第8話

 視聴覚室の中に入ると、机が端に寄せられて広い空間ができていた。


 部員が二人、床で柔軟をしながらペコリと頭を下げる。


比糸びいとさんにカメラお願いしていいですか。詳しいんですよね?」


 舞座まいざはそう言ってボクにコンパクトデジカメを差し出してきた。


 カメラに詳しいと言った覚えはまったくなかったけど、よっぽど複雑でない限り現代のデジタル機器は素人にでもそれなりに扱えるように作られている。


 演劇部の動画はすでに何本か上がっていてた。

 世界的に人気のある数千万、数億再生数の動画と比べると見劣りするけど、数百だとしても演劇部の公演を見る客の数に比べれば多い。

 しかし中にはあまり肯定的ではないコメントも書き込まれていて、嘲笑や野次に近いもの、酷いものではただ口汚く罵っているだけのものもあり、なんだか見ていて辛くなった。


 動画共有サイトには、盗撮に近いような無関係の者が勝手に撮ってアップロードした動画も多い。

 もはや現代において当たり前のメディアの一つである動画共有サイトだけど、ボクはいい印象を持っていない。

 初代マイティ・ジャンプの動画も、かつて何本か勝手に上がっていたからだ。

 そこには小馬鹿にするようなコメントも多く、ボクは密かに傷つき、そして怒りを燃やしたりしていた。


「変なコメントとか気にならない?」

「そういうのもあります。だからこそ、私たちの頑張りが伝わって気持ちが変わるのが嬉しいんです」


 舞座のあくまで前向きな姿勢に、くだらないコメントをする奴は痛い目を見ればいいのになんて考えていた自分が小さく思える。


 初代マイティ・ジャンプが逮捕された時も、ものすごく炎上したようだった。

 ボクはその時はネットを見る気力なんてなかったから、一番ひどい状況は見ずに済んだし、それが功を奏したのかすぐに鎮火したようだ。

 そういう経緯もあって動画というものに苦手意識を持っていたけど、前向きな姿勢で取り組むなら有益なツールになるのだろう。


 それに人の努力を応援するのはヒーローの役目だ。


「これから配信で部員を一人ずつを紹介しようと思ってるんです。今日撮影しようと思ってるは儀武院ぎぶいん登美とうみさんです。さっきすれ違ったの覚えてますか? 一年生なんですけど、すごく可愛くて個性的なんです。登美さんどこ行ったか知りません?」


 舞座が尋ねると、男子生徒が答えた。


「お姫様なら部室じゃないかな」

「そうですか。着替えにしては遅いですね」

「異界と交信中なんだと思うよ」

「あぁ、異界と! それならちょうどいいです。動画に撮りましょう。比糸さんも着いて来てください。登美さんは一年生でとっても大きな夢を持ってるんです。何だと思いますか?」


 舞座は胸の前で手のひらを合わせてこちらを伺う。


 なんてこと聞いてくるんだろう。

 この手の質問は不正解しかないんじゃないかと思ってる。

 「いくつに見える?」とか「いくらくらいだと思う?」など、ズバリ正解した所で相手が喜ぶわけでもなく、はずした所で印象の良くなる答えもない。

 ゲームに出てくる強制負けイベントみたいな質問だ。


 舞座も邪気のない顔をして、不発弾をパスするようなことをする。

 そもそも異界と交信する時点で、どんな人物かも想像がつかない。


「天下統一かな」

「惜しいです。実はアイドル志望なんです。色々オーディション受けていて、雑誌に載ったこともあるんですよ」


 どの当たりがどう惜しかったのかまったくピンと来ないが、なんとか不発弾は爆発しないまま葬られたようだ。


「ちょっと未来みら。こんな時期に新入部員じゃないでしょうね? 困るわよ、勝手に連れて来られても」

知恵ちえさん。こちら比糸さん。いい人だから大丈夫です」


 柔軟していた女子部員が舞座に向かって感情的な声を出した。


「いい人でも犯罪者でも今、そういう時期じゃないでしょ。気持ちを共有してない人なんて足手まといになるじゃない。私たちは結果を残さないといけないのわかってるでしょ?」

「そうですよね。比糸さん、こちら和門わもん知恵ちえさん。私たちと同じ二年で。あとこちらが神藤かむと憂康うきやすさん。こちらも二年生。これから会う儀武院さんとミッシェルさんで演劇部は全員です。みんなで一丸となって頑張ってるんです」

「だから未来、一丸となるために新入部員なんか」


 前向きすぎて否定的な声を受け止めない舞座に和門は苛ついた声を上げる。


 こう言っては悪いけど、五人だけの文化部はかなり零細だ。

 それなら新入部員を歓迎してもよさそうなものだけど、どうやらかなり排他的な様子に見える。

 仲間たちとの結束が強いのかもしれないが、舞座の明るい前向きさに反して、先行きの見通しは暗そうだった。

 そもそもボクは部活には入部する意志は全くないので、無用の諍いであるし、妙な期待をされても困る。


「ボクは新入部員じゃないよ。撮影の手伝いをするっていうだけで、演劇部に入るつもりも邪魔をするつもりもないから」


 和門知恵はボクより少し背が高い。

 ボクが168cmだから170cm以上あるだろう。

 ショートボブというのだろうか、ボーイッシュな感じで短く切りそろえた赤味がかった髪、切れ長の大きな鋭い目から気の強そうな印象を受ける。

 言動からしても結構きつい感じで、部長である舞座なんかより発言力がありそうだ。


「そういうことなら、ごめん。ちょっと焦ってたから。かるた部に追いやられてろくに稽古もできなくて」


 和門はそう言って頭を下げた。


 素直に非を認める辺り、悪い人じゃないのだろう。

 ただ一生懸命さが感情に出てしまうタイプと見た。

 扱いに慣れれば、こういう感情を貯めこまずにすぐに表に出すタイプは付き合いやすい。


 どうもさっきの階段の所で怒鳴られたように、演劇部とかるた部には若干確執があるのかもしれない。

 近い所で活動していると、仲良くなるか、その逆になる場合はある。

 軟式テニス部と硬式テニス部の仲が悪いという噂も何度か聞いたことがある。

 演劇部とかるた部なんて共通点はなさそうなものだけど、意外なところで関係は築かれているものだ。


「大丈夫です。私たちは私たちのことを一生懸命にやれば。だってこんなに頑張ってるんですから」


 舞座がそう胸に手を当てて微笑んだ。

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