第13話

 視聴覚室に向かう階段を降りて行くと、頭上から畳を叩く破裂音が大量に降ってきた。

 かるた部だ。

 ほぼ同じタイミングで豪雨のように降り注ぐその音に思わず足を踏み外しそうになる。


 視聴覚室には、すでに演劇部の部員が何名か集まっていた。

 窓から中を覗くと、舞座まいざ和門わもん、そして紹介だけはされた神藤かむと憂康うきやすという二年の男子生徒が話している。

 重い扉を静かに開けて身体を中に滑りこませると、和門が悲痛に声を上げた。


「なんでこう、邪魔ばっかり入るの? どうしてあたしたちばっかりこんな目に合わなきゃいけないのよ」

「大丈夫です。きっと乗り越えられます」

「かるた部は結果を出したからっていうけど。じゃぁ、うちらはなに? 邪魔ばっかりして、挑戦すらさせてもらえないじゃない」


 神藤が和門の目の前に顔をだして彼女の頭を撫でた。


「知恵さん落ち着いて。大きな声を出さなくてもみんなわかってるから」


 その姿を見て声をかけるのをためらってしまった。

 神藤と和門の距離が近すぎる。

 お互いの息遣いすら感じられそうなほど、まるでキスをするかのような距離で見つめ合っている。

 男女の機微に疎いのは認めるけど、二人の関係がただの部員同士ではないことくらいはわかる。

 しかしそれだけでは終わらず、神藤は返す刀で舞座の方を向くと彼女の耳のあたりをそっと手で触れた。


「ストレスをぶつけたくなる気持ちもわかってあげよ」


「イタリア人か」


 思わず声が漏れてしまい、三人は入り口に所在なく佇むボクに視線をよこした。


 和門は下唇を突き出し、再び現れた闖入者を歓迎していないことを表情で語る。

 神藤は眉をクッと上げて、見られていたことを恥ずかしがるどころか誇らしそうに笑みを浮かべた。

 舞座はいつものように目も口も大きく開いてこれ以上ないというほど明るい表情を作りボクに駆け寄る。


比糸びいとさん。昨日はあんなことになっちゃって、もう来てくれないかと思ってました」

「あんなことがあったから、余計に見ないふりはできないよ」

「生真面目なんだね。比糸さんは」


 神藤が甘やかな笑顔でボクに声をかけてきた。

 背が低く、顔も童顔だ。

 茶色い髪の毛はワックスによって手間のかかった無造作ヘアに形作られている。

 だらしなさこそが男らしさだ、などと時代遅れな主張をするつもりはないけど、隙のない神経質な神藤のルックスはボクの苦手なジャンルだ。


 神藤はボクの周りを惑星のようにゆっくりと回りながらこちらを伺う。


「真面目で悪いか?」

「全然。真面目な人の方が友人には望ましいよ。でものめり込みすぎるタイプは、ズッコケた時に痛い目を見る」


 神藤が煩わしいくらいに手振りを交えてそう言うと和門が呆れたような声でつっこむ。


「あんたみたいなフワフワした生き方は誰もできないよ」

「褒められちゃったな」

「褒めてねぇーって」


 神藤のおどけた表情に和門は渋そうな顔をする。

 しかし彼女はすぐに吹き出すように表情を緩めた。

 

 演劇部だからなのかもしれないが、日常の動作のいちいちが芝居がかってる人間だ。


 舞座がボクの方に近づき、言葉よりも多くの情報を伝達するかのように目をそらさずに言ってきた。


「でも比糸さん、迷惑だったら無理しなくていいです」

「ボクは納得行かないことが嫌なんだよ。少なくとも誰かが心ないことをしたのは事実なんだ。それを確かめないとダメだ」

「ありがとうござます。そう言ってくれて、嬉しいです」


 頭を下げるというよりも、首を傾げて斜めに沈み込むようにして舞座は微笑んだ。

 上目遣いになり、外ハネの髪が揺れる。

 『可愛い女の子の仕草』と検索したらでてきそうなあざとい動きだったけど、あまりにも自然に行うために思わず照れてしまう。


 ボクから距離をとってそれを見ていた和門が独り言のように、しかしわざとこっちに聞こえるように言った。


「部外者が口を挟んで事を大きくされても、うちらはそれどころじゃないから」

「知恵さん、そういう言い方はよくない。たとえ気に食わなくても、上辺だけは仲良くしようね」

「あんたはいっつも上辺だけだもんね」

「ははは、バレてた?」


 神藤の和門に対する、遠慮のないキザったらしい態度を見てると、なんだか心の奥から納得出来ない感情が沸き上がってくる。

 プレイボーイ気質というのだろうか、ボクには永遠に理解できそうにない。

 そう思って神藤を見ていたら、彼は顎を上げてボクの方に視線を送る。


「ん? どうしたんだい? 比糸さん」

「悩みがなさそうでいいな」

「あはは。そう見えるかな」


 嫌味を軽やかに躱す神藤の笑顔により、ボクが得たものは爽快感ではなく自己嫌悪だった。


 重い鉄のドアが開き、痩せた中年男性が入ってきた。

 顧問の贔利びいりじん先生だ。


 贔利先生は、いつも通りといった感じで寄せられた机の真ん中に作られた空間に座る。

 こっちを一瞥すると、ボクではなく舞座に尋ねる。


「誰だ?」

「私のクラスメイトで比糸愛生いとおさんです。撮影を手伝っ……」

「新入部員か」

「いえ、ボクは……」

「うちは厳しいが、めげずについてこられたらきっとそれは大きな価値を持つ。ただし、やる気が無いならすぐにおっぽり出すからな」


 高圧的な低い声で贔利先生はそう言った。

 ボクはどうしていいのかわからず舞座の顔を見ると、彼女は困ったように眉を下げた。

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