落ちこぼれ魔法使いの成り上がり ~国を追われて旅をするようになったけど、気が付けば他国から英雄と呼ばれるようになっていた~

ネコクロ【書籍6シリーズ発売中!!】

第1話「魔法学園始まって以来の落ちこぼれ」

「――はぁ……はぁ……ま、まだおってくる……!」

「ナギさま……もうむりですよ……」


 森の木々に囲まれた中、僕は大切な女の子の手を引いて必死に走っていた。

 彼女は白いドレスに身を包んでとても綺麗な恰好をしているけど、顔は恐怖に怯えているかのように歪んでいる。 

 多分僕も同じような顔をしているんだろう。

 そんな僕たちの後を、ズルズルと変な音を立てながら追う黒い影があった。

 黒い影はとても大きく、到底人のものとは思えない形をしている。


 しかもそれだけではなく、影は負のオーラでも発しているのか、通り過ぎたところはたちまち木々が枯れてしまっていた。

 そんな黒い影――いや、得体の知れない生物が追ってきているから、僕たちは血相を変えて逃げているのだ。

 

 しかしまだ幼い僕たちの足では本気で走ったところで出せる速度などたかが知れている。

 それでも未だに捕まっていないのは、得体の知れない生物が本気で追いかけてきてないからだ。

 おそらく、獲物を追い詰めて楽しんでいるだろう。


「だいじょうぶだよ! ひめは、ぼくがまもるから!」


 僕は怯えている女の子――姫を安心させるために無理矢理笑顔を作る。

 凄く怖いけど、姫を安心させるには僕が怯えていたら駄目だ。

 姫を守るのが僕の役目でもある。


「ナギさま……」


 姫は恐怖によってウルウルと潤ませた瞳で僕の顔を見つめてきた。

 残念な事に僕の笑顔だけでは姫を安心させる事は出来ないようだ。

 だけど、僕も根拠なく大丈夫と言ってるわけじゃない。


「ほんでよんだことがあるんだ! あれはきっと、あしきものだよ!」


『悪しきもの』 


 それは、何処から来るかわからない異形の存在。

 そして人々に災いをもたらすといわれている生物だ。

 おとぎ話にしか存在しないといわれているけど、実際は過去に何度か目撃情報が上がった事もある。

 僕は今自分たちを追ってきている存在がその悪しきものだと確信をしていた。


「でも……」


 姫は開きかけた口を中途半端に閉ざしてしまう。

 おそらく、『存在がわかったところでこの状況はどうしようもない』といった事を言いたかったのだろう。

 口に出さなかったのは僕に気を遣ったと取れる。


「だいじょうぶ、ぼくにまかせて……!」


 本当は悪しきものを倒せる自信なんてない。

 悪しきものと出会ったのは初めてだし、僕がしようとしている事は今までに実践で試した事がないからだ。

 実戦で使った事がない以上自信なんて持てるはずがなかった。


 だけど、迷っている暇はない。

 ずっと逃げ続ければいずれは行き止まりに辿り着いてしまう。

 悪しきものと接触してからずっとまっすぐ逃げ続けた僕たちは、とうとう崖に突き当たってしまったのだ。


「――――っ」


 悪しきものは僕たちが聞き取れない言葉を発し、ニタァと嫌な笑みを浮かべる。

 気味の悪さと威圧感を含んだ笑顔は僕たちを怯えさせるには十分なものだった。

 姫を守ると心に決めた僕だけど、怯えてしまえば動く事など出来やしない。


 でも――怯える姫が僕の手をギュッと握った事により、僕は正気を取り戻す事が出来た。

 そして、再び覚悟を決める。


 まだおぼえたばかりだけど……ここでできないとひめをまもれない……!

 ぼくが、ひめをまもるんだ……!


 僕は背に庇うように姫の前に立つ。


「――――っ」

「なにいってるかまったくわからないけど……ひめにてをだすならゆるさない……!」


 悪しきものを警戒しながら、僕はサッと懐に忍ばせていた杖を取る。

 僕はまだ年端も行かない子供だけど、大人たちが言うには特別という事で杖の扱いを許されていた。

 そしてそれは、認められる力があるからこそ許される行い。


「『せいとしのはざまにいきしものよ――』」


 僕が詠唱を始めると、まるで呼応するかのように周りの空気が一変する。

 空気中に存在するといわれる精霊の力が僕に集まり始めたのだ。


「――――っ!」


 異変を察した悪しきものは、仕掛けようとする僕を殺すために突っ込んできた。

 しかし、僕を包むように集まる光が悪しきものを弾き飛ばす。

 どうやら僕を包む光には悪しきものを寄せ付けない力があるようだ。


 僕は悪しきものに構う事なく詠唱を唱え続ける。


『せかいのことわりをみだすことなかれ。てんとちのはざまにいきしものよ、くうかんのことわりをみだすことなかれ。ことわりをみだしきもの、そのそんざいをもってことわりをただせ――リバース!』


 詠唱を終えた僕は最後に魔法の名――『リバース』を唱えた。

 すると、僕を包んでいた光の全てが悪しきものに向かって一斉に飛んでいく。

 そして悪しきものの体を包み始めた。

 光に包まれた悪しきものの体はみるみるうちに崩れていく。


《生と死の狭間に生きし者よ、世界のことわりを乱す事なかれ。天と地の狭間に生きし者よ、空間の理を乱す事なかれ。理を乱しき者、その存在をもって理を正せ》


 それは、悪しきものを倒すために生み出されたとされる光属性の魔法、『リバース』の詠唱だった。

 現在この魔法を使える人間はほとんどいないと言われている。


 理由は二つ。

 一つ目は、この魔法を使うには多大な魔力を有し、光属性に適性がないと扱えないという使い手を選ぶ魔法なため。

 二つ目は、習得したところで使い道がないと言われている魔法だからだ。


 悪しきものの存在をほとんどの人間が信じていないため、自ら習得しようとする変わり者など滅多にいない。

 それなのにどうして僕は習得しているのか――それは、物語の英雄に憧れを抱いたからだ。

 そして大人たちが言うには、僕は生まれながらにして人並外れた魔力を有しているらしく、この魔法を扱う条件を満たしていた。

 僕が王国の姫と一緒にいさせてもらえる理由も、多大な魔力を有するからこそらしい。


「――――っ!」


 光に体を浄化される悪しきものは最期に大きな断末魔をあげ、口らしき部分から二つの黒い影が飛び出した。

 片方はあらぬ方向に飛んでいき――もう一つは、僕の体に向かって飛んでくる。


 やばい……!


 そう思った時にはもう遅かった。

 体を守っていた光を全て悪しきものに放った僕は、防ぐ術がなく黒い影をモロに喰らってしまったのだ。

 直後悪しきものの体は跡形もなく消え、僕の意識は遠ざかり始める。


「やりました! さすがナギさまです! ――ナギさま……?」


 姫には黒い影が見えていなかったのか、急に倒れた僕を見て不思議そうな声を出した。

 しかし状況を理解すると、涙を流して慌てたように僕の体を抱き上げる。


「ナギさま! しっかりしてください! やです! ナギさましんだらやです!」


 意識が遠ざかり続けている僕は、奇妙な感覚に襲われていた。

 姫の声はしっかりと認識が出来るのに、口を動かそうとしても動かす事が出来ない。

 何やら体がフワフワとしているし、姫の泣き叫ぶ声を聞きながらも別の何かに意識を引っ張られている感覚だ。


《この恨み……必ずはらさせてもらおう……》


 直後聞こえてきたのは、この世のものとは思えないおぞましき声。

 その言葉を最後に、僕の意識は途切れるのだった。



          ◆



 八年後――ヴィルデン魔法学園のある教室では、室内を包み込むほどの大きな笑いが起きていた。


「ねぇ、今の何? 今のが『ファイアーボール』? こ~んなちっぽけなのが『ファイアーボール』なの?」


 赤色の髪を生やす小柄で気の強そうな少女――ラクス・ミュンテが、右手の人差し指と親指を使って小さな円を作り、見下すような視線を俺に向けながら笑い声を上げる。

 それによって周りの笑い声が増してしまった。


 彼女は王族に仕える貴族ミュンテ家のご令嬢で、侯爵という上流階級の貴族だ。

 幼い頃から王族が住むお城にも出入りしているらしい。

 そんな彼女はこのヴィルデン魔法学園のほとんどの生徒から注目をされている。

 必然、このクラスを仕切る立場にいる存在だった。


 逆に今馬鹿にされている俺――ナギ・シュナイツは、最下級の貴族だ。


 階級の違いにより俺はラクスに見下されているのだが、本当に見下されている理由は他にある。

 それは――俺が、魔法をロクに使えないという事。

 だからこそ、毎日ラクスから馬鹿にされいじめを受けていた。


「入学してからのこの半年間、どの属性の魔法も使えないなんて本当に落ちこぼれね!」


 何も言い返さない俺に対して調子づいたラクスのあおりが増す。 

 俺はただただ唇を噛みしめて我慢をする。

 決して怒り狂ったりはしない。

 俺にも立場がある。

 軽い喧嘩や言葉遣いくらいなら学園生という立場によって咎められる事はない。

 しかし、上流階級であるラクスに本気で喧嘩を売ったとなれば、最悪家の取り潰しさえありうるのだ。


 ましてや俺の立場は他の最下級の生徒たちとも少し異なる。

 だからこそ、ここで問題を起こすわけにはいかなかった。


 そうしていると、授業の終了を知らせる鐘がクラス内に鳴り響く。

 その鐘を聞いて、俺たちの事を黙ってみていた男性教師が授業終了の言葉を述べた。


 教師がラクスの授業妨害を黙って見過ごしていたのは、やられている生徒が俺だからだ。

 他の生徒だったなら当然止めに入っていただろうけど、俺の存在は学園すらも疎ましいと思っている。

 そのため俺が自主退学してくれるのであれば学園側としては願ったり叶ったりなのだ。


「ふん、男の癖に何も言い返せないなんて情けない」


 ラクスは見下すように言うと、取り巻き数人を連れて教室から出て行った。

 最後に言われた言葉が耳に残り、他の生徒たちの笑い声に包まれながら悔しい思いを噛みしめて俺も一人教室を出て行く。


 ――魔力がほとんどなく、魔法もロクに使えない。

 ヴィルデン魔法学園始まって以来の落ちこぼれ――それが俺、ナギ・シュナイツだった。


 しかし俺の落ちこぼれ人生は、ある不思議な少女との出会いで一変する事になるだなんて、この時は思いもよらなかった。

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