64節から65節
64 那賀島組、迚野良人
今僕達三人は、二人の高校生と対峙している。部屋の中の五名は、全員、臨戦態勢で各の聖具を構えていた。
こちらのほうが多勢ではあるのだが、正直、ヤバい。何がヤバいって、相手の聖具がヤバいのだ。
向こうのうちの一人は、細い腕の先に電動鋸のような聖具を構えており、その聖具はチェーンソーのごとき唸り声をあげている。その迫力は――よりきちんと説明すれば、その尋常でない勢いでの回転速度が――僕に、持ち主からその聖具への只ならぬ愛情を、すなわち、その聖具の只ならぬ威力を想像させた。果たして聖具同士で打ちあっても、こちらが勝れるのか、甚だ怪しい。破れれば、その瞬間に僕の身は真っ二つになるだろう。
もう一人の方は、こちらは女性だが、奇妙な形状の半田鏝を構えていた。明らかに電源が繋がっていないのにも
そんなわけで僕達は、向こうの聖具に戦いたが故に踏ん切りがつかず、ただ武器を構えて立ち竦んでいた。向こうの男女の方も、こちらが三名であることを鑑みてか、なかなか仕掛ける気になれないらしい。果たして我ら五人は、ただ只管に睨み合い、固まっていた。ぶんぶんと回っている沖田さんの巾着のみが動的だ。
どうしたものかと悩んでいると、那賀島君が口を開いた。
「思うのだがね、」
向こうの男の方が応じる。
「何だ?」
「我々の戦力はどうやら拮抗しすぎている。このままぶつかれば、生き残った方もただでは済まないだろう。どうだい? ここは互いに手を引かないか?」
電動鋸の男は忌ま忌ましげに笑って、
「お前達の方からこの部屋に飛び込んできておいて、何を言うのやら。……しかしまあ、賛成だ。追いかけやしないから、とっとと失せてくれ。」
那賀島君は、悠然と自分の聖具をしまい込んだ。
「有り難い。では行くよ、沖田、迚野、」
僕達は、未だ油断なく武器を構え続けているその男女に睨まれながら、情けなく撤収した。
「いやはや、危うかった。」
それなりに安全らしいところに逃げ込んだ後、那賀島君が言った。
「さっきの彼らの聖具、尋常ではないね。僕のヨーヨーなんかイチコロだろうし、迚野の箒ですら危ういかもしれない。何せ箒と金属の対決、しかも向こうは一応、もともと破壊を目的とした道具だ。」
壁に寄り掛かった沖田さんが言う。
「本当に、危なっかしかったわね。話の通じる相手で良かったわ。」
その後彼女は少し考えてから、
「しかし、とうとう残り人数も少なくなってきたし、この先は、精鋭、つまり、ああいうとんでもない連中ばかりと遭遇するのでしょうね。となると、私達が三人しかいないというのは、些か不安だわ。」
「と言うと?」と僕。
「例えば、私達が五人とか六人とかならば、あの状況でも攻撃出来たかもしれない。つまり、我々が無勢であるお蔭で、好機を逸したのかもしれない。」
「でも、そこまで危険を冒す必要はないんじゃないの? いや、沖田さんが前言ったように、残り人数が少なくなったのだからこそ出来ることならば他の生徒を討っておきたい、というのは分かるんだけれども、でも――これも沖田さんが言ったことだけれども――やはり安全の方が大事だよ。何せ周組以外の連中は、時間が経つだけで、餓えて自滅してくれるのだから。」
「確かに、それはそう。あの場で必ずしも攻撃する必要はなかった。でも、どうかしら? 例えば、あの場で遭遇していた男女が二人ではなく、三人、四人、あるいはそれ以上と、多かった場合。」
無意識に眉を寄せた僕へ、沖田さんは続けた。
「あの場は、向こうにもう一人でも居れば、完全に拮抗が破れていたわよ。向こうの方が優勢となる。となると、私達は部屋の扉を開けた瞬間に、薮の蛇をついたかのように逃げ出すわけだけれども、しかし、優勢な者が、劣勢な者の遁走を見逃すかしら。人によるでしょうけれども、私なら歓喜しながら追うわね、だって、追う側は攻撃される可能性が低いから、ただ有利な戦いとなるもの。
つまり、さっきの状況は本当に危うかったのよ。向こうにもう一人でも居たら、私達は終わっていたかもしれない。」
那賀島君が頷く。
「成る程、確からしいが、して、君は何が言いたいんだ? まるで、打開策でもあるかのような口ぶりだったけれども。」
「ええ。周達と一緒に行動すべきではないかしら、と思って。そうしたら八人の大所帯よ。しかも、食糧不安を抱えないという、この上なく理想的な大所帯。」
那賀島君は腕を組み、口を突っ張らせて応じた。
「彼女らは近々討たねばならない。」
「それまでの間だけでも、と言う意味よ。そもそも、アイツらを裏切って打撃を加えるのならば、今よりも近しい方が都合がいいのではなくて? 文字通り、寝首を搔くことすら出来るかもしれない。」
那賀島君は、しばらくじっと考えた後、
「まあ、打診してみるか。多分、周は首を縦に振らないけれどもね。」
彼は端末をしばらく操作していたが、しかし、
「出ないね。寝ているのか、はたまた立て込んでいるのか。」
僕達の命運を握るかもしれない交渉は――もしも実行されるのであればの話だが――こうして遅れさせられることとなった。
65 周組、霜田小鳥
いつものように自動販売機で購入した食料を携えた私達は、いつものように適当に部屋を選んだ。そして、いつものように私が先駆けてその部屋へ突入する。しかし、ここからはいつものようでなかった。
「敵あり、続け霧崎!」
私がそう叫びながら歩を駈け進めると、しっかりとまず霧崎が飛び込んできて、遅れて周姉様と霊場姉妹も部屋に入ってきた。
私が見つけた女は、最初必死に端末を弄っていたが、しかし、私に気が付くや否や、彼女の聖具を構えてこちらに直った。その顔には、不安が夥しい。
しかし落ち着いてよく見てみると、あの女の抱えている聖具、見憶えがあるな。……ああ、そうだ、あの時の、
「ジャッ、ジャック! ま、またアンタ達なの?!」
そうそう、霧崎に戦いて逃げ出した三人組の内の一人も、ああいう奇っ怪な大杓文字を抱えていた。というか、目の前のこいつと同一人物だろうな。しかしそうなると、何故こいつは一人になっているのだ?
ここまでの語りの調子でも分かるだろうが、ふためく女とは対照的に、私は、というか、私達はいたって平静だった。なにせ、五対一だ。あの時に喰らった飛礫攻撃も、私が居る以上誰にも届かせない。あの女に勝機はない。
しかしいざ戦闘となった場合、被害を受ける可能性はゼロではない。そこで私は、聖具を油断なく女へ構えたまま、遥か後ろに控える姉様に問うた。
「如何致しましょう。攻撃しますか?」
姉様のお返事はピントがずれていて、しかし、端的であった。
「殺せ。」
この言葉で動いたのは、私でも霧崎でもなく、大杓文字の女であった。某か訳の分からないことを叫んだと思うと、奴は、振り上げた杓文字を、思い切り、地面へ叩きつけたのだ。またも飛礫攻撃かと私は一瞬思ったが、しかし、様子が違った。以前のあの時は、床を掬い上げるかのような軌道で杓文字が舞い、事実床を掬い上げたが、今の場合は、まるで目の前の空間を真っ二つにするかのごとく、ただ前へ杓文字が振り下ろされたのだ。
私が訝った時には遅かった。地面を叩きつけた反動は、女の身を持ち上げるのに十分であったようで、すなわち、まるで棒高跳びの様に、その女はこちらに向けて翔け始めたのだ。勿論部屋の天井にも届かぬ程度であるが、しかし、ある意味では十分に高い軌道。しかもその手からは杓文字が離されておらず、女はそのまま、私と霧崎の上を飛び越えて、後ろに控える、……姉様の方へ!
振り向く私が目を剥く頃には全てが終わっていた。女は、無理な空中姿勢からなんとか一撃を姉様へ振り下ろしたが、しかし、事も無げに、まるで蠅でも払うかのような調子で姉様が傘を一振りされると、その大杓文字は粉々に砕け散ったのだ。女は、信じられないものを見たかのような顔つきとなり、余裕で身を躱すことが出来た姉様の足許に、空手で、蛙のような姿勢で着地する。呆然としたまま蹲るその女は、あまりにも無防備で、果たして、姉様に思い切り蹴り上げられた。鳩尾と爪先が激突し、女の身が三日月のように撓み、また、その目が皿のように円かになった一瞬、それが過ぎると、女は、押し出された雪玉のようにごろごろを床を転がっていく。
そうして結局元の位置に戻された女は、そこで寝ころんだまま、必死に蹴られたあたりを押さえつつ、喘いでいる。息の出し入れに全身全霊を使っているかのように、女はいちいち肩や胸を上下させた。臓器の一つか二つか潰れたか、時折血も吐いているようだ。大いなる痛みと恐怖、そしてもしかしたら多少の屈辱によって、その顔は、穴という穴――目、口、鼻孔、毛穴、汗腺――を完全に拡げる方向へ歪んでいた。
姉様はそんな女を見下ろし、完全に無力化していることを悟ると、端末を弄り始められた。どうやら女の名前を抜こうとなさっているらしい。何故か、画面を見るその表情が一瞬だけ翳ったが、しかしまたすぐ精悍な相好に戻って、女を再び見下ろし、語りかけられた。その声音は、平時の姉様と異なり、とても冷たい。
「竿漕ミフネよ。」
女は、これまた何故か一瞬だけ不満げに表情を歪めたが、しかしまたすぐに苦悶の顔つきに戻った。応える気がないのか、応える能力が残っていないのか、とにかく返事がないので、仕方なしに姉様が続けられた。
「貴様はここで死ぬわけだが、しかし、まるで甲斐なかったとはいえ、今の攻撃はなかなか美事だった。貴様の名前は憶えておいてやる。
しかしだ、残念ながら、私は貴様のことを他に何も知らない。好敵として記憶するには些か寂しい話だ。そこで、何か言い残すことがあれば聞いてやろう。言え。」
返事も寄越さない女は、その息も表情も変えず、すなわち、相変わらず瀕死のまま、時々込み上がる血液を吐き出すのに苦労しつつ、なんとかやってのけたという体で居直った。この体勢も、その気になれば、まるで蛙のようだと形容することが可能そうだが、しかし寧ろ、その、二度と上がることがないことを理解しているかのようにしっかりと据えられた腰と、これが最後に見る顔だと覚悟して姉様の麗しい
女はようやく口を開いた。喘ぎが時折邪魔するので、一語一語の度に、話す側と聞く側がやや苦労する。
「あなたは――おそらく周さんは――死後の私の名のことを慮って下さっているのでしょうが、しかし、私はそんなものに興味はありません。私は、神仏一切、それこそ死後の世界も信じません。死ねばただ消えるのみです。ならば、私という存在が消滅した後で、その名が上がってなんになると言うのでしょう。
ですから、私の最後の言葉を御記憶されるには及びません。しかし、その代わりと言ってはなんですが、最後に一つ、お願いしたいことがあるのです。些細な、ことです。」
姉様は、少し、女の顔をじっと見つめた後、そちらへ歩み寄られて、
「言ってみろ。」
「有り難う、御座います。今から私の同胞に、聯絡を入れることを許して頂きたいのです。一言だけです。どうしても、彼らに伝えねばならぬことがあるのです。お願いします。一言だけ、どうか許して下さい。」
姉様は頷かれた、
「成る程な。」
女は、苦悶の表情の間を縫うように、嬉しそうな笑みを浮かべてみせる。その器用さに感心する私は、続く姉様の言葉を聞いた。
「駄目だな。」
笑みが消え、落胆し、これ以上なく暗く翳った女の顔は、大した芸術品のようですらあったが、しかし一瞬しか見ることが出来なかった。すぐさま姉様が振り下ろされた傘によって、頭部ごと原型を喪失したからだ。
姉様は、女が物理的に撒き散らす、分解した桃色の知性になど一瞥もくれず、
「さて、残念だけれども、食事は後回しね。この女性の持ち物を漁ってもらわないといけないし、あとは、傘も洗いたいわ。」
その表情と声音は、既に、いつものお優しい姉様のものに戻っていた。
近くの水場で存分に洗浄を行った姉様は、満足げに自分の傘を眺められた。その様子から些かの恍惚すら感じられるあたり、流石、あれ程の威力を誇る聖具であるだけのことはある(聖具において威力があるということは、つまり、凄まじい愛情を憶えているということだ。)。
そんな姉様を見守る私はふと思った。姉様は日頃、姉様自身と霧崎との実力がほぼ拮抗していると語られるが、聖具に関してはどうなのだろうか。身の捌きは霧崎の方が秀でそうだし、しかし、先程のような鋭い蹴りを放つ筋力は霧崎にあるまい。つまり、少なくとも身体面ではそれぞれの長所短所があるということなのだろうが、果たして、聖具においてはいかがなものなのだろう。霧崎の語る、傘への愛情――亡き母親への想いが明らかに重ねられたそれ――も大したものだが、姉様のこの御様子も、やはり尋常ではないように思えるのだ。しかもこの感想は、自分も傘を聖具としている私が抱いているのだ、乱暴なことを言えば、海豚が「あの方は泳ぐのが好きなのだな。」と思うようなことであり、これは、余程のことだろう。
果たして、傘が綺麗となったことでいとも満足げな姉様へ、私が語りかける。
「しかし、周姉様も御容赦のないお方ですね。」
「どういう意味?」姉様は傘から目を離さぬまま仰った。
「あの女――確かサオコギと言いましたかね――のことを姉様は酷く気に入られていたようでしたから、てっきり、最後の情けくらいかけてやるものかと思いましたよ。」
「ああ、そういう意味ね。だって仕方ないじゃない。
そもそも、あなたの想像通り、私は出来る限りで彼女の願いを聞いてやるつもりだったのよ? 水を飲ませてくれと言われたら、霧崎さんにでも汲んできてもらうつもりだったし、何やらを食べさせてくれと言われたら、もしもそれが私達の持ち込んでいた弁当に存在する品であれば、すぐに与えるつもりだったわ。そこに無いものを指定されたら、流石に調達が面倒だから悩んだろうけれども。
でも竿漕は、仲間に聯絡させてくれと言ったのよ? 当然、仲間の為に。 これは頂けないわ。死に逝く戦士に対してならいくらでも施しを行うけれども、生者、つまり、敵あるいは仮想敵に利するような真似は絶対に許せない。だってそれはすなわち、私を害するということで、結局あなた達を害するということだもの。違って?」
私は、否定する為に頷いた。姉様が、我々のことをもっとも慮って下さるというのは――図に乗るつもりは毛頭ないが――最早あまりにも当然のことだ。ましてや、顔も知らぬ、竿漕の同志などと比べ物になるまい。
「納得しました。しかし、先程の戦闘に関して、もう一つ宜しいでしょうか。」
「言ってみて。」
「サオコギの聖具の挙動に、いくつか不審な点があったように思えるのです。」
「と言うと?」
「まず、前回の遭遇では、彼女は、あの大杓文字を」
「杓文字でなくて、ヘラね。あれは多分掘返ヘラだわ。」
「ではそのヘラで、彼女は、床を抉り取ってこちらへ飛ばすという攻撃方法を取りました。これすなわち、彼女の聖具には床を破壊する能力があるということになります。」
「正確には、〝床を破壊する能力があった〟でしょうね。それで?」
「しかし先程の戦闘において、サオコギは、あの木ベラをつっかえ棒のようにして、自分の身を宙に運びました。すなわちこれは、運動エネルギーをサオコギの身に与える都合上、なるべく破壊せずに床を叩きつけることが必要な筈で、果たして、戦闘後も床は完全な状態でした。これは、あなたに蹴飛ばされた彼女の身が、障碍なく滑らかに転がっていったことからもお分かりと思いますが。」
姉様は、ようやく傘から目を離されて、
「成る程、つまりあなたは、二回の戦闘において、あのヘラの性質、威力、すなわち床を破壊出来るか否かが変わっていることが気になるというのね。」
「はい。更に言えば、あのサオコギの動き、力学的に考えて少々不自然です。助走も無しに、地面を叩きつけるだけで、ああも見事に体を前方へ運べるでしょうか。本来不可能だと思うのです。例えば、陸上競技の棒高跳びの棒は、地面に突き刺さることで競技者を上方へ運びますが、あくまで、それだけでしょう。前方に聳えるバーに至るまでの、そちらのベクトルの運動量は――少なくとも大部分は――競技者の助走による筈です。
とすれば、あの女の特攻を支えた、前方への跳躍は、何がエネルギーを供給したのでしょうか。しかも、ヘラを手放さず持ったままで前方へ飛び込めたというのは、いっそう、私の直感に反します。それは、大きなエネルギーの損失を伴う行為としか思えないからです。」
姉様は少し間を置いてから仰った。
「確かに、力学的に考えておかしな現象が時々聖具には見られるわ。しかし、〝愛情〟という訳の分からない物が介在している以上、聖具の働きを理性的に理解するのは恐らく困難よ。
その、竿漕のヘラの性質がすげ変わっていたことも、もしかしたらこういうブラックボックスの為せる業なのかもしれない。不可侵の、理性による解読を許さない神秘の一つとして。」
「しかし、厳密な意味で人智の全く及ばないところによって、サオコギの聖具の性質が豹変したのであれば、それは不自然です。彼女はまるで、自分の聖具の性質の変貌を理解しているようでした。二つのケースは、それぞれ、床を破壊出来るから床を破壊し、また、床を破壊せず自らに不自然な運動エネルギーを与えることが出来るからそうした、としか思えません。奴に澱みや逡巡は一切見られませんでした、いずれも、明らかに確信をもっての攻撃です。
すなわち、少なくともサオコギ自身は、自分の聖具の物理的特性の変化を知っていなければなりません。いえ、更に言えば、彼女は、自分の意志でそのような特性の変換を、スウィッチを切り替える様に極自然にやってのけることが出来たのではないでしょうか。それが、意識してなのか、それとも無意識下だったのか、というところまでは分かりませんが。」
「成る程。もっともらしいけれども、それで?」
「つまり、聖具の特性というものの、少なくとも〝愛情〟によってもたらされる部分は、所有者の意志によってある程度可逆的に変更出来るのではないでしょうか。
私が言いたいのはこういうことです。サオコギに出来るのであれば、我々もまた、訓練か何かによってそのような応用法を身に付けられるのではないかと、また、サオコギに出来たのであれば、この先も、そのように小器用な連中が現れるのではないだろうかと。」
姉様は少し高い声となって、
「面白そうな話ね。竿漕の様な芸当が出来れば、窮地から逃げ延びるのに多少役に立つかもしれないし、今度そういう輩が現れることに警戒するというのは、悪くない話だわ。頭の片隅に容れておきましょう。」
周姉様をいくらかでも満足させることが出来た私が、内心で子供っぽく喜んでいると、双子姉妹を引き連れた霧崎がやって来た。
「あまねえさま。片づきましたよっと。」
「御苦労様。ちゃんとやってくれたかしら?」
「モチのロンで。あの女は大したものを持ってなかったですね。後、聖具は捨てちゃいましたけれども、いいですよね? あんな馬鹿でかい杓文字、しかもバラバラの木屑、いらないですよね?」
姉様は、あれは杓文字じゃないのだけれども、とでも言いたげなお顔を一瞬見せてから、結局面倒になられたらしく、
「勿論構わないわ。まあ、その聖具の話もいいけれども、」
「はい、ちゃんと、女の
「それは仕方ないでしょうね。」
私が訊く。
「姉様、そんなことを命じられていたのですか? なんでまた、」
「あの死体が転がっていると、……忌まわしいことに、得をする連中が居るのよ、多分ね。」
忌まわしい? 「忌ま忌ましい」の間違いだろうか、と私が思う間に、姉様が次のことを話されていた。
「さて、皆さんが揃ったところで。先程私が仕留めた竿漕は、確か、武智という男を中心としたグループ、所謂『武智組』の一員なの。私は佐藤から強豪組の人員の名前を聞いていたからすぐに分かったわ。――下の名前まではうろ覚えだけど。
で、あなた達も憶えているでしょう、ずっと前に、佐藤から武智組の節さんという方が死亡したという話が来ていたわよね? ――ああ、今回は逆に竿漕の死亡情報を佐藤に売りつけてやろうかしら。」
フシなる人物について、私は正直忘れていたし、霧崎も憶えているわけが無かったが(霊場達については、不気味に賢い時があるからよく分からん)、誰も余計なことは言わずに続きを聞いた。
「つまり、これで武智組は多くとも残り四名となった。ならば、これ以降、彼らからの恨みを買っても大して痛くない。だってそうでしょう? 恨みを買うということは、彼らのうち一人二人を害するということだけれども、そうしたら残りはもう二三人。恐るるに足りないわ。
だから、私達は今まで出来る限り戦闘を回避してきたけれども、でも、今後武智組の一人二人と遭遇した時に限っては、積極的に戦闘を仕掛けていいと思うの。まあ向こうが三人以上の時は、状況をよく考えないと危なっかしいけれどもね。」
成る程、もっともらしい話だ。そう私が思う間に、霊場達が口を開く。
「姉様、」「では、その武智組の残り四名の名、」「取り敢えず私達に、」「お教え頂けるでしょうか。」
「ああ、勿論、」
姉様は笑顔でそこまで述べられてから、いきなり、眉を微妙に顰めて噤まれた。姉様の視線を追う限りでは、端末へ通信が来ているらしい。
「失礼、」
姉様は私達へそう言ってボタンを操作された。
「貴様か、何の用だ?」
姉様の口調と雰囲気が、冷たく厳しい、〝他所向け〟用のそれに切り替わったので、通信相手が那賀島達でないことを私は知った。
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