33節

33 彼方組、鉄穴凛子

「成る程な。御苦労さん、直にこちらからも伝言を頼むだろう。」

『ではその時はどうぞ宜しく。』

 彼方君がその整った顔を端末から上げた。

「鉄穴、皆を集めてもらえるかな。僕はその間に少しでも今の話を整理しておきたい。」

「うん、諒解。」

 私はしぶしぶ、出払っている各員に聯絡を取り始める。ええっと、銅座君はそこで居眠りしているからいいとして、……議論の場にはこいつが一番いらない気もするけれども。ええっと、まあいいや。今ここに居ないのは、鏑木と、針生君と、釘抜くぎぬき君と、銀杏いちょう君か。数も多いし、とっとと通信を掛けよっと。


 というわけで今、勢揃いした彼方組七名が部屋の中で車座をなしている。こうも面々が揃うと実に壮観、と出来れば言いたいところだけれども、私にはどうにも間の抜けた変な集団にしか思えないのよね。まあ、どうでもいいかな。

 彼方君が、さっき佐藤から聞いた話、葦原組からの共闘の誘いのあらましを皆に聞かせた後、この間のことで私を好くようになったのか、自然と私の左脇に座り込んでいる鏑木がまず口を開いた。その腕に抱えられ、彼女の身動ぎに応じて揺れ動くことで、私の視界をちらちらと侵食するスナイパーライフルが些か邪魔臭い。

「この話ってさ、この間私が……ええっと、誰だっけ、井戸本組の、」

「織田五郎でしょ?」と私。

「ああ、そいつよ。流石ね凛子。」

 然程有り難くない褒めそやしを適当に投げてきてから鏑木は続ける。

「それって、私が井戸本組の織田五郎を射殺した時の話でしょう? つまり、あの時に居た第三者ってのは、実は葦原組の中の誰かだったわけよね。ここまではいい? 誰か異論ある?」

 皆を見回して、そうして確認された沈黙に勇気づけられた鏑木は、そのまま、笑いを堪えるような調子で、

「つまり、今非常に愉快な出来事が起きていることになるわ。いいこと? 客観的な事実として、に織田五郎を殺された井戸本組は、か葦原組を敵視していることが濃厚であり、また、葦原組もその敵意を認識している。この事実だけでも快いのに、しかし、……ここからがまた実に面白い!

 そう、重大な勘違いをしているのは井戸本組だけではなくて、葦原組もそうなのよ! 彼らは私達も同様に井戸本組に狙われていると勝手に想像している、ああ、どいつもこいつも何て馬鹿な連中なのかしら。

 今私達は、井戸本組と葦原組に対して大きなアドヴァンテージを得ている、つまり、真実を知っているというアドヴァンテージを。ねえ皆、彼らの、今のところ単に重大なだけの勘違いを、致命的な勘違いに化けさせることは決して不可能ではないと思うの。ああ、これを機に私達は、生き残りへ大きな一歩を踏み出せるのだわ!」

 いつも鏑木の、というかチームの皆の、趣味の悪い言葉にげんなりしていた私は、俄にその、〝生き残りへの大きな一歩〟という文句に強く心惹かれた。そう、だよね。このまま戦い抜くことが出来れば、もうすぐ外へ帰れるんだよね。

 銅座君が口を開く。

「そういうからには、何か具体的に考えがあるのかい。あんずさん。」

「無いわ。」

「なんだそりゃ、全く」

 またどうせ要らないことを言おうとした銅座君は、鏑木に睨まれて黙り込んだ。いったい彼って、どうやったら懲りるんだろ。

 視線をそこから切りながら鏑木が言った。

「だって、そういう賢いことを考えるのは、本来彼方や針生の領分でしょう、ねえ? 特に最近は針生が何か面白いことをしているみたいだし。」

 この言葉によって不随意な注目を集めてしまった針生君が、仕方がないという調子で語り始める。彼は、……何だっけ? ああっと、……AK48エーケーよんじゅうはち、だっけ? とにかくそんな名前の銃を模したとか何とかというエアガンを肩に立てかけていた。

「ああ、そろそろ皆にもお披露目しよう。先日、僕が大海組の一人の……『須藤すどう』だったかな? 一人を射殺することに成功したわけだけれども。あれはね、実はただ単に幸運な結果というわけではないんだ。」

「そいつは、どういうことさ?」

 のんびりとした顔つきの銀杏春馬いちょうはるま君が、いつもの通りのんびりした声でそう聞き質した。ええっと、どこだっけ、北米のさ、……シカゴ? うん確か、シカゴライターとか、そんな感じの名前の銃の模造物、「恐ろしく第一画を長く書かれた、ひねくれの〝T〟」に見える形状のエアガンを目の前に置いている彼は、鏑木曰くやる時はやる男らしい。実際、どこか自慢げな針生君へ適切な合いの手を入れている辺り侮れまい。

 で、針生君が続けて曰く、

「まあ結論から言えば、スパイだよ。大海組から一人、こちらへ寝返らせたのさ。」

 僅かな、しかし意味深いどよめきが車座の中を走った。全くの冷静で居たのは、針生君を除けば、流石に知らされていたらしい我らがチームリーダー彼方君のみだ。

 こういう時に元気になるのが鏑木である。

「あの馬鹿共を懐柔したの? くっだらない、犬にでも喰わせておけばいい前時代的拘泥と偽善的正義感を抱いた低能達を? 一体どうやって?」

「簡単だよ、鏑木さん。こうやって銃を突きつけて、『命が惜しくば、』」

 鏑木は滑稽に肩を竦めつつ、

「アンタも、大海組の精神に負けず劣らず古くさいわね。」

「古いということは、昔々の、あらゆる技術、……そう、物理的技巧も戦術的小細工も自然科学的叡知も、あらゆる事物が劣っていた時代に実行されていたものということさ。つまりある意味においては寧ろコストが低いというわけで、こういうものこそ、上手く使えば強力な武器になり得る。所謂、」

「温故知新、ね。はいはい。」

「済まないが、」釘抜晃くぎぬきあきら君が、私の知る限りでは相当久しぶりに喋り始めた。不快でもないが愉快でもない、大きくもないがそれなりに通る、相変わらず妙な声だ。「無駄に時間を使わずに本題を話そう。時宜を逃すわけには行かない、鏑木の言うように、今は重要な時だろうから。」

 彼が私の右横で気難しげな顔をして、同じく気難しげな膝の上に拳銃、……ええっと、流石にあの名前は知っているよ、ワルサーなんとかってやつ、それを模したエアガンを膝の上に載せている様を私が見ていると、また、私の左脇の女が、

「諒解。では、訊くわよ針生。あの安本丹達に何をさせたの?」

「〝達〟と言うのはおかしいかな、寝返らせたのは一人だから。」

「〝安本丹〟は訂正しないのね、実に結構。それで?」

「さっき君の語った、そして僕も全くもって同感な彼らの印象――理智の著しき欠如――からすると驚くべきことなのだが、実は彼ら大海組も、僕らと同じく人間だからね、飯を食う必要がある。」

「むしろ大喰らいのイメージを汲み取るのが尋常だと思うけれども――別に獣でも食餌はするし。それで?」

「で、彼らもポイント収集の為に出回ることがあるんだよ、効率の都合上、少人数でね。僕はそのコースや時刻をちょいと訊いたのさ。」

 女狙撃手は大袈裟な、そしてすぐ脇の私にとっては煩く感じられる手振りを前おいてから、

「それで針生、あなたは、然るべき時然るべき場所で待ち伏せをし、その、スドウとやらを、あなたのAK47アーカーヨンナナで撃ち殺した、と。」

「正確には、少し違うけれども、まあ、」と針生君がさしはさむのを彼女は無視しつつ続け、

「ああ、何と素敵なのかしら、獲物の方から近寄ってきてくれることが約束されている狩りだなんて! 平時の、待機に九分くぶの時間を費やす泥臭い待ち伏せと比べると、ああ、なんと輝かしいものでしょう!」

 鏑木が喋り終えてから、針生君は楽しげに、

「実はね、鏑木さん。今僕は、この大海組の内通者を活かす機会には、もっと大掛かりな事をすべきだろうと考えていて、その際、もしかすると一人では手に余るかなと、」

 鏑木は彼の言葉が終わるのを行儀よく待ったりしなかった。

「そこで、次の時には私を連れていくということね。決まりね。いいでしょう?」

「まあ、概ね誰でもいいからね。そんなにやる気があるのならば、一番腕の立つ君に頼もう。」

 鏑木は心底嬉しそうにライフルへ頬を擦りながら、

「流石話が分かるわね。ああ、何ということ、また私のDesirous(ディザイラス)が戦果を挙げてしまうわ。」

 私が顔に浮かぼうとする軽蔑の念を押し殺そうと努力していると、釘抜君が話し始めてくれた。

「確かにその話は興味深いし、また、鏑木と針生が詳細に打ち合わせることも必要だろう。しかしな、繰り返すが、今はより重大なことを話す時ではないのか?」

 これに返すのも鏑木だ。

「それはその通り。」彼女が、釘抜君から車座の中心の方へ向き直って続ける。「では、いいこと? 既に私達は大海組に身中の虫を宿させることに成功しており、また今、井戸本組を幾らか混乱させている。そしてこれから、いくらでも葦原組を騙くらかし、弄ぶことすら出来るのよ!

 さあ、考えて頂戴な、針生に彼方! これらの材料から紡がれる最良の戦術、戦略とは何?」

 この馬鹿馬鹿しいほどに不遜な懇願を受けて、我らのリーダーはようやく口を開いた。

「まず、状況を整理しよう。このサバイバルで鍵となるのは井戸本組の存在だ、何せ彼らは二つの点においてあまりに特殊だから。

 第一に、人数が尋常でなく多い。この間に鏑木が一人を射殺し、また、一人を無力化したが、それでもまだ十八人程度が残っている筈であり、この戦いが何となく進んでいった場合、最終盤、かなりの確率で大人数が生き残ることになる。勿論、〝何となく進む〟というのはあまりに馬鹿げた仮定条件で、本来そんなことは起こりえない、井戸本組以外の者の思慮が『このまま奴らを放っておいては拙いぞ。』と働く為だ。自然と井戸本組を敵視し、攻撃を試みる気分になる。

 しかし、ここで井戸本組の第二の特殊性が問題となるんだ。彼らは執拗に、強迫的に、復讐を試み、そして成功させることで名高い。そう、仲間一人が殺される度に、更なる何人もの犠牲を払ってでもその一人のかたきを取ってきたんだ。つまり、井戸本組の戦力を少しでも削ることは、こちらの全員の命を無駄にすることとほぼ同意味となる。だって、勿論こちらからの今際の際の抵抗で井戸本組の戦力を強か削ることは出来るだろうけれども、全員死亡してしまう僕達には、それによる益を享受するタイミングが全くないからね。これはLose–Loseの戦術だ。タカハトゲームにおいて、向こうが先立って鷹の札を見せびらかしているのに、こちらからも鷹戦術をとる道理はない。」

 ここは銅座君が得意げに口を挟みだした。その声音に、彼の持つ数多くの悪癖の内の一つ、衒学ペドゥントゥリの雰囲気が感じられる。

「タカハトゲーム。鷹が強硬、すなわち要求の為に戦闘や戦争を厭わぬ立場で、鳩がその逆、つまり、仲良しあるいは非干渉が最も望ましく、あいてに何か要求されたら大人しく従う、という立場のゲームだよね。……ああ、この〝ゲーム〟というのは、数学的な意味だけれども。

 で、確かに君の言う通り、このゲームで――あるいはこのゲームに十分な精度でなぞらえることが出来る状況において――最も悪いのは、互いが鷹戦術を取ることだ。これはつまり、例えば敵対する核軍備国同士であれば、互いに原爆だか水爆だかの発射スイッチを押し合うという状況に相当する、これは最悪のゲームオーヴァーだよ。それに対して、向こうが鷹でこちらが鳩というのは、向こうの要求を全て受け入れるというもので、ようは属国なり植民地になれということだ。これも悪夢のような出来事だけれども、まあ、核反応の熱で全国民が蒸発するよりはマシかな、となるね。最後にあるのが――いまこの状況で現実的でないにしても、数学的には常に存在するものとして――互いが共に鳩戦術を取る場合だね。これにおいては、双方の国が平和で豊かな日々を享受して万々歳。勿論現実では、『そもそも戦争がないことは人道的にも素晴らしい。』とか言い出す奴がいるだろうけれども、まあ普通ゲーム理論はそこまでの面倒は見ない、単に国力の消耗が抑えられたことに着目するだけだね。

 で、今回の僕達、つまり、このチームと井戸本組との関係に戻ると、向こうは常時、核発射ボタンに人さし指を置いている状況だ。『ちょっとでもこちらに敵意を向けたらちこむぞ。』、とね。これは非常に賢い戦略だよ。だって、いざ核戦争に陥っても、井戸本組はまず全滅なんかしない、それには人数が多すぎるからさ。ということは、鷹鷹のLose–Loseになっても完全な破滅には至らず、それなりの犠牲を払うだけで済むわけだ。これによって、相手国、つまり相手のチームが鷹を選ぶ可能性を抑えつつ、しかも、いざ鷹を押されてもどうにかなるという理想的な状況を作り出していることになる。勿論普通なら、この『鷹の先打ち』戦法を取ることで必要になる態度、『その方が戦術上有利だから、お前とお前は核戦争で死んでこい。』という感じの命令を聞く奴なんかいないけれども、井戸本組はここの誤魔化しが実に巧妙だよ。『かたき討ち』という大義名分が、こういう数学的議論の結論がしばしば伴う、角の立つ面倒な断面を覆い隠してしまうのだからさ。」

 なんのこっちゃ。

 彼方君はこういう時の彼のあしらい方を心得ているもんで、まず適当な世辞を放った。

「説明有り難う、銅座。それで、君は何を言いたい?」

「ようは、このタカハトゲームの〝嵌めパターン〟に嵌まっていることが気に喰わないと言いたいんだよ。確かに今からこちらが鷹戦術を取って、つまり、井戸本組にちょっかいを出したりしたら破滅が免れない。しかしね、延々と最後まで鳩戦術を取っていれば、それはそれで破滅するのが、……いや、破滅という言葉は強すぎるね、〝敗北〟に改めようかな。ええっと、つまり、延々と最後まで鳩戦術を取っていれば、結局最後に〝敗北〟するのがこのタカハトゲームなんだよ。この場合の敗北とは何か。これはつまり、喧嘩や殺し合いの勝敗ではなくて、このチームと井戸本組、あるいは他の誰かしらと井戸本組と間の駆け引きにおいての敗北という意味だけれども、それは、井戸本組がそのまま保存されるということだよ。つまり、全員が鳩戦術を取ることで、誰も井戸本組に手を出さなくなる、と。面白いね。井戸本組とその他との関係はタカハトゲームの関係なのに、その、〝その他〟同士の関係は寧ろ〝囚人のジレンマ〟に相当する、すなわち、非協力、井戸本組に手を出さないことが自己にとって常に有利になる状況なんだ! これは兇悪な状況だよ、このままでは、まず駆け引き上での緩慢な敗北を、続けて戦闘での急速な敗北、すなわち死を享受することになるというのが分かっているのに、誰もがそれを受け入れざるを得ないんだ!」

 ここで針生君が挟む。

「囚人のジレンマを打ち破る方法は、ほぼ常に有る筈だよな。」

「勿論、数学的には〝常に〟あるさ。現実的かどうかは分からないけれどもね。

 つまり本来囚人のジレンマは、〝協力〟と〝非協力〟の二つの戦術が有って、更に、演者それぞれが戦術を選択する際に相談出来ないという状況で発生するジレンマだ。特に、全体にとっての最大利得を与える場合が『ともに協力戦術を取ること』であり、しかし、協力―協力よりも自分のみが裏切る協力–非協力の方が自分の利得が大きく、また、一方的に裏切られる非協力–協力よりも、自分も裏切る非協力―非協力の方がまだ望ましい結果を与える状況に起こるものだね。今ここでの協力とは、井戸本組に喧嘩を売ることで、非協力は、井戸本組を野放しにすることだ。例えば、自分で危険を冒さずに誰かが井戸本組を叩いてくれればとても良いよね、これが丁度協力―非協力に該当するわけだよ。非協力–非協力は、誰も井戸本組に手を出さないことになる。……まこと残念なことに、正常な囚人のジレンマでは必ずこの非協力―非協力に落ち着くことになるよ。皆、自分の身が可愛いから当然だ。そして、全体利得は最悪となり、つまり、井戸本組がますます跳梁跋扈する、と。こりゃ困っちゃうね。どうにかして他の連中に協力戦術をとらせないといけない。井戸本組をどうにかする為には、かならずや他人に協力戦術を取らせる必要があり、しかし、出来ることならば自分は非協力戦術に甘んじたいものなんだ。

 で、博之君の言う、囚人のジレンマに必ずある抜け道だけど、それは、前提をひっくり返すことさ。特に、『互いに戦術を選択する際に相談出来ない。』という前提をひっくり返すのが単純で、ようは、どこかの組と手を組んで井戸本組と対抗すればいいわけだ。……なんと驚くべきことに、丁度葦原組がこれを僕達に打診してきているわけだね。まあ、彼らの前提の、『彼方組も井戸本組に睨まれてとても困っている。』という話が事実無根である辺り非常に程度の低い工作だけれども、……まあ、彼らのこの提案をどう料理するかはこの先考えるとして、僕の言いたい目下の問題は、これら、〝相手が鷹を提示し、かつ、鷹鷹の悲劇をそこまで嫌わないという厄介なタカハトゲーム〟と、〝普通であるがゆえにとても厄介な囚人のジレンマ〟をどう打ち破るかということさ。針生君や葦原組の言うような同盟行為は――別に僕は博之君を怒らせたいわけではないから、そこは誤解しないで欲しいのだけれども――もう、本当に馬鹿馬鹿しいんだ、それもこの上なく。この殺し合い環境、本気で他所のチームを信用することは恐らく不可能だもの。つまり、この囚人のジレンマは、寧ろとても破り難いんだよ。

 端的に言えばさ、誰もが井戸本組との戦闘を回避したがるこの状況、どうやって皆を、出来れば僕ら以外の皆を、井戸本組に立ち向かわせることが出来るのだろうか、これを今問いたいんだ。」

 私はこの銅座君の話を聞いていて、中身が半分以上ちんぷんかんぷんであったのにもかかわらず、その結論だけは明瞭に理解出来た。つまり、よっぽど余計な言辞を弄していたのだろうということで、やはり彼は、真面目な時でさえも、実践的な議論に向かないのではなかろうかとふと思うのである。

 とにかく彼方君は応じた。

「君の言うことは正しいよ、銅座。今僕達と、他所のチームは一切合切が囚人のジレンマに捕らわれていて、このジレンマの解決は困難だ。」

 彼はここで一旦贅沢な間を取ってから、

「しかしね、そもそも解決する必要があるだろうか。」

 銅座君は目を丸くして、

「何だって?」

「だから、君が言っているのは、このままでは最高に上手くいっても最後の最後で井戸本組との一騎討ちになってしまうぞ、ということだろう? でもね、この際だから言っておくけれども。正直僕は、この一騎討ちはそこまで悪くないのではないかと思っているんだよ。

 他のチームにとっては、確かにこの一騎討ちは破滅とほぼ等価だ。何せ戦力が違うからね。しかしね、僕達に限ってはきっとそうではない。数がなんだというんだ? 僕達の聖具、つまり、アサルトライフル二挺、スナイパーライフル一挺、ショットガン一挺、サブマシンガン一挺、自動式拳銃一挺、これだけあれば、数の不利など問題にならないと僕は思うんだ、本気でね。」

 正確には、それらを模したエアガンでしょ、と心の中で嘆息していると、突然彼方君がこっちをまともに見るものだから、私は少し困ってしまった。

「そして鉄穴だ。これらの銃に加えて、彼女が用意してくれる銃弾が有れば最早我々に恐いものなど無い。井戸本組など恐るるに足りない。ならば、絶望的囚人のジレンマも、そこから生じる駆け引き上の敗北もまるで問題にならない筈だ。寧ろ、我々と井戸本組以外を追いつめてくれる頼もしき存在ですらあるだろう!」

「どういうこと?」

 成り行き上問いかける羽目になった私へ、彼方君はすぐ、

「どういうことも何も、今言った通りさ、鉄穴。このチームも含めて、誰も井戸本組に手を出そうとしない。ということは、井戸本組の戦力が保存されるということであり、これすなわち、もしも僕達が最後の最後まで生き残れたら、その最後の戦いは井戸本組との一騎討ちとなるということだ。普通のチームならここで絶望だが、僕達にとっては寧ろ絶好の、最高の状況となるんだ、僕はこのチームの力を信じているからね。」

 これを聞いて私は――直前、露骨に頼りにされたことからの影響は否定し切れないけれどもさ――気分良く納得しかけたし、厄介たる鏑木すらウンウンと頷いて見せ、気難しい釘抜君も何と無く満足しているようだった。当然残るチームメイトもそうだと思い込んだのだけれど、しかし、一人だけリーダーへ挑み掛かる男が居た。こういう、和を乱す奴は――今回のこれは必ずしも悪いことではないだろうけれども――やっぱり銅座君である。

「その展望は実に耳に心地よいよ。しかし、二つだけ問い質したいね、海斗君。」

 彼方君は少し口の端を釣り上げて、

「二つとは欲張りだね。まあ、歓迎しよう。」

「君の論には矛盾と欠陥がある。まず矛盾から指摘したい。君は井戸本組は恐るるに足りないと言った。あんなのは数だけの烏合の衆だと。」

「違うよ銅座。僕は、『数が不利でも問題はない。』と言ったんだ。人数差というものが、我々が彼らに劣る理由にはならないとは確かに言ったが、井戸本組が独活の大木の組織であるとは言っていない。」

 銅座君は軽くかぶりを振ってから、

「失礼。とにかく、君は、僕達が井戸本組に勝ることが出来ると、あの狂信者達と教祖を打ち破ることが出来ると言ったよね。」

「それは確かに言った。」

「井戸本組は、明らかに強大な戦力を持っているよ。これにすら凌駕する実力を僕達が本当に持っているのならば、何故、僕達は日頃こんなにこそこそと活動し、馬鹿達の言葉で言う〝卑怯〟、正しい言葉で言うところの〝小心翼々〟とした戦い方を取らねばならないんだい? とっととどの組も叩き潰してしまえばいいじゃないか。」

 彼方君は明らかに笑った。

「おいおい、銅座、本気で言っているのか。さっき僕が言ったばかりだろう、僕達は、彼女、鉄穴が居ないと何も出来ないんだよ。」

 この言葉によってなんとなく集まる視線をこそばゆく感じる私になど、彼は一切とり合わず続けた。

「つまりだ。最後のその時まで慎重に行動し、人員を欠かず保存し、弾もたっぷり貯蓄しておけば、井戸本組など問題にならないと僕は思うんだ。しかしね、銅座、これは特に、『弾もたっぷり貯蓄しておけば』という前提を要求しているんだよ。この問題、BB弾の有限性を克服するには、戦闘を出来る限り差し控えるのが最も正常な選択だ。他の選択というのは、例えば、鉄穴に首輪でも付けて、銃で脅しつつ馬車馬のように働かせるとか、あるいは、僕らの銃を、それこそ原始人のように棍棒として振り回すという、知性の欠片かけらもない戦い方をするとか、そういうやつだ。」

 彼は、今度はこちらを見たので、膨らんだ私の頬を見ることが出来たのだろう。そこで弁解が議論にはさまることになった。

「ああ、誤解しないでくれよ鉄穴。そりゃ、最後の最後の局面では限界まで頑張ってもらうことになってしまうかもしれないけれども、少なくともそこまでの間はちゃんと君を丁重に扱わせてもらうよ。もしも君に倒れられたら、僕達は本当に棍棒戦術を取らざるを得なくなるのだからね。

 でだ、銅座、僕の言いたいところはだね。最後の最後に残る井戸本組だからこそ、僕はそれを恐れないんだ。しかし今は駄目だよ、どこかの組と全力で戦った結果でBB弾を、使い果たすまでは行かなくとも相当に消費してしまっては、未来がなくなるからね。これが、今僕達が慎重になっている最大の理由さ。」

 銅座君は大人しく頷いた。

「分かったよ、海斗君。矛盾については僕の妄想だったようだ。」

「で、欠陥というのはなんだい?」

 こう言われた銅座君は似合わない(これは彼の果断さを褒めていない、断じて。)躊躇いを見せ、意味のない手振りを忙しなくしてから、

「いや、その、そこまでしっかり説明されると、こんなことを言い出すのは恥ずかしいというか何というか、」

「構わないから言って御覧よ、銅座。」

「じゃあ言うけれど、ええっと、つまり、君の展望は『井戸本組との一騎討ちになるまで生き残れれば』という、結構大胆な前提に基づいていて、その、そこまでのビジョンが見えないんだよね。これは結構困難な道のりだと思うのだけれども。」

 これを聞いた彼方君は嬉しそうになった。

「その通りだ、銅座。そう、僕達はこれからその欠陥埋めるべく、井戸本組以外のチーム相手にどう立ち回らねばならないのかを必死に考えなければならない。そう、さっき鏑木があげた材料、葦原組、井戸本組、大海組へのアドヴァンテージをどう活かせば最大のものが得られるかを、考えなければならないんだ。」

 銅座君はすっかりシャッポを脱いで、

「とにかく僕は降参だ、君の今日の知性に対してね。僕もあんずさんと同様、具体的な事を考えるのは君や博之君に任せようと思う。少人数の方が考えが纏まりやすいだろうから。」

 針生君は微妙に許さなかった。

「まあ、そう言うなら銅座や他の者は居ても居なくても構わないが、少なくとも鏑木、君は作戦を練るのに参加してくれよ。何せ、大海組への干渉の実行部隊なのだから。」

「諒解。」

 この神速たる鏑木の返事によって、何となく、議論の終了の雰囲気が車座の中に蔓延した。これに気を緩めたらしい銅座君が、

「いやぁ、しかし、首輪のついた凛子さんか。想像するとたまらないね。いや、凛子さんみたいなは、そういう、被虐的なシチュエーションでこそ、その魅力が引き立つと思うんだよね、つまりさ、」

 なんてほざき出すものだから、私は横の鏑木を肘でつき、そして、すぐに、また逃げ惑う彼の悲鳴と追いかける鏑木の怒声を聞くことになるのであった。

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