第30話

 ボクは理蘭りらんを連れて視聴覚室に向かっていた。


 マイティ・ジャンプとして活躍するため、怪人蜘蛛男を倒すため、なんかじゃない。

 迷惑をかけた演劇部のみんなにきちんと謝るためだ。


 謝るところを見られるなんてはっきり言って格好悪い。

 でもこれがボクが昨日散々悩んで出した結論だ。

 間違ったことを認めながら、謝ることもできず、自分だけを可愛がるほうがよっぽど格好悪い。

 誰かのせいにして、贔利びいり先生や蜘蛛男なんかのせいにして自分と向き合わないのは逃げだ。


 初代なら。

 マイティ・ジャンプならそうすべきなのだ。

 たとえどれほど罵られたとしても、自分の責任から逃げない。

 それこそが、ボクが今しなければならない戦いだ。


「お、おい! 比糸びいと。お前すげーじゃん」


 勇んでるボクに昼沢ひるざわが声をかけてきた。

 広い歩幅で一気にボクに近づくと、顔を近づけてくる。


「なにが? ってか、近い。顔近い」

「動画だよ、動画。お前が撮ったんだろ。まさか本当に出るとはな、マイティ・ジャンプ。どうだった? 結構背ちっちゃくね?」

「は? 何言ってんだ」

「しらばっくれるなって。モザイクかかっててもわかるから。あれ贔利だろ」


 背筋に冷たいものが走った。

 足が震えてるのか、地面が震えてるのか、身体を支えることすら神経をつかうほどだ。


 昼沢がタブレットで、動画を見せてきた。

 タブレットに保存されたローカルの動画じゃない。

 動画共有サイトの動画だった。


 なんだか起こっている自体が信じられず、自分のスマホでも検索をする。

 動画はすぐに見つかった。

 そこには編集され、登場人物の顔にぼかしの入った一連の事件が写っていた。

 儀武院ぎぶいんが発見された蜘蛛男の発端となった事件。

 神藤かむとが発見された第二の事件。

 そして、マイティ・ジャンプが贔利を絞り上げる姿。


「こんな、誰がこんなこと」

「蜘蛛男の仕業に決まってるわね」


 横から覗き込んだ理蘭がボクのつぶやきに答える。


「そ、そんなわけないだろ。蜘蛛男なんて」

「怪人蜘蛛男はいるのよ。細くて丈夫な蜘蛛の糸は誰にも見えないわ。でも、一度その巣に捕まったら逃れられない。そして今度は、蜘蛛の糸を伝ってきた亡者たちを利用しようとしたのね。でも、そう上手くはいかないわよ」

「どうしようもないんだよ。贔利先生を、蜘蛛男を倒したところで蜘蛛の巣は消えなかったんだ。きっと蜘蛛の巣なんてない。ボクの妄想だ」

「先生も蜘蛛の巣に引っかかってただけよ」

「じゃ、誰なんだ。演劇部の部員なのか? 誰が蜘蛛男なんだ」


 理蘭は右手をボクの頬にそっと寄せた。

 白目がちなその瞳を大きく開き、ボクをじっと見つめていった。


「私は坊やと違って虚弱なの。転んだだけで死んでしまうわ。ちゃんと守ってくれるんでしょね」

「え、まぁ。守るけど、なんのことなんだ。本当に蜘蛛男と戦う気か?」

「戦うのはマイティ・ジャンプでしょ。中途半端にするから何も消えないんだわ。怪人ヴィランが最後に爆発して消えるまで完全に叩きのめすのよ」


 視聴覚室に向かおうとすると、昼沢までついてきた。


「なんでついてくるんだ?」

「え? だって面白そうじゃん」


 そりゃ、面白いだろう。

 他人事だと思えば。

 視聴覚室の脇では、ミッシェルがものすごい勢いで反復横跳びをしていた。

 ボクたちに気づくと、やたらと素早い身のこなしで一気に距離を縮めてきた。


「お嬢ちゃん、ちょうどよかったわ。あの煙の出る忍具貸してもらえる?」


 理蘭はミッシェルに語りかける。

 受け取った白いカプセルを理蘭は勢い良く地面にたたきつけた。

 パフッと気の抜けた音が鳴り、煙が……地面からわずか15cmほど舞い上がる。


「……そう。熟練の技術が必要なのね。お嬢ちゃん、彼なんとかしてもらえる?」


 理蘭はミッシェルに向かって昼沢を指さす。

 ミッシェルは頷くと、昼沢の背後に回り込む。


「俺? うっ……」


 その漏れるような声を最後に、昼沢はイモムシのように地面に突っ伏した。

 それを確認すると理蘭は制服の上を一気にめくって脱ぎ捨てた。


「おいっ! ちょっ? ……を?」


 同級生の脱衣シーンという衝撃で声を漏らしたボクに、言葉を失わせたのは理蘭が下に着込んでいた衣装だった。

 レモン色スーツの脇に薄桃色のストライプが走るデザイン。

 白とピンクの目出し帽のようなマスクをかぶる。

 その姿はまるでマイティ・ジャンプだった。

 ラバースーツではなく、セーターみたいな素材。

 毛糸で編んだ自作だった。


「私にだけ恥をかかせる気?」


 理蘭はボクのシャツをグイッとめくり上げる。

 ボクが上着を脱ぎかけていると理蘭はベルトを緩めてズボンを脱がしにかかった。


「ちょ、わかった! 自分で! 自分でできるから!」


 上着を中途半端な形で脱ぎかけながら、ボクは理蘭が引っ張るズボンを必死でおさえていた。

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