第16話「無敵すぎる」

「――着いた」


 南門入口まで来ると、ニーニャが俺とラクスの体を地面に下ろす。

 しかし、俺の体はゆっくりと下ろしてくれたが、ラクスの体は宙で手を放すかのような勢いで地面に落とされていた。


「いった!」


 当然急に地面に落とされれば受け身も取れず、地面に体をぶつけたラクスは痛そうにお尻を擦っていた。

 会った時から感じていたが、ニーニャはなぜかラクスに冷たいところがある。

 おかげでラクスは涙目だ。


「大丈夫か?」

「あいつ嫌い……」


 心配して声をかけると、ラクスは頬を膨らませて拗ねてしまった。

 てっきりラクスの性格的に怒鳴り散らすかと思ったのに、ニーニャとは面と向かって喧嘩をしたくないという事だろうか?

 まぁ得体の知れない魔法ばかり持っているし、俺も面と向かっては喧嘩をしたくない。


「またすぐいちゃつく……」

「いや、今のは全然いちゃついてないだろ!?」


 不機嫌そうに目を細めるニーニャに対して、俺は速攻で彼女の言葉を否定した。

 心配しただけでいちゃつき扱いはさすがにおかしい。

 というよりも、いちゃついた時なんて一度もないのだが。


「ナギは嘘つき」

「何が!?」


 いきなり嘘つき呼ばわりされてて聞き返すものの、ニーニャはプイッとそっぽを向いてしまった。

 どうやら俺の質問に答えるつもりはないらしい。


 おかしいな……?

 嘘なんてついてないはずなんだが……。


 明らかに機嫌を損ねてしまっているニーニャを前にして俺は困惑してしまう。


 ニーニャは俺から顔を背けると、自分の身長よりもかなり大きい門を見上げる。

 学園の南門だ。

 この門や学園の壁には特殊な魔法がかけられているらしく、モンスターの攻撃や普通の魔法では壊せないらしい。

 だから俺たちは安心して生活を送れていた。


 さて、学園側は俺たちの事に気付いているはずもないため、どうやって入るかだが――うん、ニーニャは何をしようとしているのだろうか?


 門に対して右手を掲げるニーニャを見て、俺は首を傾げる。

 このポーズ、さっきも見たよな?

 

 ――そう、ホワイトオオアナコンダの体を吹き飛ばした時だ。


「待て待て待て待て!」


 このままではまずい事になると思った俺は、慌ててニーニャを止める。

 するとニーニャが怪訝そうに俺の顔を見てきた。


「何?」

「いや、こっちの台詞だよ! まさか学園の門に向かって魔法を放つつもりじゃないだろうな!?」


 いくら学園の門が強力な魔法で守られているとはいえ、ニーニャなら壊せるかもしれない。

 しかし、ここで学園の門を壊されたりしたら俺とラクスは学園を追い出されてしまう。


 例え門が壊れなかったとしても、学園の門に魔法を放った時点で敵対していると判断されるはずだ。

 そんな状況勘弁してほしい。


 だが、ニーニャは不服そうに首を横に振る。


「するわけがない。ナギはニーニャをなんだと思ってるの?」


 どうやらニーニャは学園に魔法を放とうとしていたわけではないらしい。

 ならばいったい何をしようとしていたんだろう。


「えっ、だって、魔法を使うポーズをとったじゃないか」

「うん、魔法自体は使う。でも、目的は違うよ。見てて」


 ニーニャは掲げた右手で指パッチンをする。

 すると、ニーニャの体が突然光り始めた。

 次の瞬間には、ニーニャの頭に生えていた角と、背中に生えていた羽、そして尻尾までもがなくっていた。


「今のは……?」

「姿を変える魔法。人間はニーニャの姿を受け入れないのが多いからね」


 確かにニーニャの言う通り、他種族を毛嫌いする人間は多い。

 特に貴族はその気が強い者が多かった。

 昔からエルフや獣人などの他種族と揉めてきたからこそ生まれてしまった溝なのだが、ニーニャはその事を知っていて人間に化けてくれたらしい。

 やはり彼女は気遣いが出来る女だ。


 それにしても、ここまでのニーニャを見ていて一つ疑問がある。

 聞くかどうか迷ったが、聞ける機会は今しかないかもしれないため聞く事にした。


「有難いけど……なんかニーニャってやけに人間慣れしてないか? ただ人間と話すという事に慣れているってわけじゃなく、人間の思考をよく知っているというか……」


 俺が尋ねると、ニーニャはチラッと俺の顔を見た後、少し寂しげに笑った。


「昔、訳あって人間たちと一緒に暮らした事もあったからね」


 人間たちと一緒に暮らしていた――そういうニーニャの言葉には、色々な感情が込められていた気がした。

 おそらくいろんな事があったのだろう。

 苦労したり、邪険に扱われた事もあったはずだ。

 そうでなければ自分の姿が受け入れられないなんて発想にはならない。


 だけど、それだけでもないように見える。

 懐かしそう――そう、昔を思い出して懐かしんでいるようにも見えたのだ。

 そんな表情を見せるという事は、少なからず懐かしめるだけのいい思い出があったのだろう。

 ニーニャがどんな過去を歩んできたのか、純粋に知りたいと思ってしまった。


 冷酷な奴だけど、優しさや思いやりを持っている事からただ冷酷な奴ではないと思う。

 だから彼女の事をもっと知って、どうしてそんな考えに至るのか、そしてどんな奴なのかを理解したいと思ってしまったのだ。


「むぅ……」

「えっ、どうしたラクス?」


 ニーニャを見ていると急に不機嫌そうに頬を膨らませてラクスが俺の服の袖を掴んできたため、俺は首を傾げて彼女の顔を見つめる。

 するとラクスは不機嫌そうに二―ニャを見た後、ゆっくりと口を開いた。


「ニーニャに見惚れているんじゃなく、どうやって学園に入るか考えたらどうなの?」


 なるほど、俺がボーっとしていたから文句を言ってきたのか。

 別にニーニャに見惚れていたわけでないが、学園に入る方法とは別の事を考えていたのも事実。

 これは文句を言われても仕方ないな。


「南門から入るのは無理だろうな。俺たちが戻ってくるのを信じて西門に待機をしてくれているかもしれないから、そちらに回って、それでも駄目だったら北門にまで行こう」


 さすがに今日一日くらいなら、生存を信じて最低でも北門では待っていてくれるはずだ。

 そう思っての提案だったのだが、なぜかニーニャは首を横に振る。


「駄目なのか?」

「面倒」

「だったらどうするんだ?」

「上から入ればいい」


「「えっ!?」」


 ニーニャが何を考えているのかわかった俺とラクスは、二人して驚いて声が重なってしまった。

 そんな俺たちをよそにニーニャは自分を含め俺たち三人を魔法で浮かばせ始める。

 そして、ここまで俺たちを運んできたのとは比にならないくらいの高さまで浮き上がった。


「むりむりむりむり! しぬ! おちたらしんじゃう!」


 地面からどれだけ浮かび上がっているのかわからないくらいに持ち上げられると、ラクスが涙目で取り乱したように大声をあげる。

 正直俺もラクスと同じでとてつもない恐怖に襲われていた。

 人間、慣れない事には凄く弱い。


「大丈夫、落としはしない」


 ニーニャは空を飛ぶ事もよくあるようで、この状況でもとても落ち着いていた。

 というか、自分で魔法を使っているのだから落ち着いて当然か。

 他者に任せている俺たちは自分の感覚でわからないため凄く怖いのだが。


 しかし、それよりもまずい事がある。

 このままでは俺たち三人とも地面に落ちて死んでしまうだろう。


「ニーニャ! 学園の結界は見えないだけで空にも張ってある! このまま突っ込めば結界に弾かれて俺たち三人とも地面に落ちるぞ!」


 モンスターは当然空からでもやってくる可能性があるため、学園の空にも強力な結界が張ってあった。

 それに突っ込んでしまえば結界によって気絶させられてしまうのだ。


 だが、ニーニャはこの事にも動じない。

 端からわかっていたとでもいう表情だ。


「大丈夫、ニーニャに任せれば問題ない」


 ニーニャはそう言うと、自ら結界に突っ込んでしまう。

 恐れを知らない女だ。

 俺はあまりの恐怖に眩暈がしてきそうだった。


 だけど、ニーニャは言葉通り本当になんなく結界を突破してしまった。

 というよりも、結界にぶつかる寸前に自身の魔法で結界を消したようだ。

 本当、この少女は無敵すぎる。


「んっ、入れたでしょ?」


 無事学園の敷地内に俺たちを下ろしたニーニャは、まるで褒めてとでも言わんばかりにかわいい笑顔を俺に向けてくるのだった。

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