第26話
ボクは視聴覚室の鉄のドアを開いた。
そこではちょうど
ボクは歩み寄りその腕をグッと掴む。
「いい加減にしませんか。彼女たちはあなたの奴隷じゃない」
贔利先生はボクを見て目を見開くと、怒りの矛先を変えるように腕を振り払った。
「邪魔をするな。誰だお前は?」
「マイティ・ジャンプ。非道な悪事を許せない男だ」
マイティ・ジャンプの姿になったボクにすべての視線が集中する。
演劇部の稽古、そのある種大袈裟な表現がまかり通る空間の中だからか、ボク自身に不思議と違和感なく言えた。
贔利先生は突然現れた自分の権力の及ばない存在に丸裸にされたように、怯えた表情でボクを見る。
中年の痩せた男だ。
高校生と言っても日々鍛錬をしているボクなら力だって負けはしない。
「あの、やめて下さい。邪魔するなら出て行ってください。今、稽古中なんです」
きっとそう言わざるをえないのだろう。
贔利先生の支配する空間の中に落とし込まれて自分の気持ちもわからなくなっている。
誰もが自由になれない空間。
何かに拘束され、操られるようにしか振る舞えない。
それはまるで、足元に広がる蜘蛛の巣の上で足掻いているようだ。
初めは抵抗していたものの、それも無駄だと知り、やがてはおとなしく従うしかない。
残された体力を消耗しないように従順に振る舞い、そして蜘蛛の餌として奪われていくのだ。
その蜘蛛の巣の上で、自分に危害が及ばないことに胡座をかいて支配し続けてきた蜘蛛男。
それはこの下卑た表情で、人を打ちのめす顧問の贔利
「こんなのが稽古かよ。人の尊厳を踏みにじって」
「そういうものなの。演出なんだから!」
怯えていたはずの和門は、ボクに反発するように感情を燃やし始めた。
完全に洗脳されている。
そんな彼女を救えるのはもうボクしかいないのだ。
「こういうものだからいい? そんなの思考停止だろ。キミたちはこの環境に押し込まれて、抵抗する力をなくしただけだ。でも、本心はどうなんだ。心の底ではおかしいと思って救いを求めてたんじゃないのか」
「いい芝居のためだから。何かを創りだすっていうのは死に物狂いじゃないとダメなの。自分を追い込んで、やっと辿り着く場所があるの。はっきり言うわ。最高の舞台というもののためなら過程なんてなんだっていい。人を殺したっていいくらいよ」
「間違ってる。それは間違ってるよ」
「間違ってるよ。そんなことは知ってる。だからなに? それでも結果を出したいの!」
「狂ってる」
「狂わずに気楽に作ったものが人の胸を打って?」
和門はまるで演技をするように大きな身振りでそう訴えかける。
ボクはそんな彼女を解き放たなければいけない。
それが怪人蜘蛛男を倒すということだ。
これはヒーローとして生きる覚悟をしたボクの戦いだからだ。
「でも、ここは学校だろ。部活だろ。教育の場だろ。そこで言うべき主張じゃない。指導するにしても他に方法があるはずだ。そんな暴力的にならなければできないことなのか? 絶対にそれじゃなきゃダメなのか」
「部外者は出て行きなさい」
図星を突かれたのが気に触ったのか、贔利先生は恫喝するようにそう言った。
「出て行かない。こんな悪事を見逃してなるか。みんなそういう意見なのか? おかしいと思う人はいなかったのか?」
ボクは
舞座は眉を下げ、それでも薄い笑みを浮かべて困惑したように答える。
「私はわかりません」
「いたはずだ。だからだ。だから、あんな事件が起こったんだ。ああいう形でしかできない告発だったんじゃないか。そうだろ?」
ボクの言葉に、
「そう、かも知れないですわ」
「やっぱり!」
「
舞座が悲鳴のように声を上げる。
儀武院は首を振り、頭を両手で抱えてしゃがみこむ。
何かを恐れるようにそのまま震えて言った。
「わからないですわ。でも、この道の先は破滅しかありませんわ」
「自分でもわかってなくても、心の中では違うと訴えていたんだ。だからああいう行動に出た。そうして耳目を集めることで、この出鱈目な出来ことを白日の下に晒すことを祈ってたんだ」
「いいかげんにしろ。稽古の邪魔だ」
ついに限界に達したのか、贔利先生はボクの肩をつきとばすように押しのけた。
そのくらいの妨害は想定済みなので、ボクはその力を受け流すように身体をひねる。
贔利先生はバランスを崩し、思うようにいかなかった不満からか、ボクを睨みつける。
「あなたは、このやり方をすべての人の前に出せるのですか? 胸を張って自分が正しい指導をしていると言えるんですか? 教師として、大人として、恥ずかしくないことをしていると言えるんですか!」
「芝居っていうのは、理屈じゃないんだ」
「言えないんでしょ。だからそうやって恫喝する。教師という立場を利用して圧力をかける。あなたの言葉に傷ついている人たちのことを考えたことがあるのか」
贔利先生は顔を赤くしてプルプルと震えて叫んだ。
「舞座!」
「はい、すみません」
贔利先生に名前を呼ばれ、舞座は条件反射で頭を下げる。
そして贔利先生はそのまま視聴覚室を出て行った。
心臓が早鐘を打つのを感じる。
倒せたのか、蜘蛛男を。
蜘蛛の巣に捉えられた者たちを解き放つことは出来たのか。
ボクは戦った。
出来る限りの戦いをした。
きっと何かが変わるはずだ。
マンガやアニメのようなわかりやすいヒーローの勝利ではないけれども、それでもボクは戦い、そして何かを変えた。
視聴覚室内は放心したような空虚な雰囲気だけが残った。
どこかで期待していたボクに対する賞賛の声は沸かなかった。
和門がボクに近づく。
そして、ボクの頬を力いっぱい殴りつけた。
「出て行って!」
「え……」
ボクが勇気を振り絞り助けだしたはずの和門は、肩を震わせ涙を流していた。
舞座は力のない曖昧な笑みを浮かべている。
儀武院は屈みこんだまま顔をあげない。
ミッシェルは下唇を突き出し難しそうな顔をしていた。
その横で
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