第2話
ボクの通う
全校生徒の数は2000人を超え、少子化の現代においては驚異的な人数となっている。
それほどのマンモス校である理由はシンプルで、五つの経営が悪化した私立高校が合併したからだ。
まとめて合併したわけではなく、ラスボスが相手を吸収するように徐々に増えていったので、元からあったそれぞれの学校特有の文化が混ざり合い一風変わった秩序を創り出している。
進学校としてそこそこの学力を誇り、どちらかと言えば運動部よりも文化部の活躍がめざましい。
生徒が多い上、背景も複雑なため、教師は管理するよりも生徒の自主性に任せる校風となり、一部では強固なヒエラルキーも存在するけど、結果的には荒れ果てることもなく、適度に緊張感を保った校風だと言われている。
私立で授業料も安くなく、一定以上の学力がなければ入学できないという部分も一因だろう。
ボク、
ヒーローとしての活動を考えると、その妨げになるようなことは極力避けなければならない。
マイティ・ジャンプの正体がボクであることが明らかになれば大変な混乱が起きる。
ネットでは炎上、普段の生活すら脅かされ、周囲の人々にまで迷惑をかける可能性がある。
別に悪いことをしているわけではなくても、現代は人と違った理念を持って生きるのが難しい時代なのだ。
一日の授業が終わり、帰り支度をしていると、昼沢の一際甲高く大きな声が耳に入る。
「おい
「そうなんです。見てくれてたんですね?」
「いんや? 俺は見てねーけど」
「そうですか……。もし暇だったら見てください。みんな頑張ってるので、見てくれればきっと気持ちが伝わると思います」
「暇じゃねぇんだよなー。そうだ、比糸!」
ボクは突然名前を呼ばれて驚いて振り向いた。
驚いたのはボクだけではなかったようだ。
クラスの中でも、好き嫌いはともかくとしてそのキャラクターを認知されている昼沢に比べて、ボクはあんまり積極的に会話に加わるタイプではない。
声の大きい昼沢は常にクラスの一番大きな輪の中にいる。
その中に普段なら入るはずもないボクの存在は違和感しかなかっただろう。
「お前、暇だろ? 手伝ってやりゃいいじゃん」
「ちょっと待って。暇って決定してるのはなんなの?」
不躾な発言に反論しようとすると、昼沢はそのままボクの肩に腕を回した。
「いいからいいから。こういうところから交流はじめりゃいいんだよ」
「別にそういうのを頼んでないけど」
そう言いかけたところで、舞座がボクの方に向かってきた。
「手伝ってくれなくても、見てくれるだけでもいいんです。もしよかったらですけど」
明るく、素直そうな女子生徒で、同じクラスではあっても特に接点はなかった。
セミロングの髪を真ん中で分け、外側にはねさせてるせいか、動くたびにその髪がリズミカルに弾む。
相手の目から視線を全く逸らさず、たまに小首をかしげたりする辺りに、育ちの良さを感じる。
かと言って、ルックスや自分の女性的な価値に自信を持って振る舞う、同世代の女子のような圧倒してくる感じはない。
昼沢は肩に回した腕を締め付けながら言う。
「ほら、比糸アレじゃん。アニメとかカメラとか得意そうな顔してるもんな」
「アニメとカメラって字面だけじゃないか。まぁ、今日は無理だけど、人手が必要なら」
「ありがとうございます」
実際予定があるわけじゃなかったけど、あまり安請け合いするのも低く見られるような気がしてしぶしぶという態度になってしまった。
それでも舞座は真っ直ぐなお礼で頭を下げ、なんだか清々しさすら感じた。
「あっ・とっ・はっ……そうだな!
昼沢の呼びかけに、明らかに緊張感のある空気がクラス中に張り詰める。
「暇ならお前もどうだ?」
理蘭は席から立つと、昼沢の言葉が聞こえないかのように黙って歩き出した。
無視されたのか、と思ったところで。
雛羽はドアの前で立ち止まり、身体を少しだけひねって言う。
「どうして?」
「どうしてって……いいじゃん。せっかく同じクラスなんだし。仲良く行こうぜ」
昼沢がそう言うと、理蘭は上半分が欠けた半月形の目でクルンと教室内を見回して言った。
「私は変化が嫌いなの。このままの関係を維持する方がいいわ」
「でもほら、みんな雛羽のことよく知らないんだぜ」
「そうね、それでとても安定しているわ。これ以上は望めないくらいにね」
理蘭は嫌なものを見るように目を細めると、後ろでまとめた長い髪を揺らして振り返りもせず教室を出て行った。
教室内になんとも言えない重い空気が沈殿する。
一人だけ重い空気を感知できない昼沢が甲高い声を出す。
「こっわぁ~。なんか怒ってた? 呪的な闇の波動を感じたもん。やばいわ、寿命が40分位縮まった。おい、舞座。気にすんなよぉ」
「はい。私は大丈夫です」
理蘭がわずかなカロリーで発した言葉は、教室内の圧倒的な熱量を奪っていった。
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