奴め!
今のボクの発言がどれだけ勇気のいる発言だったか。
女の子に似合ってるとか可愛いとか、そういうダイレクトな褒め言葉を言うなんて人生で初だったのに。
そのボクの無駄に脈拍を高めた発言は、イタリアの伊達男のような神藤の日常の一言の前に色あせてしまった。
ボクはそんな動揺を気取られないように、何事もなかった顔で話を進めた。
「儀武院さんと部員のみんなは仲はいい方?」
「そうですね。私たちの中に儀武院さんを嫌っている人なんていません。人数が少ないので、結束が強いんです」
「誰か演劇部以外の他の人と何かあったとかは?」
「絶対にありません。とってもいい子なんです。個性的な部分はあるんですけど、むしろそれは人を惹きつける魅力ですから」
「怪我はないみたいだし、引きずらないといいね」
「ええ。きっと彼女なら大丈夫だと思います。強い子ですから」
あまりにも舞座の言葉が力強く肯定的なので、儀武院は舞座の前では大げさにそういう風に振る舞ってるとも思える。
そうだとすると、ボクが考えていた仮説は舞座には話しにくい。
「儀武院さんはSNSをよく更新していたの?」
「はい。アイドルは発信するのも大事だって。あの日も、儀武院さんのことを撮影することは伝えてありました。本人もとっても意気込んでたのですけど、あんなことになるなんて」
アイドル志望の儀武院は、演劇部で動画を撮影してアップロードされるのを知っていた。
その名声欲ゆえに、自作自演の騒動を起こしたとしたらどうだろう?
神藤が書いたシンデレラのように、自分のキャリアのために事件を起こしたとしたら。
自作自演ならば、犯人はいないわけで、誰を告発することもできる。
そして降って湧いて出た蜘蛛男という存在が、誰か他人を吊るし上げるよりも話題になると判断した。
そう考えると辻褄が合う。
ただ、トリックがわからない。
ネットに吊るされるのはいいとしても、ドアを開けることはできない。
錆びついたドアは、何かを投げつけたくらいで開くとは思えない。
自動で開く仕組みなどはなかった。
だけど、あの部室の中には儀武院以外の人物はいなかった。
醜悪な面構えの蜘蛛男が、崩れるように小さい子蜘蛛に分裂する。
そしてまさに蜘蛛の子を散らすという言葉のごとく、部室の中から消え去ってしまう。
そんな妄想がボクの頭の中で繰り広げられ、振り払うように頭を揺する。
怪人蜘蛛男なんていう存在よりは、儀武院の手の込んだトリックによる自作自演のほうが納得がいく。
ただ、純粋に儀武院を信じて心配している舞座にはこんな推理は伝えられない。
儀武院自体も、気づかぬ間にアイドルという存在や世間の圧力によって操られてる被害者なのかもしれない。
同世代とのしがらみ、そういったものから逃れるためにアイドルという道を選び、本来望んだことではない犯行に及んでしまったのではないか。
頭の中で糸に操られ、ぎこちない姿で踊る儀武院が思い浮かんだ。
その糸を操り、複眼で顔中に毛を生やした蜘蛛男が笑っていた。
「蜘蛛って笑うと思う?」
「それは比喩表現ですか? 鬼が笑うというような」
「いや、なんでもない。ひょっとしたら儀武院さんは何か悩みを抱えているのかもしれない」
「そんなことありえません。もしそうなら、きっと私に相談してくれるはずです」
舞座はそう言ってまったく邪気のない表情で強く頷いた。
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