第29話
家に帰って自分の部屋で荷物の整理を始めた。
できることならしばらくはマイティ・ジャンプとは向き合いたくなかった。
でも、先延ばしにしたらもっと辛くなる。
すべてを終わらせるために心を殺して取り掛かった。
秘密基地から運んできた物の中にはマイティ・ジャンプを思い出させるものばかりだ。
スーツなど先代の持ち物だった物は置いてきたが、全ての身の回りの物に思い出があり、そして秘密基地で過ごした思い出はマイティ・ジャンプにつながっている。
その中に小さい巻物のようなアクセサリーが紛れ込んでいた。
大きさは5cmほどで『秘伝の書』と楷書で書かれている。
よくみると上部がはずれてUSBメモリになっていた。
見覚えのないものだ。
少なくとも、ボクの趣味では絶対に買わないだろう。
ミシェルなら喜びそうだ、そして忍者のファンである理蘭も。
恐らく理蘭のものだろうが、念の為にパソコンに差し込んでみた。
恐ろしいハッキングツールなどではなく、モニタには接続されたフォルダが展開し、その中には何本もの動画ファイルが並んでいた。
ファイル名は日付だけしかない。
動画を再生する。
ひょっとしてエロ関係のものだったらどうしようと、焦りと興奮が身体を駆け巡ったが、その期待は残念ながら的外れだった。
カメラに話しかける中年の男性。
初代マイティ・ジャンプだった。
ボクの知っている初代よりも少し若い。
マイティ・ジャンプスーツも、デザインは似てるが、ただのコスプレっぽい普通の服だ。
「いいか、理蘭。パパは今日からヒーローになる。その名もマイティ・ジャンプ!」
マイティ・ジャンプスーツを着た初代がポーズを決めるとビリっという音が響き、スーツの脇の部分がおもいっきり破れてカメラが止まった。
次の動画を再生する。
「ここから速乾性の接着剤が噴射する。暴れる相手もこれで身動きが取れなくなるって寸法だ。いいか? ちゃんと撮っててくれよ。そら! ……あれ? おかしいな。本来ならここからプシュッと……ブワッ! 出! アブッ! 止めて!」
接着剤まみれになった初代が身動きが取れなくなり床に転がるところでカメラが止まった。
次に動画を見る。
「理蘭、これ大家さんには内緒だからな」
そう言いながら壁に空いた大きな穴をポスターで隠す初代マイティ・ジャンプ。
「あれ? なんかキツ……。き、鍛えすぎたのかな」
お腹が出てきたためマイティ・ジャンプスーツのウエストの部分が締まらず困る初代。
「パパの若い頃はブレードじゃなくてスケートだったんだ。結構上手かったんだぞ」
そう言いながらブーツの底に着脱式のローラーを装着する初代。
カメラが変わると、顔を氷で冷やしながら痛々しい表情の初代が映る。
「理蘭は危ないからローラースケートなんてやっちゃダメだぞ」
次の動画では唐辛子スプレーを詰め替える最中に誤って噴射し、むせて転がる初代がいた。
ボクの知っている初代は、力強く、責任感を持ち、頼りになる大人のヒーローだった。
それだけにこの動画は衝撃的だ。
わざとドジを踏んだところを集めたとしか思えないその映像に不覚にも爆笑してしまった。
次の動画は玄関から松葉杖をついた初代が入ってくるところだった。
しかしカメラはすぐに初代からパンアウトし揺れながら壁を写していた。
「心配かけたな、理蘭。でも大丈夫。こんなの単なるうっかりミスだ」
初代の声がして、それに覆いかぶさるように少女の鼻をすする声が入っていた。
次の動画。
マイティ・ジャンプのスーツはかなり現行のタイプに近づいていた。
「どうして行くのかって言われてもなぁ。正義とか悪とかじゃないんだよ。パパはヒーローに憧れてきたからな。そのおかげで今のパパになれた。今の子供はさ、みんな賢くなってヒーローになんか憧れなくなっただろ。でも、そんなの寂しいと思うんだよ。パパがヒーローに憧れたように、誰かがパパに憧れるかもしれない。そのせいで夢を持てるかもしれない。勇気が湧いてくるかもしれない。そうなったら素敵だろ?」
次の動画。
テーブルに座った初代が、難しそうな顔をして切り出した。
「理蘭、前に話した坊主のことだけどな。今度ここに連れて来ていいか? 歳は同じくらいだし、なかなか面白いやつなんだ」
カメラはそこで首をふるようにそっぽを向いて映像が途絶えた。
画面がぼやけた。
いや、画面だけではない。
すべての視界がぼやけていた。
ボクは涙が溢れ、鼻水も溢れでて、抑えられずに声も漏れた。
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