第12話
ボクが動画を見せようとノートパソコンを理蘭の前に押し出すと、彼女はものすごく嫌そうに目を細めてのけぞった。
「カメラが揺れすぎて酔うわ」
「あぁ、悪い。でもこれは大事件だよ。ボクがたまたまあそこにいてすぐに発見したから大事には至らなかったけど、もし気づかなかったらどうなっていたことか。殺されていたかもしれない。もっとよくわからない生気を吸い取るようなことがあったのかもしれない。そういう危険な奴が相手なんだ」
「ネットに絡まっているだけよ」
「それはボクが発見したから!」
「それは坊やの想像でしょ。起きた事は、この子がネットに絡まっているだけ」
「密室で! ほんのわずかのうちに! 何者かによって!」
「曖昧な情報を重ね合わせて迷い込まないことね。悪意も善意も関係ない。この場所で、この状況にしなければならなかった人物がやっただけよ」
「一体どんな状況なら、こんな場所で女の子を拘束しなきゃならないんだ」
「どんな状況なら、汗のしみたシャツ姿のまま興奮で息を切らして楚々とした美女に猟奇的な映像を見せつけようと思うのかしらね。やっている本人にとっては何も不自然なことのない当たり前のことなのよ」
たしかにそうかもしれないけど、楚々とした美女ときたか。
でも、そんなこと言われたら推理が何一つ進まなくなってしまう。
怪人蜘蛛男、いや犯人には少なくともなんらかの意志がある。
ただ事件の全貌も見えていないので犯人像がまったく描けない。
凶行を未然に防げたのはよかったが、それでめでたしめでたしとはならないのだ。
どこかで悪意を抱え、人を傷つけることを喜び、反社会的な行動を取る人間がいる。
人の心を弄び、混乱する人々を高いところからあざ笑う蜘蛛の怪人が頭の中に思い浮かんでしまう。
「じゃぁ、もしこうする必要がある人物がいたとしたら、どんなやつなんだ?」
「人間は無限の選択肢の中では生きていけないの」
理蘭の言葉が質問の答えとしてあまりにも意味不明だったので、ボクはしばらく間の抜けた顔をしていただろう。
「どういうこと?」
「あらゆる選択肢は無限なのよ。だから人格が必要になる。普遍的な人格は適度に選択肢を狭め生きることを可能にする。毎日お風呂に入る。初対面の人間を殴らない。黄色い服を好む。そうして積み重ねたものが本人のキャラクター、人格になるの。別に突然踊り狂ってもいいのに」
「でも好みとかってあるわけだろ」
「積み重ねたものから逸脱しないという思い込みに縛られているだけよ。でも時として選択肢を狭めるという、生きるための手段は悪さをする。他者から見ればいくらでも選択肢があるように思えるものも、本人の視点ではそれ以外の選択肢が見えなくなる」
「今までそういうことをしないキャラクターだったから?」
理蘭は小首を傾げるような小さな肯定を見せた。
「たった一つ、それをするしかないという思い込み。異常な行動は本人にとっては通常な生き方の収束点なのよ」
「だとしたら余計に問題じゃないか。今後もまた凶行が起こるかもしれないってことだろ。蜘蛛男にとっては必然の行為として」
「蜘蛛男とは言えて妙ね。坊やは言ったわよね。仮面ライダーに出てくる怪奇蜘蛛男はスパイダーマンをモチーフにしているって」
あの時のボクの話は理蘭には完全に無視されていると思っていたので、意外な言葉に嬉しくなり、思わず口の端が持ち上がってしまう。
「そうだよ。仮面ライダー・アマゾンではクモ獣人が出てくるし、仮面ライダー・Blackではクモ怪人が第一話の敵だ。平成に入ってからも仮面ライダー・クウガの第一話の中に出てくるズ・グムン・バは蜘蛛をモチーフにしてる。他にもクモンジンやクモ女、スパイダーイマジンなんてのもいたかな」
「元々土着の宗教の神がキリスト教の悪魔になったり妖怪として畏怖の対象になったりするのと似てるわね。
「それなら余計に、ボクの出番じゃないか! 今こそ見せる時だろ、二代目マイティ・ジャンプを」
「毎日見てるわ」
「止めてもボクはやるからな」
ボクは立ち上がってマイティ・ジャンプのマスクを握りしめる。
事件に出会ったのも何かの縁だ。
そしてボクはずっとこんな日常をひっくり返すような事件を望んでいた。
ボクのために用意されたようなこの怪事件を、ボクが解かなくてどうする。
理蘭は瞳をわずかに見開き、そしてまたゆっくりと目を細めた。
「この映像には最も重要なものが写ってるわ。この子……」
「どれ?」
ボクは素早くテーブルを回りこみ、理蘭の横からノートパソコンを覗きこむ。
事件の起こる前の映像が流れていた。
理蘭は細く尖った指でミッシェルのことを指した。
「忍者よ」
「見た目じゃないか!」
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