第9話
視聴覚室から校舎に沿ってまっすぐ進むとプレハブ棟がある。
視聴覚室への階段を登ると、すぐ見えるのだけど視聴覚室が学園の敷地の端にあるためにそれなりに距離はある。
演劇部の部室は、そのプレハブ棟の脇にある。
舞座に続いてカメラの三脚を担いで視聴覚室から出ると、三脚が壁を這う排水管に当たり、ゴワヮヮヮンと金属音が響いた。
二階のかるた部の窓が開く。
「隠れてください」
舞座がそう言ってボクの制服の襟を掴んで引っ張った。
排水管やクーラーの室外機が積んである影に身を潜める。
かるた部の部員は、怒鳴る相手が見当たらず窓を閉めた。
物陰から出ようとすると、顔にものすごい不快な感覚が覆う。
「ぷわっ! ペッ、ペッ! なんだこれ、蜘蛛の巣か」
「シーッ、静かに行きましょ」
何も悪いことをしたわけでもないのに、ボクたちは身をかがめて隠れるように階段を登った。
駐車場ではさっきの忍者娘ミッシェルが金髪を激しく乱しながら反復横跳びをしていた。
「あれは?」
「分身の術みたいです」
舞座はそう教えてくれたが、どう見ても分身しているようには見えない。
確かに素早く移動することで残像による分身をするという話はマンガで読んだことがある。
しかし、目の前でバタバタと飛び回ってるミッシェルは分身とは程遠い。
ボクはテストも兼ねてミッシェルのその姿を録画した。
向こうを向いているため表情は見えないが、きっと憧れの忍者になるために必死に頑張ってるのだろう。
無意味な特訓と言えば無意味なんだろうけど、わざわざそんな水を差すようなことは言えない。
忍者になろうと、ちょっと間の抜けた訓練をする帰国子女のハーフなんてなかなか可愛らしい。
ボクらは黙って校舎の脇を通って部室に向かった。
部室と呼ぶことすら大袈裟な古いコンテナは、金具が錆び薄い壁も風雪により変色している。
すぐ後ろには校舎が迫っており、一日中日の当たらなそうなジメッとした場所だ。
各文化部の名前のタイルが貼られた縦長のコンテナが6つほど横に並び、少し空間をとってさらに奥に続いている。
ひょっとしたら校舎よりも古いんじゃないかと思うくらいボロボロだ。
部室と名義上呼ばれてはいるが、文化部は活動自体は放課後に空いている教室を借りているため、倉庫としてしか使われていない。
雨風はしのげるだろうが、中で人が活動をするなんてことはどの部もやっていない。
しかもこのボロいコンテナは文化部の中でもかなり劣悪なもので、当然かるた部のような部は新しくしっかりした部室を持っている。
そんなことよりも、ボクはさっき顔にかかった蜘蛛の巣の不快感が拭っても拭ってもとれなくて嫌になっていた。
実際に巣自体はとれているはずだけど、くすぐったい感覚というのは痛みや熱さと違いいつまでも残っている気がする。
ボクがカメラの操作を確認していると、舞座が部室のドアをノックする。
ペコペコという薄いドアが響く以外返事がない。
「登美さん?」
舞座が強くドアを叩く。
ボクはカメラを中途半端に持て余したまま舞座に聞いた。
「これが異界と交信中ってこと?」
「あっ! 異界と交信中っていうのは、登美さんの用語でSNSの更新のことなんです」
「それでなんで部室に?」
「それは、登美さんは人に頑張っている姿を見られるのが恥ずかしいらしくて。だから、ここを使うことはあるんです。いつもはすぐ返事があるんですが」
見ると部室のドアには小さな閂と南京錠が付いていた。
ボロいコンテナの部室だけに鍵もしょぼい。
「ここの鍵って普段は開いているの?」
「鍵は部活の時間は開けておくんです。一番最初に授業が終わった部員が、この部室の鍵を開けて、視聴覚室の鍵も開けます。部室の鍵は職員室にあるんですけど、開けたらまた元に戻して帰るときに私か、最後になった人が閉めることになってます」
南京錠は閂が外れた状態で閉じている。
もし南京錠がなければ、中に人が入った状態で閂が閉まってしまうこともあるだろう。
誰かのいたずらによって閉じ込められる事態も起きそうだ。
しかし、外れた状態で閉じた南京錠のおかげで、そういうアクシデントは避けられるのだろう。
「中にいるのかな?」
「それがですね。うちの部員は更衣室じゃなくて、ここで着替えることが多くて。あんまりよくないんですけど、着替えなどを置いておいたりしてるんです。貴重品を置くような人はいないんですけど」
「中で着替えるのに鍵は閉めないの?」
「一応中からつっかえ棒をすることもできるんですが、そこまでする人はいませんね」
更衣室は校舎の4階と5階にある。
いちいちそこに行くのを面倒臭がって部活前に教室で着替える者も多い。
演劇部がこの部室で着替えるのも、そういうことだろうと気にならなかった。
確かに鍵があろうがなかろうがドアを開けて着替えを覗くような堂々とした変態はいないだろう。
なにせこの場所は日当たりは悪いもの校舎の直ぐ側だ。
しかも向かいにある校舎の一階には職員室がある。
大きな声でも出せばすぐに教員の一人や二人は窓から顔を出すに違いない。
でも高校生という年頃にしては不用心すぎる気がするのはボクが意識をしすぎてるのか。
部室の薄いドアに耳をそばだてても中に人のいるような気配はなかった。
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