125節から130節

125 逸れ、簑毛圭人

 僕と箱卸さんは、小さな菓子パンを半分こにしていた。いかに自分が小さい方のパンを取るか、つまり、いかにしてもう一人の方に多くの量を食べさせるかというせめぎあいがまたも行われ、結局再び僕が勝利して無事ひもじい食事にありついている。やはり、僕の男としてのメンツがどうしても甘えることを許さないのだ。男女平等など、知ったことだろうか。少なくとも体力面では男の方が女よりも強い、だから僕はより頑張りつつ、箱卸さんのことを慮る。当然のことだろう。

 彼女は口を開けて包装袋を呷り、その底に溜まった、最早パン粉のようにしか見えない屑までもさらさらと胃袋に納めた。今の僕達に、行儀の為に無駄にしていい熱量は1 kcalたりともない。何せ、このパンの購入でポイントが尽きたのだ。

 箱卸さんは、その、骨の髄までしゃぶり尽くされた包装袋をくしゃくしゃに丸め、上着のポケットに捻じ込んで――ポイ捨ては無駄に居場所を知らせることに繋がるので賢くない――から、ぽつりと言った。

「これで最後の食事、なのかな?」

「どういう意味?」

「こっちから誰かを仕留めにいくべきか、という話だよ。このままじっと空腹を我慢するのと、どっちが生き残りやすいのだろう。」

「それは、どこの誰がどんな状態で生き残っているかによるよね。訊いて見ようか?」

「佐藤に? でも、渡すべきポイントがないよ。」

「ポイントを寄越さなくても、案外教えてくれるかもしれないよ。」

「何でさ、あの、ミスターけちんぼが、ただでそんなことを、」

「でも、さっきの佐藤はちょっとしたことを勝手に教えてくれたよね。」

「私と圭人君を殺し合わせる為にね。」

「ということは、佐藤も、状況によっては無償で情報を寄越してくれるということだよ。だから『誰かを今から殺しにいくから、生き残っている奴の情報を教えろ。』とでも言えば、きっと何でも教えてくれるのではないかな。彼も、あと一人だか二人だかが死に逝くのを、首を長くして待っている筈だからね。」

「そう上手くいくかな。」

「いくと思うよ。僕と君は一枚岩だ。多分、こんな存在はもう貴重だろう、残りが九人か八人しか居ないのだから。なら、佐藤は僕達の戦闘能力に対して最も期待してくれるかもしれない。そして、必ずしもその期待に応える筋合いもないんだ。」

 箱卸さんはちょっと考えてから、

「ああ、成る程。誰かを殺してやるから情報を寄越せ、と佐藤には言っておいて、情報から知れた状況しだいでは誰も襲いに行かない、と。圭人君、君も非道いね。」

「非道いのは向こうも同じさ。向こうが先に、僕と君とを仲違いさせようとしたのだから。まあ、概ねでは許してやろう、無意味な試みだったのだからね。しかし、完全には許さないでおこう、今からその報いを与えてやるんだ。」

 箱卸さんが軽い手振りだけで肯って見せたので、僕は早速佐藤への通信を繋ぎ、問い質したのであった。

 彼曰く、

『まあ、そういうことでしたらお教えしましょう。僕も、助かりますからね。ええっと、メモの御用意は宜しいですか?』

「今丁度黒板の前に立っているのでね。」

『それは素晴らしい、ですが、そこを離れる前には消して下さいね。僕の為にもあなた達の為にも。

 では、参ります。まず僕とあなたと箱卸さんで三人、そして周組の霊場さん、井戸本組の綾戸さん、葦原組の躑躅森さん、』

「げ。」と箱卸さん。

『どうかしましたか?』

「ああ、いや、続けてくれ。」

『では続きを。と言っても、後一組だけですがね。彼方組の鉄穴さんに鏑木さんです。』

 僕は、この間に箱卸さんが黒板に刻んでいた名前を眺め始めたが、しかし、

「ちょっと待ってよ。」

『どうしましたか、箱卸さん。』

「よく見なくても八人しか居ないのだけれども。」

『ああ、そうなのですよ。先程、井戸本組の絵幡さんが居なくなりましてね。最早、現在八人しか残っていません。』

 僕が素直に有り難がる。

「それはいいね。後、誰か一人が消えればそれで終わりなのか。」

『はい。』

「誰がお勧めだろうかな。つまり、君の思う、最弱の学生は誰だろう?」

『個人的に戦闘能力が低いのはダントツで鉄穴さんでしょうが、しかし、鏑木さんが近くに居るでしょうからね。』

「ええっと、その、ツミキというのは、」

『スナイパーライフル系統のエアガン使いです。』

「おっと。そうか、彼方組だったか。命が幾つあっても足りなさそうだ。」

『そうでしょう。まあ僕としてはそれでも構わない、と言うのが正直なところですが、あなた達にとっては堪りませんよね、殺されるというのは。』

「勿論。で、カンナの次に弱そうなのは誰かな?」

『僕でしょう。しかし、御勘弁願いたいものです。』

「たまたまばったり行きあったら覚悟しておくれよ。何せ、最早君を可愛がる理由は誰にもないからね。」

『だからこそあなた達に協力しているのではないですか。早く、誰かを仕留めて、この戦いを終わりにして欲しいものです。』

「で、君の次にか弱いのは誰だろうか。」

『難しいですね。一番手強いのは鏑木さんで、次に恐ろしいのは霊場さんでしょうが、』

「そのタマバってのは何者かな。」

『周組の生き残りで、やはり傘を聖具としているようです。戦いっぷりを見たことまではないですが、恐らく、剣のように使うのでしょう。とにもかくにも武勇で名高い周組ですから、その腕が立つことは想像に難くありません。

 で、つまり、残る三人はとんとんだと思うのですよ。あなた、箱卸さん、そして躑躅森さんの三人は。勿論これは個々の能力の話で、躑躅森さんが一人きりで生き延びているのであれば、二人がかりで挑めるあなた方に有利となるでしょうが。』

「成る程。で、その、ツツジモリの聖具って何か知っているかい?」

『恐らく、靴ですね。』

「「靴!?」」

 僕と箱卸さんのユニゾンに、一瞬佐藤がたじろいだらしかった。

『ええ、靴ですよ。何かを蹴飛ばしたらさぞ強力でしょうね。お気をつけ下さい。』

「ああ、そうするよ。もしもまた奴に出会うならね。」

『おや? 旧知でしたか? まあ、それはともかく、結局どうなさるので?』

「今決めろって? 無茶言うない。じっくり考えてから行動に移るよ。」

『それもそうでしょうね。しかし、残念ながら今の僕には各員の位置情報はあまりありません。もしもあなた達が目標を定めても、出会すことは困難かも知れませんね。』

 佐藤との通信を終えて、すぐに箱卸さんが言う。

「そうか、ツツジモリの奴、手ぶらで飛び出てきて何考えているのかと思ったら、寧ろ聖具をきちんと履いて、こちらに向けていたんだね。ああ、何て奴。」

「賢明ということなのだろうけれどもね。」

「で、圭人君、どうするの? 誰かを探しに行く?」

 僕は、脂っぽい髪をごりごり搔いてから、

「ツミキとタマバという存在が生き残っているのがいやな感じだね。特に、ツミキ。タマバの方は、もしかしたら周に気に入られていただけで何となく生き残ったという可能性もあるだろうけれども、しかし、ツミキの方は間違いなく強敵だ。出逢った時点でゲームオーヴァーだろう。となると、出歩くのは賢明でないかも知れない。」

「成る程。仕方がない、ツツジモリあたりが先に餓え死んでくれることを願って、じっと待とうか。」

「それがいいと思う。そもそも、……ああ、」

 僕の呻きを聞き留めた箱卸さんが首を傾げた。

「なんじゃらほい?」

 突然の妙な文句に僕は笑ってしまい、白状する気になって、

「正直さ、僕達のいずれかが餓え死ぬにしても、残るもう一人は生き残れる訳だよね。だって、それで丁度七人になるのだから。これは、まあ、勿論酷い話だけれども、しかし、最悪とまではいかないんじゃないだろうか。少なくとも、ツミキに二人纏めて射殺されるよりは、ずっとさ。」

「それは随分な敗北主義だね。まあ、でも、確かに一理あるかも。」

 彼女はそう言いながら、何となしに黒板を眺め始めて、そして眉根を寄せた。

「どうしたの?」

 彼女の指が躍り、誰かの名前を指し示す。

「ねえ、これ、誰?」

 僕がそこを見た。あまり女の子らしくない角張った文字で「アヤド」と書かれている。

「誰だろう。佐藤が説明をし損ねたのかな。」

「ちょっと訊いて見ようよ。どうせアイツも暇でしょ?」


『いやはや、これは失礼。井戸本組の綾戸さんのことですよね。』

「どんな奴だい?」

『僕も登録した時の一回会ったのみで、それ以上のことは良く知らないのですよ。なにせ、井戸本組は人数が多過ぎましたのでね。』

「言い訳はいいから、さっさとアヤドのことを教えてよ。」

『手厳しいですね、箱卸さん。まあ、勿論何でもお教えしますよ、とはいっても、本当に情報がないので限られますが。僕が直接対面した感じでは、何といいますか、こう、……白痴といいますか、』

「ちょっとちょっと。私よりも、アンタのほうがよっぽど厳しい――というか非道い――こと言っているけれども。」

『はい、少々口が過ぎました。しかし、まあ、正直当を得ていると思いますよ。とにかくぼんやりとした方で、実際、何故今日まで生き延びているのか――しかも他の仲間をさしおいてです――不可解この上ないですね。良く考えれば、きっと僕なんかよりもよっぽど狙い目ですよ。個人の戦闘力は鉄穴さんとどっこいどっこい、すなわち皆無、でしょうか。』

「成る程。で、その、アヤドの聖具は分かるのかな。」と僕。

『ちらりと見ましたよ。楽器の、……ええっと、ああ、そうそう、トライアングルですねあれは。』

「トライアングルって、叩くとチーンと鳴る、あれかい?」

『はい、それです。』

 

 再び佐藤との通信を終えると、ふと、箱卸さんが、

「ねえ、楽器の聖具と聞いて思い出したのだけれども、」

「うん?」

「前に私が井戸本組の三人組にノックアウトされた時ってさ、あの大きな音、言われてみるとトライアングルっぽくなかった?」

 僕はさっと渋い顔を作った。そのまましばらくじっと、間抜けに黙りこくってから、

「よし、箱卸さん。出歩くのは絶対にやめよう。今度あんな奴に出会したら、」

まずいね。うん、やめよう。」


126 欠番


127 欠番


128 欠番


129 欠番


130 葦原組、躑躅森馨之助

 腹減ったなぁ。畜生め、しかし、……ああ、畜生。

 俺は無理矢理眠りにつこうとして悪戦苦闘していた。胃が引き絞られるような不快感。畜生、収まりやがれ。

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