第27話

 静かなものだった。

 学校生活は特に変わらず。

 不自然なほど何も言わない舞座まいざが気になった。


「舞座。あの、大丈夫か?」

「はい。大丈夫ですよ。どうしたんですか?」

「その、演劇部は?」


 舞座は少しだけうつむく。

 あれ以来、贔利びいり先生が学校を休んでいるということはボクも知っていた。

 しかし、すぐに顔を上げ、こっちの目をじっと見つめて首を傾げた。


「ごめんなさい。比糸びいとさんには色々親切にしてもらったのに。ゴタゴタしてまして」

「そうなんだ。あのさ……」

「でも、きっと大丈夫です。大丈夫なんです。だって、みんな頑張ってますから」


 マイティ・ジャンプの正体がボクだということはミッシェルしか知らない。

 ボクはあの贔利先生の件には関わっていないことになっていた。

 しかし白を切るのも気が引ける。

 マイティ・ジャンプの正体が自分であると告白したくなる。

 いっそのこと責めてくれたほうが楽だから。


 きっと舞座は人のことを責めたりしないという生き方を選んでいるのだろう。

 そしてその分、辛い思いは自分自身で抱えてしまうのだろう。

 どんなことがあっても前向きになる。

 そんなことを続けてたら、いずれ心が破綻してしまうんじゃないだろうか。


「ボクに何かできることはないかな」

「大丈夫です。きっと、きっと。私は信じてますから。この思いは私たちの栄養になります。大きく羽ばたくためには思いっきり屈まなくちゃいけないんですから」


 舞座は屈託のない笑顔でそう答えた。

 どんな強い思いがあれば、そんなに笑えるのだろうか。

 少なくとも、ボクは笑って前向きになるには時間が必要だ。

 一人になり、そんなことを考えていると、ほのかに甘い匂いがして、横にミッシェルがいた。


「ミッシェル、いつの間に」

「忍者だから」

「そうか。ごめんな。ボクのせいで」


 ミッシェルは黙ってバナナを手渡してきた。


「なんでバナナなんだ?」

「ゴリラ」

「どういうこと? この状況とゴリラに何の関係が?」

「辛い時にはバナナ食べる」

「ゴリラは別に辛くなくてもバナナ食べてるだろ」

「元気が出る」


 なんでゴリラ界の慣例を推奨するのかはわからなかったけど、ミッシェルなりの気の使い方なのだろう。


 演劇部に揉め事を起こされて、ミッシェルも辛いはずなのに。

 そう思ったら、なんだか鼻の奥がツーンとしてきた。

 ずっと我慢をしてきた。

 だからミッシェルのちょっと外した優しさに我慢が緩んでしまったのだろう。

 鼻をすすってボクは言った。


「なんか急に、変だな。ボクは……ボクは……」


 ミッシェルはボクを見て軽く頷くと懐に手を入れる。


「これのせいかもだ」


 そして胸元から出したのは、苦無の刺さった玉ねぎだった。


「なんで玉ねぎ持ち歩いてるんだ」

「忍者だから」

「全然理由になってないだろ。たとえ忍者でも玉ねぎなんか携帯しない。っておい、刻むな。目が。目がしみるから!」


 ボクの頬を涙が伝った。

 しかたがない。

 玉ねぎを横で刻まれたんじゃ、しかたがないよな。

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