47節から48節
47 彼方組、鉄穴凛子
「ところでさ針生、あなたの
「ん? 何だって?」
「いや、だから、あなたの持っている
「ああ、鏑木さんはこれを〝アーカー〟と発音するのだっけね。いや、僕はいつも
「何言っているのよ、開発国のソヴィエト連邦を尊重すれば〝アーカー〟が筋でしょう。」
「では、数字の部分の発音はどうするんだい?」
「……そう言われると痛いわね。ロシア語で『47』はなんて言うのよ?」
「
「……なんて?」
「だから、ソーラク・スェームだよ。もしも君の言うことに従うなら
「……オーケー、降参。もう、呼び方なんて何でも良いわ。」
「それで、僕の銃に何か御用かな。」
「ああ、ええっと、大したことではないのだけれども、
「しばしばバナナマガジンと呼ばれるくらいだね。」
「ふと、何でそんな形をしているのかしらと思って。」
「どうしてそんなことが気になったんだい?」
「だって
「成る程、鋭いね鏑木さん。そう、この手のマガジンの形状にはれっきとした意味がある。ええっと、君は
「名前までは知らないけれども、こう、先細りの、ボトルネックタイプの弾よね。」
「そう、7・62×39mm実包だ。これが非常に値段の安い弾であるのも
「で? その7何とかmm弾がどうしたのよ。」
「……ああ、そうそう。で、この7・62×39mm実包が、君の言った通りにボトルネック弾であることが重要なんだよ。ほら、ボトルネック形状ということは、先細りになるよね。特に7・62×39mm実包では、薬莢の部分まで
「大ざっぱな譬喩ね。」
「で、そういう先細りの形状のものを最も効率良く、かつ、最も無理の無いよう横並びに詰めようとするとどうなるだろうかね。」
「……ああ、成る程! 曲がるのね、それこそ切り分ける前のケーキのように!」
「まあ君も言ったように、ピザやケーキは相当乱暴なたとえだったから、より近いのは中世の、石で作ったアーチ橋かな。」
「はいはい、そういうことよね。一列にボトルネック弾を並べようとすると、先が細い分自然に湾曲する、と。成る程、バナナ形状はその為にあったのね!」
こいつらさっきから何を話してるんだろ。鏑木が思ったよりも早く元気になったのは幸いだったけれども、何となくむかついてきた。
「しかし、良いわよね。アンタと彼方はあの県の出身なんだもの。」
「それは、ジュール制限の話かい? 君の銃でも威力は十分だと思うけれどもね、遊びにしろ、こういう状況にしろさ。」
「でも、やっぱり18禁のエアガンって憧れるのよね。勿論このDesirousも自慢の一挺だけれども、ジュールの事を思い出すと、なんかだか餓鬼んちょ扱いされているみたいで不満だわ。」
え、18禁? 何? 彼方君と針生君の銃ってエロいの? そして鏑木はそれに憧れるの? 何やら物凄く気になったが、一度この
「しかし、私のDesirousは、ボルトアクションの銃であるのが大きなディスアドヴァンテージよね。いや、普段のゲームでは連射が出来ないくらい我慢出来たけれども、こう、真剣な状況となるとさ。」
「では君も電動銃にすれば良かったのに。R10の銃でも電動銃やガス銃はあるだろう?」
「そうなのだけれども、でもさ、……やっぱりボルトアクションって恰好良いじゃない?」
「まあ、その気持ちは大いに分かるけれどもね。」
うわ、何かいい顔してやがるなこの二人。ああ、神様。私からこの二人への軽蔑がこれ以上深まる前に、どうか彼方君達をここへ帰還させて下さい。
聖書など、ギデオン協会が校門で勝手に押し付けてきたポケットサイズのヤツを、蒼い馬がどうたらという場面だけを、それもちらとしか読んだことのないという、極めて信心深い私であったが、何の因果か祈りが通じたようで、彼方君達四名はそれからすぐに帰ってきてくれた(シカタネーナ、生還したらもう少しだけ真面目に読んでやるか。)。がやがやと部屋に入ってきた彼らはすぐに私達の元にやって来て、立ち上がった針生君に迎えられる。
「首尾はどうだった?」
彼方君は親指を立てて、
「ばっちりだ。」
針生君は四角い眼鏡の奥で嬉しそうに目を見開き、静かながら興奮した声で、
「そうかい、では、詳細を教えてもらえるかな。葦原組と大海組をどう料理すれば一番美味しい状況になるのかを考えないといけないからね。」
「勿論すぐに話そう。ところで、そっちの方はどうだった?」
「ん? 鏑木さんのことかい? もう元気すぎるくらいだよ。」
本当だよ、と思いながら私もいい加減に立ち上がった。
「ああ、それはよかった。まあ、鏑木の恢復の知らせも嬉しいのだけれども、それよりも君に訊きたいことがあってね。」
針生君は合点したらしく、小さく頷いてから答えた。
「ああ、そっちか。丁度、さっき大海組の額賀と聯絡を取ったばかりだ。」
「そうか、ではまた奴らを嵌めることが出来るのだろうかね。」
しかし今度は、針生君は
「いや、厳しいかもしれない。」
「とは?」と彼方君。
「その額賀なんだけれどもね、どうも様子がおかしかったんだよ。これまでは――ああ、健気なことに――いかにも不本意そうにこちらの要求にしぶしぶ応じてきたくせに、今さっきの通信では妙に積極的でさ。」
「すると針生、もしかすると君は、その額賀の心変わりでも疑っているのかい?」
「違う。疑ってなんかいない、最早確信しているんだ。必ずやあの額賀は心変わりをなしただろう。ただ、その心変わりの方向まではよく分からない。
すなわち、あの額賀が、僕達に心から与したいと願うようになって誠実な態度を取ってきているのか、それとも、逆の方へ、つまり命を賭しても大海達を護る気になって、僕達を出し抜こうとしているのか、そこが分からないんだ。」
「成る程。して針生、それはどうやって判別出来るのだろうな。」
「別に良いんじゃないかな、どっちでも。」
……んあ?
話している相手の彼方君も疑問を抱いたらしく、片眉をあげて、
「良いわけないと思うけれどな、」
「それが、どっちでもいいんだよ。額賀がようやく十人並みの知性を得てこちらに寝返ったにせよ、先祖返りしてまた大海の許に戻ったにせよ、危なっかしい存在には変わりない。仮に前者だとしても、本格的に味方にするには頼りない存在である上に、彼を得てしまっては七名を超過してややこしい。後者なら無論、これ以上一日たりとも生かすまじき存在だ。」
彼方君は大きすぎる鼻をちょっと搔いて、
「成る程、いずれにせよ不要というわけか。」
針生君は、
「脅威――この表現はもしかすると買い被り過ぎかもしれないが――が複数存在する時に取るべき戦術とは何か。最も下策なのは、それら全てと敵対して、四面楚歌の果てに消耗すること。次善の策は、何もせずにじっと機を待つことだ。しかし、今の僕達はただ漫然と待ち続けるわけにもいかない、餓えへの耐久勝負となればジャックを抱える周組が大優勢になるに決まっているからね。
ならば最善の策を取るより他無い。最善の策とは、脅威同士を啀みあわせ、相殺してしまうことだ。こうすれば、こちらとしては一切の消費なしに、複数個の脅威を撃滅していくことが出来る。
まあ、最善というだけあって、達成も困難なのがこの策における玉に瑕でね。通常はそう簡単に実行出来ない。しかし、今は違う。僕達は少なくとも、大海組と葦原組の動向に対して強烈に干渉することが出来る力を持っている。」
ここまで語って針生君の笑顔がまた深くなった。目は残酷なまでに細くなって、口からは鋭い歯が覗け始める。その声が震え出したのは、間違っても恐怖によるものではあるまい、寧ろ、恐らく真逆の感情が、それを、
「さあ。彼方、共に考えよう、我々の勝利の為に。大海組と葦原組を、確実に、我らの血を一滴も流すことなく殲滅する、素晴らしい作戦を!」
私はいつの間にか、腰を抜かして座り込むのを必死に
48 武智組、簑毛圭人
本当にエラい目に遭った。あの後、僕が箱卸さんを何とか負ぶい、竿漕さんが彼女の大きな鍋蓋を何とか抱えて、どうにかこうにか近くの部屋に逃げ込んだのである。頭がガンガンと痛み、耳が全く聞こえない中でこれだけのことを、自分の聖具を確保しながら連携して
そうこう待つうちに耳が次第に恢復してきたので、試しに竿漕さんに向かって話しかけて見る。すると彼女も耳が利き始めていたようで、すぐに返事を返してくれた。
僕は続けて、
「怪我はない?」
「はい、恐らくは。急性音響外傷に潜伏期間が有るとは思えませんし、私に関してはまず無事に済んだでしょう。簑毛君、あなたはどうですか。」
「僕もどうやら何ともないね。」
「では、あとは彼女だけですか。」
向こうの方で僕同様に座っていた竿漕さんは立ち上がって、こちらに歩み寄り、箱卸さんの頭の辺りでしゃがみ込んだ。竿漕さんはそのまま彼女の体を弄り始める。手首を握って見たり、鼻や口の前に手を翳して見たり、瞼を無理矢理開けて見たりという具合だ。
「体温は勿論、脈、息も共にありますね。瞳孔収縮も正常。少なくともショック死は免れている。」
続けて竿漕さんは、箱卸さんの左手首の辺りの皮を指で撮み上げ、そのまま皮膚が白くなるまで抓った。箱卸さんは顔を顰め、少し身動いだが、それ以上の抵抗を見せない。竿漕さんは眉根を寄せて彼女から手を放した。手首の撮まれていたあたりが、先程までと対照的に紅くなっている。
「意識レヴェルは決して高くないですね。出来れば私の手を払い除けて頂きたかったのですが、そこまでの動作には至らないようです。よって心配ですが、とは言え、医療技術も器具も持ち合わせない私達に出来ることは何もないでしょうから、ここで彼女の覚醒を待ちましょう。」
僕は竿漕さんを――そして恐らくは自分をも――励ますように言った。
「起きればきっと無事だろうね。精々少しの間耳が利かなくなるだけで、それも、箱卸さんが起きる頃にはすっかり治っているだろうし。」
しかし竿漕さんは頭を振った。
「まことに残念なことに、そうとは限りません。急性音響外傷による難聴は一過性の物とは限りませんし、それに、……耳というのは想像よりも多くの機能が集中している部位です。最悪の場合、聾するのみでなく、他の機能を喪失する可能性もあります。」
「それはどういう意味?」
「音によって蝸牛神経に損傷が起こった場合、その影響は中枢神経にまで及びます。中枢神経が侵されるということは、例えば、平衡感覚を完全に失って歩行を始めとする尋常な行動が一切取れなくなる可能性があるのです。この場合、今後一生強烈な眩暈を帯び続け、一人では何も出来なくなるということです。」
竿漕さんは、これを聞いて僕に浮かんできた顔色に気が付いたらしく、目を見開き、慌てて言葉を飛ばしてきた。
「あくまで最悪の場合、です。恐らくは何ともないでしょう。しかし、最悪の場合としてはそういうこともある、というだけです。いずれにせよ、心配してもどうしようもありません。」
「それは、よかった。」
絞り出すような僕の声も、竿漕さんの表情に滲み出る悔恨を打ち消すには及ばなかった。
「申し訳ありません、簑毛君。軽率な発言でした。どうかそう心配しないで下さい。もしかしたら軽微な聴力低下が起きてしまうかもしれませんが、それ以上のことはおよそ……いえ、決して起こらないでしょう。」
人を気遣うくらいに余裕が出てきた僕は頷いて、竿漕さんの慙愧を慰めるべく話題を変えた(この一件で、竿漕さんの衒学癖が少しは改まるといいのだけれども。)。
「しかし、さっきのアイツら、一体何をしたんだろうね。いきなり大きな音がしたわけだけれども。」
これを聞いた竿漕さんは思索を走らせ始めたらしく、
「恐らくは、何らかの聖具ではないでしょうか。聖具においては、肉や骨を破壊する力が増すのと同様に、空気を打ち震えさせる力も増すのかもしれません。我々愚かな人間の尋常な感覚においては、これらは大きく違う物ですが、自然からすれば――これは、草木や羽虫という意味の〝自然〟ではなく、
しかし、かつてエルンスト・マッハらを始めとする過激的実証主義者によってオッカムの剃刀による排除の対象にされた『力』なるものが、自然の素晴らしい特性、凍てつくほどに冷たい公平さと人類からの超越性を改めて実感させてくれるとは、実に皮肉なものです。もっとも、マッハらに言わせれば、運動量の差分や微分で世界を語れと仰るのでしょうが、私如きの知性ではどうも叶いませんもので。」
後半は何を言っているのかよく分からなかったが、つまりこれは、いつもの竿漕さんらしくなってくれたということだ(やっぱり衒学癖は抜けなかったね。)。
ほっとした僕に向けて、彼女は言葉を継いだ。
「簑毛君は、何かを見ましたか? 音を搔き鳴らすような聖具らしきもの等を。」
「いや、前の男女が画板と竹刀を構えていたのには気を配っていたけれども、まさかあんな聖具が大音を出すとは思えないよね。」
竿漕さんは目を伏して、
「そうなのですよね。しかもあの音が鳴らされた瞬間、私は自分の手許を見ておりましたので、ますます何が起こったのか分からなくて、」
「手許? 何でまた君とあろう者が敵から目を逸らしたのさ。」
「ああ、いえ、勿論徒な油断をしたわけではないですよ?」
「大丈夫、純粋に理由を訊いているだけさ。他の人ならいざ知らず、君がそんな間抜けなことをするとは思えないよ。」
「有り難う御座います。まあ、端的に申し上げれば、端末を操作していたのですよ。」
「ああ、もしかして、武智君や筒丸さんを呼ぼうとしたの?」
「いえ、まさか。彼らの居場所は遠すぎますし、片方は睡眠中ですよ? しっかり覚醒して私達の元に駈けつけるまでに時間がかかりすぎます。そもそも、私は加勢なくともあの場は十分凌げる可能性が高いと思っていました。」
「何故?」
「何故と仰られましても、まあ、互いの戦力、
「では、何でそうしなかった、あるいは僕と箱卸さんにそうさせなかったの?」
「不確定要素が些か多すぎました。例えば、奥まったところに居た小柄な女性の聖具が何であるかとか――ああ、成る程。今思えば、彼女があの轟音を打ち鳴らしたのでしょうかね、楽器か何かで。
とにかく、不確定要素が多い為に攻撃の決行を躊躇っていたのです。そこで、出来ることならば向こうから挑みかかって来てくれはしないかと思っていたのですよ。彼らが駈け込んで来るところに私からの
彼女はここで首を振って、
「しかし、この、勝算があるという目論見は、結局大きな誤りであったことが明らかになってしまいましたね。あの轟音、もしも戦闘中に浴びせられたら我々は全滅していたでしょう。音響外傷は、『気合いと覚悟』で耐性を高めることが出来るのです。『来るぞ!』と覚悟することで心のみでなく体組織の方も音に対して準備を行うということですね。故に、もしもまともな戦闘が起きていたら――実際そうなったように――轟音が打ち鳴らされた直後に我々のみが無防備となって、音に対する心身の準備をしていた筈の
僕は頷いた。
「確かにあの音の奇襲効果は素晴らしい物だった。彼らが撤退を選んでくれて良かったね。もしも攻撃をする気になられていたら、今君の語ったシナリオが走り出して、恐らく僕達は全滅していたと。」
「いえ、少し違います。『攻撃する気になられていたら』だけではありません。――いえ、寧ろ、より最悪の形として、我々が、……いいですか? 我々がですよ? 我々が攻撃をする気になっていたら、駈け込みの最中という、防禦には強か不十分な、最悪の体勢に有る中であの音が襲いかかってきた筈なのです。完璧な敗北、向こう一人をも傷つけられずにただ全滅するという無様この上ない最期を享受することになっていたかもしれません。……いえ、必ずやそうなっていたでしょう。我々はあの逡巡、臆病に救われたのですよ、間一髪で。」
「でもそれは、君の言う『不確定要素』の範疇でしょ? 実際君はあの一番奥にいた女学生の聖具が分からないことで攻めあぐねていたのだから。」
「それはまあそうですが、まあ、とにかく薄氷を踏むような戦いでした。」
僕は元の話題を思い出した。
「それで結局、何で君は敵から目を逸らしたの?」
「ああ、それなんですがね。端末から赤外線を発して相手の名前を盗んでおこうと思ったのですよ。ただ睨み合うくらいならば、と。古来、時は金なりといいますしね。」
「皮肉めいた用例だね。それで、名前は取れたの?」
「はい、何とか一人までは。これを見て下さい。」
竿漕さんの伸ばしてきた右手首を覗き込むと、彼女は余計な操作をしないように気をつけていたらしく、そこには未だ赤外線によって得られた名前が表示されていた。
『絵幡蛍子、所有ポイント0点。』
僕は顔を上げて、
「これはあの三人のうちの誰かな?」
竿漕さんは首を傾げた。
「申し訳ないですが、分かりません、狙いを定めていられる状況ではありませんでしたので。しかしまあ、あの剣道家の
さて、ここで不審な点があります。」
「なんだい? 苗字の方の読み方とか?」
竿漕さんは微笑みながら、ゆっくりと首を振り、
「あなたがそれをどこまで本気で仰っているのかは存じ兼ねますが、そんなことはどうでもよいのです――十中八九『エバタ』か『エハタ』でしょうけど――それが分かったところで何の情報も汲み取れません。性別を推し量る上で重大な情報となり得る下の名前とは違って、です。
私が気にしているのは、この蛍子さんがポイントを一点も持っていないという点です。例えば、もしも、あそこにいる全員が彼女達の全戦力だとすると、少しおかしくないでしょうか。あの三人は、まあ、多少は後ろに控えていた小柄な女性が安全でしょうが、基本的に全員が概ね等しい危険性を戦闘中やその他行動中に被る筈です、結局は等しく出歩いているのですからね。そうなると、誰かにポイントを纏めてしまうという行為は非常に不合理かつ剣呑です。この、蛍子さん以外の二人が全滅した場合、彼女はその後いかにして喰い繋ぐおつもりだったというのでしょうか。
つまり私は、あそこに居た人間以外にも、彼らの『仲間』と見做されるべき人物が複数人居たのではないかと思うのですよ。つまり、絶対に死に得ないというくらいに護られているリーダーがいて、その人物にポイントを預けているのでは、と。」
「成る程、それで?」
「それで、とは?」
「相手にリーダー格が控えているかもしれないという、正直どうでもよさげなことを君がわざわざ語るのだから、それ以上に何かあるんだろうと思って。」
僕の無礼げな物言いに、竿漕さんは寧ろ楽しそうになった。
「その通りです、つまり、私は訝しんでいるのですよ。あの三名、もしかすると悪名高き井戸本組の人間ではないのか、と。」
僕は驚かされて頷く。
「そっか、成る程。確かに、そんなポイント全点を預けてしまえる程の強力なリーダーを据えることが出来るだなんて、超大所帯の井戸本組位しかないかもしれないね。」
「更にそれは、井戸本の構成員から井戸本織彦君への強烈な信奉とも合致します、命の綱であるポイントを預けるというのは、そのリーダーを心底信用していないと出来ない真似ですからね。
つまり、恐らく我々は本当に際どい命拾いをしたのです。もしもあの場を制することが出来ていても、虫の息となった彼らが最期の最後に我々の名前を盗んで通信で伝えたりした場合ですとか、もっと酷い場合には、一人位を逃してしまった場合――深追いは大抵ロクなことを招かないという認識が我々の内にはありますから、これはそれなり以上に現実的な可能性でしょう――堂々と我々の名や姿を井戸本織彦君に知られるという危険性がありました。これはつまり井戸本組との全面戦争という、絶望的な運びを余儀なくされるということで、まあ正直、一巻の終わりというものでしょう。ああ、先程の彼ら三人が慎重な態度で、本当に助かりました。」
僕はまた頷いて、
「そうだ、本当に助かったよ。それに、もしも箱卸さんの身に何も起きていなければ、この顚末は寧ろ僕達に利益をもたらしたと言ってもいいかもしれない。」
僕がこれを言い終えるや否や、竿漕さんが目を大きく見開いて、こっちの顔をまともに見つめて来る。どうやら、あの竿漕美舟の虚を衝くことに成功したらしく、それによって僕は子供っぽい満足を覚えることが出来た。
彼女はそのまま、
「どういう意味ですか?」
僕はすぐに答えた。
「ここ最近、箱卸さんが君達、とくに竿漕さんのことを何かと
竿漕さんは片眉を上げて、
「確か、その誤解は、あなたが解いて下すったのでは?」
「僕も頑張ったのだけれどもね、まだ彼女は信じきれないらしいんだ。」
目の前の女性は肩を竦めた。
「それは困りますね。勿論、箱卸さんを責めるわけにも参りませんが、しかし、そろそろ信用して頂けないと、なにかしらの問題が起こり兼ねません。」
「そこでだ、」僕は気取り、指を立てて続ける。「今回の出来事は実に望ましいと思うんだ。だって、いくら何でも、僕と、そして君が箱卸さんを助けたことは、最早疑いようの無い状況だ。そうなれば、箱卸さんも、君のことをもう少し信じてくれるようになるのではないかな、幾許かの感謝の念と共に。」
竿漕さんは、今度は満足を表明する為に目を見開いた。
「成る程、それは素晴らしいことですね。私の為にも、彼女の心における平穏の為にも、そして、我々がこの先一致団結して戦い抜く上でも。」
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