第15話「思いやりと違和感」
結局はラクスの肩を借りて歩く事になったのだが、正直進みはかなり遅かった。
バランスも悪く、いつ転んでもおかしくないような状態だ。
「ラクス、その……大丈夫か? あまり無理するなよ?」
「これぐらい……大丈夫だもん……」
ラクスは意地になっているのか、顔は辛そうなのに大丈夫だと言い張る。
さっきから何度もこのやりとりを繰り返しているが、ラクスが譲る気配はない。
これもプライドの高さからくるものだろう。
「あまり無理しなくていいから」
無理に止めても聞かないと思い、俺は優しい声を意識してラクスに無理しないよう伝えた。
するとラクスはコクりと頷き、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「どうした?」
「うぅん、懐かしいなぁって思っただけ。昔は逆だったけど」
ラクスは何処か懐かしそうに目を細める。
どうやら昔を思い出しているようだ。
昔は逆だった――つまり、俺とラクスは過去にもこんなふうに歩いており、その時は俺がラクスを支えていたという事だろう。
やはり俺は幼い頃にラクスと会っているようだ。
いったい何処で会っていたのか、気にはなるけど懐かしそうに過去に浸っているラクスの雰囲気を壊したくない。
だから俺はまた今度聞く事にする。
――歩き始めてから結構時間が経った頃、俺は一つの違和感を覚えていた。
「モンスター、全く出てこないわね……」
どうやらラクスも俺と同じ事を考えていたようだ。
ラクスの言う通り、俺たちが歩き始めてから一度もモンスターが出てきていない。
いや、俺とラクスが休んでいた頃からモンスターは出てきていなかった。
森は昼よりも夜のほうが危ないと言われている。
それは単純に視界が狭まるというだけでなく、森に棲む強いモンスターには夜行性が多い事が理由だった。
特にここは危険だと言われている南の森だ。
いくらニーニャがモンスターのいない道を選んでいるとはいえ、夜の森でここまで遭遇しない事などありえるのだろうか?
俺は視線を、前を歩いているニーニャに向ける。
ニーニャは時折不服そうに俺たちの様子を窺うものの、特に何も言ってくる事はなかった。
不服そうにしているのは俺たちの足取りが鈍いからかもしれない。
森なんてニーニャもさっさと抜けたいだろう。
俺たちを置いていこうとしないのは幸いだった。
もしここで置いていかれたら俺とラクスはたちまちモンスターの餌になってしまう。
そんな未来、想像するだけで悪寒が走った。
そうして歩き続けるなか、もう一つおかしな事があった。
それは――南の森を覆っていた結界が、なぜか復活しているという事だ。
結界が自然に復活する事はまずありえない。
となれば、誰かが結界を張り直したという事になる。
南の森を覆っていた結界は特大で強力な物だった。
普通なら数十人の高位な魔法使いがいなければ作れない物だろう。
だけど俺は、一人でも南の森を覆っていた結界を復活させる事が出来そうな人物に心当たりがあった。
その人物は相変わらず不機嫌そうに俺の前を歩いている。
「ニーニャ……お前が結界を張り直したのか?」
「まぁ……ついでだったから」
やはり、この結界はニーニャが張り直したらしい。
彼女にとって結界を張り直すメリットなどないのに、どうしてそのような事をしたのか?
しかも結界を張り直す事がついでだったというのも気になる。
つまりニーニャは他の目的があって森の中をうろついていたというわけだ。
いったい何をして――。
「――きゃあっ!」
「お、おい――!?」
考え事をしていると、ラクスがかわいらしい悲鳴を上げて抱きついてきた。
元々足に踏ん張りが利かないからラクスが支えてくれていたのに、そのラクスが全体重を俺にかけてきたためバランスを崩してしまう。
俺たち二人はそのまま地面に倒れ込んでしまった。
「いった……ぁっ」
こけた時の衝撃で痛そうにするラクスは、何かに気が付いたように小さく声を漏らした。
そして恥ずかしそうに俯いてしまう。
こける時に反射的にラクスを庇った事で、現在俺は地面に背を着けながらラクスを抱き締めていた。
だから、抱き締められているのが恥ずかしくて俯いてしまったのだろう。
「急にどうしたんだよ?」
俺はラクスが起き上がれるように腕の力を緩め、ラクスが抱き付いてきた理由を尋ねる。
するとラクスは俺の胸に倒れ込んだ姿勢のまま、右方向を指差した。
その指につられ、俺は右方向を見る。
視線の先では、何やら黒い物体が木に持たれかかっているように見えた。
いったいなんだろうと思い目を凝らすと、木に持たれかかっていたのは首から上がない大型のモンスターだという事に気が付く。
体の形からしてトロルかもしれない。
ラクスはそれに驚いて俺に抱き付いてきたようだ。
他にもトロルの周りには数体のモンスターの死体がある。
どのモンスターも首から上をばっさりと切り落とされていた。
正直見ていて気分がいい物ではない。
いったい誰がこんな事を――なんて、思い当たる人物は一人しかいなかった。
「もしかして……俺たちが安全に帰られるように、先に危険なモンスターを倒してくれていたのか?」
俺は足を止めてこちらを見ていたニーニャに尋ねる。
こんな事をする奴なんて、ニーニャしか考えられなかったのだ。
「約束だから」
ニーニャは俺の質問に対して起伏のない声で肯定をした。
約束――それは、俺とラクスを無事学園に帰すという約束だ。
そのためにニーニャはわざわざモンスターを狩りに出てくれていたらしい。
彼女ほどの実力者ならトロルレベルのモンスターなど瞬殺だろう。
それなのに長時間戻ってこなかったという事は、それだけモンスターを狩ってくれていた事になる。
彼女一人なら森にいるモンスターなど気に止めるほどでもないだろうに、俺たちの安全を考えて行動をしてくれていたというわけだ。
それだけではない。
態度こそ素っ気なくしているものの、ニーニャはずっと俺とラクスの足取りに合わせてくれていた。
その様子からはきちんと俺たちの事を考えてくれている事がわかる。
いったいニーニャはなんなのだろうか?
リーダーを殺したと思ったら、俺たちにはこんなふうに思いやりを見せてくれる。
ニーニャが先程見せた冷酷さとの違いに俺は違和感を覚えた。
しかし、そんな疑問は一瞬で吹き飛ばされる。
なんせ――。
「――ところで、いつまで抱き合ってるの? いい加減寛容なニーニャでも怒るよ?」
既に怒っているニーニャが全身から殺気を放っているのだから。
――この後俺とラクスはニーニャの魔法で宙に浮かばされて学園まで運ばれるのだった。
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