第2話「受け入れられた理由」
「――校外学習ですか?」
ある日の朝、担任教師から伝えられた連絡事項に皆が首を傾げる。
何やら学園の外に出て授業を受けるらしいが、聞き慣れない言葉に皆疑問を隠せていなかった。
そんな俺たちに対して担任教師は冷めた表情で口を開く。
「校外学習といっても、ただ単にこの学園を囲っている森の中を歩いてくるだけだ」
「も、森って、モンスターがいるんじゃないですか!?」
この学園は辺り一面大きな森で囲まれている。
そして森にはモンスターがすみついているのだ。
だから皆驚いているのだろう。
モンスターと遭遇する場所に行きたがる者など稀で、普通は身の安全を考えて行かないからな。
だがこれは、むしろそれが学園側の狙いなんだと思う。
俺の考えが合っていた事については、すぐに担任教師が口にした言葉でわかった。
「心配するな、この森に棲むモンスターはどれも弱いのものばかりだ。南側の森の奥に入りさえしなければ問題はない」
それは逆に言うと、南側の森の奥は危ないという事だろう。
南側の森は街に続く道の丁度真逆にあるため、わざわざ自分から行く者はいない。
入学当初に聞いた話では立ち入り禁止区域になっているはずだ。
まぁそもそも学園側の許可なしに外には出られないため、俺たち生徒にとっては関係がなかった話なのだが。
「それに今回は最上級生である六年生が同行をする。だからお前たちに危険はほとんどなく、度胸を付けてほしいというのが主な目的だ」
つまり六年生側の何かしらのテストに俺たちも付いていくという事か。
もしモンスターと遭遇しても戦うのは六年生たちで、俺たち一年生は六年生たちが戦う姿を見て学べという事なのだろう。
この学園を卒業すればモンスターとも戦わないといけないため、早いうちから実践を経験させたいという学園側の意図が見えた。
問題は、俺が連れて行ってもらえるかどうかだな……。
ただでさえ、魔法を本格的に学び始めたばかりの一年生は六年生の足枷となる。
魔法がロクに使えない俺など荷物でしかないだろう。
当然六年生は嫌がるだろうし、学園側も考慮して俺を学園に残す選択をしかねない。
もし俺を連れて行ってもいいという先輩がいれば話は変わるだろうが、それはかなり薄い望みのはずだ。
自ら足手まといを連れて行きたがるような変わり者はいないだろうからな。
――しかし、俺の懸念は取り越し苦労で終わってしまった。
どうやら六年生の中に俺を入れてもいいというチームがあったようだ。
基本は一年生を先生がバランスを考えながら振り分けるが、俺の場合は他の六年生が嫌がっているという事でそのチームに入れて貰う事になった。
チームは六年生三人の一年生三人。
計六人のメンバーで森の中を歩くらしい。
六年生の事は全くわからないが、同じ一年生のメンバーはラクスのお付きが一人と、もう一人はクラスのお調子者が同じチームのようだ。
当たり前ではあるが、二人とも俺より魔法を使える。
特にラクスのお付きのほうはクラスで上位に入る実力者だ。
さすがラクスがいつも連れ歩いているだけはある。
情けないけど俺は自分の身も守れないのだから、六年生かラクスのお付きの傍にいるしかないな。
いくら俺を嫌っているとはいえ、命が危なければ助けてくれるだろう。
――ん?
ラクスのお付きのほうを見ていると、一緒にいたラクスが女子たちの輪から出ていき担任教師を目指して歩き始めた。
その際にチラッと俺のほうに視線を向けてきたような気がしたのだが、気のせいだろうか?
俺はなにげなしにそのままラクスと担任教師を見つめる。
そして少し揉めた後、ラクスは満足そうにいつも自分を取り巻く女子たちの元へと戻っていった。
いったい何を話しに行ったのかはわからないが、交渉は成立したのだろう。
何か変な事を考えてなければいいが……。
――何かと好戦的なラクスが行動を起こした事に不安を抱きながら、俺は小さく溜め息をつくのだった。
◆
「――なんでいるんだ?」
次の日校外学習という事でチームごとに分けられた俺は、本来ならここにいるはずのない小さな女の子がいる事に対して首を傾げた。
小さな女の子はいつも俺に向けてくる強気なツリ目で俺の顔を見上げてくる。
相変わらず猫科のモンスターみたいに大きくてパッチリとした瞳だ。
トレードマークである左右に結ばれた綺麗な赤髪も、本人の機嫌が悪い時は怒りを表すかのように逆立つ事があるし、実は猫科の獣人の血が入っているのではないかと俺は思っている。
そんな小さな女の子――身長と反比例するかのように大きな態度を取るラクスは、つまらなそうに俺から視線を外した。
「ナギと一緒だとあの子が可哀想だと思って替わってあげたの」
ここで指す《あの子》とは、俺と同じチームになったはずのお付きの事だろう。
相変わらず俺の事を邪魔者扱いしてくれるようだ。
「いいのかよ、勝手にチームを変えて」
「先生には許可してもらったわ」
なるほど、チームが発表された時にラクスが担任教師に話しかけに行ったのはこの事を話すためか。
自分本意の奴かと思っていたが、意外と仲間思いのところがあるらしい。
「それよりもあなた本当に行くの? 行ってモンスターの餌にでもなるつもり?」
ラクスはまるで馬鹿にするかのようなにやけ顔で小首を傾げる。
俺が行っても何も出来ない、行くだけ無駄だと遠回しに言われているようだ。
事実、魔法がロクに使えない俺が森に入ったところで何も出来ないだろう。
しかし、何もせずに学園に残るよりは森に入ったほうが何かあるかもしれない。
幼い頃に
もしかしたら、魔力がほとんどない俺に対して慰めの言葉だったのかもしれない。
だけど口先だけの事を言うような両親ではなかったと思う。
もし本当に幼い頃は膨大な魔力を有していたのなら、ひょんな事からまた魔力が戻る可能性があるはずだ。
となれば、なんにでも手を出して触れておく必要がある。
何がトリガーになるのか、それは神にしかわからないのだから。
「折角の機会だ、行かないわけにはいかないだろ」
「ふん、それで死んでもいいの?」
「死にたくはないな。だから、細心の注意は払うつもりだ」
「注意を払ったところであなたじゃ何も出来ないでしょ」
「何が言いたいんだ?」
「ほら、私に何か言う事はないの?」
ん?
俺は今何を求められているのだろうか?
ラクスが俺に何を求めているのか、話の流れからはよくわからなかった。
とりあえず、思った事を口にしてみる。
「今日も元気がいいな」
「そうじゃないでしょ!?」
元気がよすぎると言っても過言じゃないラクスに思った事を言うと、喰い気味に否定をされてしまった。
余程気に入らなかったのか、トレードマークである両サイドの髪が怒りを表すかのように上下に揺れている。
よくわからずに首を傾げると、我に返ったラクスは《コホンッ!》と咳払いをし、何かを要求するような目で見つめてきた。
だから俺は――
「ゴールドがほしいのか?」
――この世界で民族問わず共通通貨になっている物を求めているのかと聞いてみた。
すると、地団駄を踏むようにラクスは怒り始める。
「どうして私があなたなんかにゴールドを要求するのよ! ゴールドならあなたの数十倍は持ってるわよ!」
ラクスの家――ミュンテ家は、この国の中でかなり高貴な貴族にあたる。
最下級貴族である俺の資産と比べて数十倍の差があっても不思議ではない。
ただ、
ラクス自身が持つ資産と、俺が持つ資産ならさすがに俺のほうが勝っている。
だけどここでそんな事をツッコめば、ラクスは
ここはスルーするのが吉だ。
「じゃあ何を求めてるんだよ?」
「あなた本当にわからないの? このままだと下手をすると死ぬわよ?」
さすがにめんどくさくなってきて訝しげに尋ねると、驚いたようにラクスは聞き返してきた。
先程まで人の事を馬鹿にしていたくせに、今度はまるで心配しているかのような態度だ。
「もしかして、心配してくれてるのか?」
「――っ! 誰があなたなんかの心配をするものですか! あなたなんて犬モンスターの餌になればいいのよ!」
うん、一瞬でもラクスを見直した自分が馬鹿だった。
毎日のように俺を馬鹿にしてくるラクスが俺の心配をするはずがない。
俺はいったい何を期待したのだろう。
「まぁせいぜい死なないように頑張るさ」
ラクスの相手をするのに気が滅入ってきた俺は、ラクスに背を向けて少し距離を取る事にする。
「あっ、ちがっ――!」
「――よう、お前が魔法学園始まって以来の落ちこぼれか?」
一瞬ラクスが何かを言いかけた気がしたが、見上げるほどに背が高い男たちによって遮られてしまった。
どうやら彼らが六年生たちらしい。
ニヤニヤと人を見下す視線は率直に気持ちの悪さを感じた。
そして俺は悟る。
どうして俺がこの六年生たちに受け入れられたかを。
「そうですが?」
「ふっ、そうか。期待してるぜ」
六年生二人を後ろに引き連れたリーダー的存在の男が、ポンッポンッと俺の肩を叩いてきた。
掛けられた言葉には本来の意味など含まれていないだろう。
真逆の意味で期待をされている、そんな事はすぐにわかった。
もしかしたら一番警戒しないといけないのはモンスターではなく、俺に対して意味ありげな視線を向けてくるこの男たちかもしれない。
――俺はニヤニヤとこちらを見てくる男たちを前にして、校外学習がただの森巡りで終わらない事を早々に悟るのだった。
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