第14話「取り合い」

「――大丈夫?」


 どれくらい時間が経ったのだろうか?

 木に寄り添いながら俯く俺の顔をラクスが覗き込んできた。

 ラクスに心配されるだなんて、昨日までの俺は思いもしなかっただろう。


「あいつは?」


 俺はこの場にいないニーニャの事をラクスに尋ねる。

 ホワイトオオアナコンダの体を消し飛ばした後、一人で森の中に入ってから戻ってこないらしい。

 もう辺りは暗闇に包まれているというのに、いったい何処で何をしているのか。

 まともな奴じゃなかったから、何を考えているのかわかったものじゃない。


「まだ戻らないわよ」

「俺たちを置いてどっかに行ったのかもな」


 おそらくニーニャの目的は結晶から出る事だった。

 となれば、今はもう俺たちなど用済みだろう。

 この森に俺たちを置いて、一人だけ森を抜けていても不思議じゃない。


 そう考えた俺だが、ラクスは俺の考えを否定した。


「それはないと思う」

「どうして?」


 ラクスの言葉が意外だった俺は彼女に理由を尋ねる。

 するとラクスは困ったような表情を浮かべた後、言葉を選ぶような仕草を見せ、ゆっくりと口を開いた。


「彼女はナギの味方よ」

「…………」


 正直言って、ラクスの言葉は凄く意外だった。

 ニーニャがリーダーを殺すところを見ていたはずなのに、どうして彼女を味方だと思えるのか。

 俺は少なくともあの女は信用出来ないと思った。


 しかし、俺の目を見つめるラクスの目は力強く、ニーニャが味方だと確信を持っている事がわかる。

 ラクスは疑り深い性格をしているはずだ。

 そんな彼女がニーニャを信用しているという事は、それだけの根拠があるのだろう。


 だけど、リーダーを目の前で殺されたのも事実。


 ――いや、リーダーだけではなく、もしかしたらカルラたちも食べられていて、彼らも殺されたかもしれない。

 そんな相手を信用していいのか?


 普通に考えて信用していいはずがない。


「ナギ……」


 今の俺は感情を顔に出してしまっているのか、ラクスが心配そうに見つめてくる。

 普段は強気でガンガン責めてくるくせに、本当は優しい奴だったようだ。


 近くにある顔は身長に比例するように小顔で、逆に目は猫科のモンスターみたいにパッチリと大きな瞳をしている。


 他の顔のパーツも整っているし、ラクスってやっぱり美少女なんだよな……。


 俺は現実から目を背けてしまっているのか、心配してくれるラクスの事を不意にかわいいと思ってしまった。

 ラクスは至近距離で目が合っているのが恥ずかしいようで、月明かりでもわかるくらいに顔を赤らめる。

 そして指で髪の毛先を弄りだすのだが、照れている仕草だとわかりとてもかわいく思えた。

 ずっと照れるラクスの顔を見ていたい、色々と疲れている俺は思わずそう考えてしまう。


 ――しかし、突如聞こえてきた冷たい声によって現実に引き戻された。


「ニーニャがいない間に何をいちゃついてるの……?」


 振り向けば、とても機嫌の悪そうなニーニャがいつの間にか俺の傍に立っていた。

 何がそんなに気に入らないのかは知らないが、冷たい目で俺の顔を見据えている。


「何処に行ってたんだ?」


 俺はもう敬語で話すのはやめ、ニーニャが席をはずした理由を尋ねる。

 するとニーニャは俺とラクスの間に割り込むように体を入れ、溜め息まじりに口を開いた。


「行こう」


 どうやら答えるつもりはないらしい。

 俺の質問は無視されているし、何やら勝手に歩き始めた。

 いきなり戻ってきたら移動するだなんて、随分と勝手な奴だ。

 俺とラクスの間に体を割り込ませた理由もよくわからないしな。


「くっ……」


 俺は立ち上がろうと足を踏ん張るが、大量に魔力を吸われたせいで足に力が入らない。

 結構休んだはずなのだが、これでは一人で歩けなさそうだ。


「もう、仕方がないわね。肩を貸してあげるわよ」


 立つ事に苦戦していると、ラクスがめんどくさそうにしながら俺の脇へと頭を入れようとする。

 だけど、一瞬見えた表情はそれほど嫌そうには見えなかった。

 むしろ逆なように見えたのだが――まぁ、肩を貸してくれるというならとやかく言うのはやめておこう。


 俺は有難く思いながらラクスに体重をかけようとする。


 ――しかしその直後、体をニーニャに引っ張られてしまった。


「あぁ!?」


 ヒョイッと持ち上げられた俺を見て、ラクスが不満そうに声を上げる。

 そんなラクスに対してニーニャは顔から表情を消して口を開いた。


「ちびっ子には荷が重い。ニーニャが運ぶ」


 どうやらニーニャは身長が低いラクスに気を遣ったらしい。

 確かにラクスは小柄で力がなさそうだから、俺を支えながら歩くのはしんどいだろう。

 それに比べてニーニャは一トンもあるホワイトオオアナコンダを蹴り飛ばすほどの力があるのだ。

 俺の体重くらいなら負担にすらならず支えられるだろう。


 ……だけど、ニーニャは俺を持ち上げてしまっている。

 これは、肩を貸してくれるというよりもこのまま運ぶという事だろうか?

 さすがにそれは勘弁願いたいのだが……。


「誰がちびっ子よ! それに横取りはずるい!」


 邪魔をされたのが気に入らなかったのか、ラクスがいつも通りの強気な姿勢で怒り始める。

 その際に横取りという言葉が引っかかったが、口を挟める雰囲気ではなかった。


「ちびっ子はちびっ子。無理はよくない」

「ちびっ子言うな!」


「じゃあ……ぺったんこ?」

「――っ! ふ、ふふ、ふじゃけるにゃ! ぺ、ぺっちゃんこじゃないし! ちょっと膨れてるもん!」


 何処がとは言わないが、ラクスが気にしている部分をニーニャは突いてしまった。

 それによりラクスは顔を真っ赤にして怒り、余程気にしているのか動揺のしすぎで舌が回っていない。

 まだ十四歳なのだから気にする必要はないと思うが、ニーニャの部分は結構大きいため意識せずにはいられなかったのだろうか?


「えっち」

「えっ? わっ――!」


 胸に意識が向いたのがバレたのか、手を放され地面に落とされてしまった。

 女は男の視線に敏感というが事実なのかもしれない。

 腰が打ち付けられ、とても痛かった。


 しかし、ここで問題は終わらない。


 ニーニャの冷たい視線を受けながら俺が腰を擦っていると、すかさずラクスが俺の体を引っ張り始めたのだ。

 まるで獲物を取り返すモンスターのような行動に俺は戸惑ってしまう。

 だけどラクスの視線は俺に向いておらず、ジッとこちらを見つめていたニーニャに向いていた。


「「…………」」


 二人は困惑する俺をそっちのけで、なぜか無言で視線を交わし始める。

 どう見てもお互いがお互いを威嚇していた。


 急に何が始まったんだ……?


 モンスターよりも怖い雰囲気を放つ二人に挟まれた俺は、先程までのショックが吹き飛ぶくらいの訳の分からない状況に混乱するのだった。

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