第28話

 秘密基地でボクはマイティ・ジャンプのスーツを握りしめていた。


「こんな時間に電気をつけないなんて何を企んでいるのかしら」


 いつの間にか帰ってきていた理蘭りらんがそう声をかけて電気をつけた。

 その人工的な明るさに、すでに日が落ちていたことを気付かされる。

 なにもせずに、ただ考えていただけでそれだけの時間が経っていたのだ。


「ごめん」

「謝罪が聞きたいわけじゃないわ。理由を聞きたいの」

「せっかく理蘭が止めてくれたのにな。ボクは失敗した。ヒーローになんかなれなかった」

「それは電気をつけない理由ではないわね。挫折を味わって、可哀想な自分に酔っていたのかしら」

「無関係なのに首を突っ込み、かき回して人を傷つけた。取り返しの付かないことをした」

「その言い方も感傷的ね。坊やのしたことなんて単なるうっかりミスよ」

「うっかりミスって。そんなカジュアルに言い換えてくれるな」

「失敗しないことがヒーローの条件ではないわよ。古今の神話、英雄譚、ヒーロー漫画、映画を見ても、敗北しなかったヒーローを見つけるほうが難しいわ」

「でもボクは、自分がヒーローになるために人を貶めたんだ。ヒーローは誰かのためにヒーローでなければならない。自分のためにヒーローであろうとするなんてそもそも間違っていたんだ」

「それでどうするつもりなの? カラオケでバラードを歌って自分と重ね合わせる気かしら?」

「もうやめるよ」

「……そう」

「ボクが二代目マイティ・ジャンプなんてそもそも間違っていたんだ。マイティ・ジャンプは初代だけだ。もうここにも来ない」


 残った荷物を片付けてダンボールにしまい込む。

 理蘭は何も言わず、ボクが作業するのを見ていた。

 思ったよりも荷物が多くて、底のたわんだダンボールを持ち上げて出ていこうとすると、理蘭が口を開いた。


「私は環境に適応するためのコストを費やすのが嫌いなの」

「知ってる。もう勝手に物の位置を移動したりすることはないよ。今まで無理を言って悪かった」


 そう言って俯いた瞬間、ダンボールの底が抜けて中に入っていたものが盛大に床に散らばった。

 ボクは情けなさの中でそれを急いで拾い、理蘭も拾うのを手伝った。


「人間は共同幻想を必要とするものなのね、宗教に限らず。部活で同じ成功に向かって進むなんて言うのもそういうものなのでしょう――」


 理蘭が独り言のようにそう呟いた。


 ボクは相槌も打たずに黙って聞いていた。


「――成功と言われる結果に至ろうとも、人それぞれそこから得るものは違う。でもそれを一緒のものだと抽象化することにより、同じ目標を目指す仲間だと結束を固める理由付けにするのね。そして人の弱さは共同幻想に縋ることで補完される。よくできたものだわ」


 その冷たい言葉に、ボクはなにも反論できなかった。

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