ずっこけ二代目ヒーローのハチャメチャ事件簿

亞泉真泉(あいすみません)

第1話

 その瞬間まで、そこに広がる光景は、絶望という形容のために作られた舞台のようだった。


 迫り来る大木、逃げ惑う者達。


 彼らの何十倍にもなるその巨大な質量に押しつぶされたら、儚い命など簡単に消し飛んでしまう。


 しかし、彼らは目撃するだろう。

 脅威という概念を具現化した大木を軽々と支え、颯爽と表れた影を。


 マイティ・ジャンプ。

 そう呼ばれるヒーロー。


 このボク、比糸 びいと愛生いとおの勇姿を。


「ボクが来たからにはもう大丈夫だ。さ、抑えている間に早く通り抜けるんだ」


 大木は重力にその身を委ね、彼らの頭上に死神の影を落としている。

 その大木を片手でゆっくりと押し戻す。


「よぉ~し、いい子だ。そのまま、そのまま。今度生まれ変わったら割り箸にでもなって人の役に立つといいな」


「何してんだ? 比糸」


 耳元に急に声をかけられて、思わず木片を放り投げた。


 振り向くとそこにいたのは昼沢ひるざわ歩人あると、ボクが一般人として生活をしている時のクラスメイトだ。


 死神が負ぶさったかのように背筋が凍る。

 鼓動が一気に高まり、身体中から汗が吹き出て、喉の奥が干上がる。


 休み時間、校庭の端の植え込み。

 生徒たちの声が空に消えていく。


 人気のない所を選んだはずなのに。

 まさかクラスメイトがこんなところをウロウロしているとは。

 高校生にもなってヒーローごっこをしているところを見られてしまった。


「アリの観察?」

「まさか、高校生にもなって。観察じゃない、助けてたんだ。木に押しつぶされそうになってたからな」

「アリを?」


 昼沢は、命を救われたアリとボクの顔を覇気のない目で交互に見つめる。


 ボクはこの手の遠慮のなさがものすごく苦手だ。

 そんなに親しいわけでもないのに、なんの躊躇もなく話しかけてくる神経。

 距離感がものすごく近いく、声も大きい。


 昼沢のツンツンと固めたジェットモヒカンが顔に刺さりそうになる。

 緊張感の欠落した顔でパーソナルスペースにグイグイ侵食してくる性質は、違う次元で生きてる生物ようにすら思える。


「そうだけど? アリを助けてるのが悪い? ボクがなんとかしないと死にそうだったし。あのね、別におかしいことじゃないと思うよ。考えてもみてよ、車に轢かれそうになった猫や川に流されてる犬なんかを助ける美談はヒーローにつきものだろ。人間相手じゃなくても、ヒーローは目の前の命を救うものだよ」


 言い訳をするつもりはなかったが、昼沢に雑に侵食されたボクの世界を取り戻すため、思わず強い口調でまくしたててしまう。


「でも、虫なんてバカだから助けられた自覚も、感謝もないっしょ」

「見返りが欲しくて助けてるわけじゃない。弱き者を見捨てては置けない、そういう高潔さこそ……」

「うわっ、なんだ蜘蛛が笑ってる。キモッ」


 ボクの主張をまったく聞かず、昼沢は大きく仰け反って声を上げた。


 話しかけておいて、こちらの話は聞かないという傍若無人さ。


 一番見られたくないところを見られたというショックで冷静さを欠いてしまったが、このまま感情的にぶつかるのはよくない。

 窮地に追い込まれた時こそ、落ち着いて冷静な判断をしなければならない。

 それがヒーローの心得だ。

 乱れた呼吸を意識して落ち着かせる。


 ゆっくりと低い声で昼沢に話しかける。


「なに? クモ? どこにいるの?」

「虫好きなの? 昆虫博士じゃ~ん。ま、凡人には虫くらいしか救えないよな。だから警察とかいるんだ。犯罪が起こっても一介の高校生が大活躍なんて夢幻ゆめまぼろしよ」

「そんなことないよ。ヒーローにだって色々いるんだ。スーパー能力を持たないヒーローも多い。一番有名なのはバットマンだよ。彼は特殊な能力を持たない普通の人間だ。ものすごくお金持ちでものすごく運動神経が良くてものすごく頭がいいだけのただの人間」

「それを普通って言い張る比糸が逆にスゲェと思うが」

「映画でもいっぱいあるよ。キック・アス、ディフェンドー、スーパー! なんかはおすすめだからぜひ見ておいて欲しい。他にもね……」

「やー、だから映画やマンガっしょ? 実際犯罪なんかやべぇっしょ」

「その言葉を待っていた! 実は現実でもそういう活動をしている人たちはいるんだ。自警団ヴィジランテって言われるんだけど、実際に手作りのコスチュームでヒーロー活動をしている人は海外には結構いる。特にアメリカなんかは、町のヒーローとして市民に親しまれている人も多い」

「アメリカってやっぱ無茶苦茶だな」

「日本では……まぁ、ご当地ヒーローという、ローカルヒーローはいるんだけど、これは広報的な存在でゆるキャラとかに近い。日本はそういう人がいると街の奇人変人発見みたいにマスコミに面白おかしく取り上げられる部分があるから。そういう点では本当にヒーロー後進国なん……どうした?」


 昼沢はボクの顔を下から覗き込むように見つめて首を傾げる。


「おっ前、意外としゃべるんだな。なんでクラスでは大人しいんだ?」

「そん……な……ことないけど?」

「じゃ、チャットグループ招待してやんよ。クラスのやつほとんど入ってんから。スマホあんだろ」


 昼沢はスマホをこっちに向けて差し出してきた。


 思わぬ展開に戸惑いながらも、心の奥からちょっとした期待感が湧き上がってしまう。


「みんな、こういう話、興味あるかな?」

「いや、無いっしょ。オタ臭いもん。高校生にもなってヒーローとかありえんし」


 昼沢は悪びれず大口を開けて笑い言い捨てた。


 その言葉がどれほど人の心をえぐるかなど、想像したこともないのだろう。


「これだけ言っておきたいんだけど、ヒーローは決して子供だけのものじゃないよ。この世の中だってマイティ・ジャンプっていう究極のヒーローがいるから平和が保たれてるんだ」

「あー、マイティ・ジャンプ。いたなぁ、そんなの。あの頭のおかしいおっさんだろ? 最近聞かなくなったけどまだいたんだ?」

「いるよ! 彼は再びみんなの前に姿を現す。あと、頭おかしくないから。頭おかしいとか言うヤツの方こそ頭おかしいから!」

「え? なに? 怒ってんの? イージーに行こうぜ。そういう怒りは悪の組織にぶつければいいじゃ~ん」


 昼沢はボクの肩に腕を回して笑った。

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