第14話
「ごめんなさい。新入部員じゃないのに、無理やりあんなことを」
「しょうがないよ。言い出しにくい空気だったし。それにここでやめるつもりもないから」
「じゃぁ、本当に部員になってくれるんですか?」
「いや、そう言う意味じゃなくて。ボクはボクでやらなきゃいけないことがあるから」
ボクがそう答えると、
切り替えが早い。
負の感情を引きずることなく、瞬時に前向きになれるその性格に驚く。
育ちの良さなのか、ボクには真似できそうもない。
ボクと舞座は学校の敷地のはずれのフェンスにもたれかかり話をしていた。
視聴覚室からは結構離れていて、ここならかるた部に声も届かない。
それでも、かるた部の札を取るために畳を叩く音はここまで響いてくる。
「あの事件のことを考えてみたんだ。なんらかのトリックはあったとして、そもそも犯人は誰なのか、なんであんなことをしたのか」
「怪人蜘蛛男じゃないんですか?」
「そこが問題でさ。例えばミステリィなどで犯人がわからないのは、被害者が殺されて証言できないからだよね。だけど今回は
「わかりません。
「ボクが言ったのは怪奇蜘蛛男だね。これは仮面ライダーの……いや、詳しくはいいとして。混乱してたんだ。まさかあんな光景が現れると思ってなかったから。あの部室は密室みたいなものだったし、なによりほんのわずかな時間で犯行は行われた。普通に考えたら不可能犯罪と言ってもいい。だけど、現実はミステリィ小説じゃない。儀武院さんは犯人の姿を見てるはずだし、証言もしている」
「それが怪人蜘蛛男なんですよね」
「そう。蜘蛛の仮装をしていた男なのか、自分で蜘蛛男を名乗ったのか、でもそんな怪人物がいたとしたら事件が起こる以前に誰かが騒いでるはずだろ」
「神出鬼没の怪人ではないんですか?」
舞座の言葉にボクは力なく笑った。
ヒーローや怪人なんていう存在は幼稚なフィクションだと世間では思われている。
ボクはその良識的な意見に何度となく傷ついてきた。
こう舞座が真っ直ぐな目で問いかけてくる言葉は、ある意味ボクが待ち望んでいたものかもしれない。
「いないよ。そんなのはフィクションだけだ。現実にはただの犯罪者がいるだけ」
「そう、ですよね」
「うん。でもなんで儀武院さんはそんなことを言ったかだよ。考えられるのは、本当の犯人の名前を言えないからだ。脅迫されているか、もしくはかばっているか」
舞座はガバっと顔を上げてボクの方を見た。
髪が揺れ、いい匂いがふわっと漂ってきた。
「すごいです。比糸さんて、名探偵みたいですね」
「いやぁ、まぁ、探偵の小説とかも読んだりしてるからね」
「ミステリィ小説ですか? 頭良いんですね」
「えーと、ボクが読んでるのは多分舞座が思ってるような探偵小説とはちょっと違うと思うんだ。アメリカのハードボイルド小説に出てくる探偵とかだからね。しぶとさと度胸と腕力で悪の組織に立ち向かって正義と美女を守るヒーロー。トリックとかはそんなに出てこない」
「なるほど、比糸さんならではの捜査方法で犯人を突き止めていくんですね」
「正直、トリックのことは全然わからない。だけど犯人がいたら絶対に何か痕跡があるはずなんだ。儀武院さんが隠している以上、彼女に無理に問い詰めても難しい。なんで儀武院さんが狙われたのか。それになんで演劇部の部室だったのか。それを考えれば、きっとなにかわかると思うんだ」
「ひょっとして、演劇部の部員を疑っているんですか?」
舞座が眉を下げ、瞳をうるませてこちらを見つめてきた。
か弱い小動物を連想させるその瞳に躊躇してしまう。
悲しみや喜びはここまでわかりやすく目で表現できるのかと感心する。
「そう。まずは全員疑う。どんな人間でも。そうやってひとりずつ疑いを晴らしていく。今信頼できるのはあの時一緒にいた舞座だけなんだ」
「演劇部の皆さんは違います。絶対に。そんな人いませんから」
「儀武院さんに恨みを持ってるような人はいないわけだね?」
「いません。絶対に」
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