第6話

 校舎のはずれ。

 校舎脇に造られた地階に通じるコンクリートの階段を降りると視聴覚室がある。


 普段演劇部はそこで活動をしている。

 以前は屋外や体育館を使っていたらしいが、流れ流れてこの視聴覚室になったらしい。

 視聴覚室は映像作品を鑑賞するために壁やドアが防音仕様になっている。

 場所も地下にあり、大きな声を出しても周囲に音がもれない。

 学校というのはそもそも騒がしいものではあるが、視聴覚室は学校の端にあり、塀と細い公道を隔ててすぐ住宅地になってい。

 若尊じゃくそん学園の敷地内でも比較的静かな場所と言える。


 ボクが舞座まいざの後について視聴覚室に向かっていると、視聴覚室に降りる階段からバネのような縦ロールの髪の女の子が飛び出してきた。

 舞座が上半身をかしげるように挨拶すると、女の子は自分の胸に手のひらを当て、目を伏せるようにわずかに頭を下げた。


「今の、演劇部?」


 ボクがそう聞くと、舞座は黙って人差し指を唇の前に立てて細かく首を振る。

 そして、そのまま人差し指で二階の教室の窓を指さした。


 静けさの中に、間延びした声が聞こえ、一斉に破裂音が響く。

 放課後、二階の教室では今やこの学校の名物にもなっているかるた部が活動をしているのだ。


 一般的にあまり知名度の高くない文化部であるかるた部も、この学校では知らないものはいない。

 最近ではマンガやアニメの影響で徐々に人気が出始めているとも聞いたけど、それでも『地味な趣味の中では』という感じだろう。

 かるたと言っても、子供向けの絵の描いてあるものではなく、百人一首の取り合いをする競技だ。

 うちの学校のかるた部は毎年全国大会に出場ている超強豪校で、ボクには想像もできないけど、かるた部を目的に入学してくる生徒もいるらしい。


 ボクの二つ上の学年、もう卒業してしまった女子生徒で伝説的に強い人が入学し、かるた部を発足。

 あれよあれよという間に快進撃を重ね、学生の大会を個人で優勝。

 その伝説に鍛えられるように、部員たちも強くなり、わずか数年で強豪校に。

 そのドラマチックな軌跡にテレビの取材も何度も入り、書籍化までされている。


 私立の学校だけあって人気や評価は学校側でも尊重されるので、かるた部は数多くの部活の中でも優遇されている。


 かるたは読み手の声を一瞬でも早く聞き取り札を取るという競技で、その圧倒的なスピードは初めて見た者なら唖然としてしまうほどだ。

 そのため、わずかな物音ですら排除しなければならない。


 しかし学校で放課後の部活の時間に騒音を避けることなど不可能だろう。

 運動部や吹奏楽部、部活以外でも生徒は何かと音をたてている。


 それから逃れるために静かな校舎の端の広い教室に畳を敷いて活動をしているのだ。


 舞座に引っ張られて一旦、視聴覚室への階段から離れる。

 視聴覚室に降りる階段の脇は来客用の駐車場スペースが数台分あり、少し広くなっている。

 かるた部の支配圏から逃れた駐車スペースの端、名前の知らない木の木陰で舞座がこちらを振り返った。


「ここを通る時は静かにしないと怒られるんです」


 いざ手伝う段階になってボクは初めて舞座が演劇部の部長をしていることを知った。

 素直で明るく、気の利きそうなあたり、部長に抜擢されるのも納得してしまう。

 はきはきと丁寧な話し方で、相手の目をじっと見つめるところは、演劇部で培ったものなのだろうか。


 目を細めて空気を読まない同い年の女の子には慣れているが、こういうストレートな感じには少し緊張してしまう。


「うちの部も頑張って全国を目指してるんです。かるた部と一緒にしたら笑われちゃうくらい弱小なんですけどね」

「演劇部にも大会があるんだ」

「はい。地区大会、都大会、関東大会、全国大会って勝ち上がるんです。大会なのでもちろん勝ちたいのですけれど、賞が欲しいと言うよりは勝てば勝った分だけ舞台で演じられる回数が増えるんです。高校演劇ってそんなにたくさん舞台をする機会もないものですから」

「勝つって具体的にはどうすればいいの? 技術点とかあるの?」


 ボクの素朴な疑問に、舞座は嫌がる素振りも見せず、笑顔で説明してくれる。


「審査員が決めるんです。演劇関係の人や、引退した顧問、教育なんとか長みたいな偉い肩書のおじさまもいたりします」

「客を喜ばせるわけじゃないんだ」

「はい。でもそれも影響あるはずです。だって観客が絶賛してるのを見たら審査員だって気になります。よっぽど反教育的な内容の劇じゃない限りは」

「あー、やっぱりそういうのあるんだ」

「ありますね。部活ですから、学校教育の一環という名目もそうです。でもあんまり健全な方向に媚びた作品もお客さんは喜びません。勝つことを考えると、バランスが難しいんです。高校生らしさと娯楽としての面白さの」


 舞座は悩ましそうに首を傾げる。

 しかし、そんな時でも顔には笑顔をたたえていて、目が合うとさらに明るく笑いかけてくる。


「ネットで配信するってのはどうなの?」

「はじめは私も動画なんてって思ってたんです。舞台は生で見ることこそ意味があるものですから。でも、ある時見た動画で感動してしまって。人が熱意を持っている姿を見せることって人に勇気を与えることだと思ったんです。舞台で作り上げるお芝居は、頑張ってることを感じさせない作り込みが大事なんですけど、それでも私たちはその一瞬のために頑張っているんです。そういうのを伝えられたら、それまで興味がなかった人も、嫌っていた人たちも、感動するはずですから。高齢の先生方にはネット自体に偏見がある人もいます。でも一人でもいい。知ってもらえるなら。そのためにできることはします。きっと思いは伝わると信じてます」

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