第7話

 ネットに上がっている演劇部の動画は、お芝居を録画しているわけではなく、練習風景だったり、舞台装置を作っている大工風景だったり、リハーサルの時のNG集みたいな感じだった。


「見たよ、動画。面白かった」

「本当ですか!? 嬉しいです!」


 舞座まいざが飛び跳ねボクの手を握る。

 その突然の触れ合いに動揺したが、彼女の方はまったく意に介してないようだ。


「物語で感動するのってどういう時だと思いますか? 私は人の心が転がる瞬間だと思ってるんです。嫌いだった人が好きになってしまう瞬間。絶望にうちひしがれた人が希望を見出す瞬間。頑なだった人が心を開く瞬間。そういう舞台を、お芝居をして人を感動させたいと思ってるんです。だって人はみんな、誰かを愛したいはずですから。好きになりたい何かを探してると思うんです」


 まっすぐに目をそらさずにそう言われると、確かにそうだと感じてしまう。

 いつの間にか、彼女に好感をもって力になりたいと思い始めていた。


 視聴覚室に続く階段を下りながら振り返ると、舞座は人差し指を唇に当てて「しーっ」と笑顔を作る。

 その瞬間に彼女は足を踏み外し体勢を崩した。


 ボクは咄嗟に踏み出し、腰に手を伸ばして受け止める。

 階段の段差も有り、まるでお姫様を抱きかかえる王子のような格好になった。


 ボクの腕の中で仰向けになったまま彼女は「ありがとうございます」と小さい声で囁いた。


 その体勢になんだか色々な想像を掻き立てられ、まったくそんな気もなく、素直にお礼を言う舞座の姿になんだか恥ずかしくなる。

 そんなボクらの脇を、視聴覚室から出てきた花柄の派手で変わった服を着た金髪の生徒が通り過ぎ、一言振り返って言った。


「キスするので?」

「しないよっ! するわけないだろ」


 ボクがそう言い返すと、舞座は起き上がった。


「ミッシェルさん、こちら比糸びいとさん。同じクラスでネットの配信見てくれて、手伝ってくれるんです。こちらはミッシェルさん」

「ミッシェル・フェニング・球歌たまうた

「ミッシェルさんは見ての通り、忍者なんです」


 見ての通りと言われて、改めて頭の先から爪先まで眺める。

 確かにマンガで忍者が着ているような身体にぴったりとした和装なのだけど、その柄がクリーム色の地にカラフルな大輪の花がたくさん描かれているというものすごく派手な柄のために忍者という概念がどういうものだったのか不安になる。

 肌は白く、バッチリと長いまつげに縁取られ、少したれた目は青く、鼻は鋭く刃物のように顔の真ん中を両断している。

 ゆるくパーマのかかった髪や眉毛は金髪で、その顔立ちはどこからどう見ても外国人だ。


「忍者がよっぽど好きなんだな。ドゥユーライクニンジャ?」


 そう話しかけながら手を差し出すと、ミッシェルは首を横に振る。


「忍術で日本語はペラペラかもだ」

「忍術ってそんな便利なシステムじゃないだろ」


 舞座は階段の上の段にいるため自分よりもちょっと背の高くなったミッシェルの頭をなでて言う。


「帰国子女なんです。日本人の血も入ってるんですよね。うちの演劇部のホープなんです」


 役柄上演技でこういうキャラクターを演じているわけじゃなく、本当に普段からこういう人物のようだ。

 忍者に憧れる外国人というのは聞いたことがあるけど、いざ目の前にあらわれてみると、なかなかエキセントリックで驚く。


 そう思っていると頭上で窓が開き、生徒が顔を出して怒鳴った。


「うるさいよ、エンゲキ!」

「ご、ごめんなさい」


 舞座は頭を下げると、ボクを引っ張って視聴覚室に滑り込み、静かに鉄の重い扉を閉めた。

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