第17話「ざっと百年」

 俺は褒めてほしそうにするニーニャにお礼を言うと、恐怖から俯いてしまっているラクスに声をかけた。

 どうやらまた腰を抜かせてしまったらしい。

 まぁ降りる時も中々速い速度で降りていたから、落ちているような感覚で怖かったのだろう。


 動けないのならまたおんぶをしてもいいが、ここはもう学園の敷地内だ。

 俺がラクスをおんぶしている姿などを見れば、学園生たちは驚いてしまうだろう。

 そして、ラクスが今まで積み上げてきた物が壊れる気がする。

 だからここはラクスが動けるようになるまで待ったほうがいい。


「運ぶ?」

「いや、少し休憩をしよう。さすがに疲れたよ」


 魔法でラクスを宙に浮かせようとしたニーニャに、俺は休憩をする事を提案する。

 本当はもう学園の敷地に入っているのだから、自分の部屋で休んだほうがよかった。

 ニーニャもそれには気付いているんだろうけど、魔法を使うためにあげた右手を下ろしてくれる。

 やっぱり素直な子だ。

 だけど、同時に拗ねたような目も向けられた。


「ナギはちびっ子に甘すぎる」


 ちびっ子とはラクスの事か。

 相変わらずニーニャはラクスの事をちびっ子呼びするみたいだ。

 ラクスはちびっ子呼びされた事にも気付いてないのか、未だにへたりこんで地面を見つめてしまっている。

 もしかしたら高いところが苦手なのかもしれない。


「いや、学園の敷地は広くて門から建物まで結構距離があるんだ。だから少し休んでから行ったほうがいいかなって」

「んっ、そういう事にしてあげる」


 渋々ではあるが、ニーニャはなんとか納得してくれたようだ。


 ……それにしても、ニーニャはいったい何処までついてくるのだろう?

 もう結界の中に入っているのだから、建物についていないとはいえ十分安全圏にいる。

 モンスターに襲われる心配など皆無なはずだ。

 それでもニーニャが立ち去らないのは、律儀に建物まで送ってくれるつもりなのだろうか?

 やはり、冷酷な印象とは合わない気がする。


「どうかした?」

「あっ、いや、ニーニャっていったいいつからあの森にいたんだ?」


 見つめていると急にニーニャが俺の顔を見てきたため、俺は咄嗟に気になっていた事を質問してしまった。

 しかし、これはニーニャの過去を詮索するような行為だ。

 もしかしたら機嫌を損ねてしまうかもしれない。


 質問をしてしまった俺は自分の迂闊な行いに後悔をした。


 だけど、ニーニャは優しく微笑むだけで文句は言ってこなかった。


 どうして彼女は俺にこんな笑顔を向けてくるのだろうか?


 好意的な笑顔に疑問が浮かぶものの、今はニーニャの言葉を待つ事にする。

 優しく微笑んでいるニーニャは、少しラクスを気にする素振りを見せた後ゆっくりと口を開いた。


「わからない」


 静かに発せられた言葉は、俺にとって凄く意外な物だった。


「えっ、わからない?」

「うん、わからない」

「どうして?」

「どうしてって――気が付いたら、あそこにいたから。どれくらい寝ていたのかすらもわからない」


 最初から意識があったわけではないから、ニーニャがいつからあの場所にいたのかはわからないという事か。

 確かに、寝ている時とかどれだけ時間が進んでいるのかわからないもんな。


「だったら、ニーニャが意識を取り戻してからはどれくらいいたんだ? もちろん、感覚で構わない」

「そうだね、ざっと百年くらいかな」

「百、年……!?」


 まるで笑い話でもするかのように発せられた言葉に、俺は思わず息を呑んでしまう。

 百年という事は、俺が生きてきた時間の約七倍だ。

 安全に暮らせた人間の多くが寿命で亡くなっている時間でもある。

 ニーニャはその間ずっと一人であの場所にいたというのか?

 どれだけ孤独だったのか、想像すらもしたくない。


「驚いてるね」

「そりゃあ驚くよ。いったい誰がニーニャをあんな場所に閉じ込めたんだ……」


 ニーニャの事を冷酷な奴だと思っている俺ですらも、怒りを覚えてしまうような酷い行い。

 だけどそんな俺に対してニーニャは信じられない事を口にした。


「あの結晶にニーニャを閉じ込めたのは、ニーニャ自身だよ」


 ニーニャの言葉を聞き、俺は再度息を呑む。

 自分で自分を閉じ込めるなど正気の沙汰ではない。


 しかし、ニーニャが無意味にそんな事をしたり、また馬鹿だからしたという事はありえないと俺にはわかっていた。

 だからそうせざるを得ない状況だったのだろう。

 彼女ほどの実力を持つ者がどうしてそんな行為に出てしまったのかが気になった。

 だから俺は再度質問をしてしまう。


「なんでそんな事を?」

「そうだね、まだ君が知るには早いかな。時が来れば教える」


 時が来れば――その言葉が引っ掛かるが、今のニーニャは教えるつもりがないらしい。

 それならば聞いても無駄だろう。


 ――ニーニャが俺から視線を外した事により話はこれで終わりだと理解した俺は、涙目で俯いているラクスの様子を窺うために彼女の元へと向かうのだった。

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