第26話

 さまざまな止むに止まれぬ事情が重なった上でシャツははだけパンツ丸出しで首にズボンを巻いた姿になってしまったボク、猫丸ねこま琉平りゅうへい


 そしてそれを取り囲む、華縞はなじま実鈴みれい十文字じゅうもんじ円子まるこ末洞まっど流星子ながれぼしこの三人の女性。


 そこに甘噛魔あかま志乃しのまで現れた。


「なんで唐突に現れるんだ、忍者という設定を便利に使いすぎだろ」

「拙忍はこの男のことはよく知っておる。これは計画的犯行ぞよ」

 甘噛魔がビシッと指を突きつける。


 ボクは肩を落とし、両腕を前に突き出して告白した。

「私がやりました……」

 まるで二時間サスペンスドラマのラスト、断崖での自白シーンのようだ。


「こんな男のことはどうでもいい。流星子、もう十分ぞよ? 学級委員長は拙忍に任せて静かに過ごすが良い」

「なんでそういうこと言うの!」

「それが流星子のためぞよ。お主は拙忍にとって大切なクラスメイトの一員ぞよ」

「あああああああああああーーー!」

 末洞は金属をひっかくような超高音の雄叫びを上げて地面に伏した。


 甘噛魔はその姿を一瞥すると、華縞とボクに向かって言った。

「それにドクター・クラスメイト! 拙忍の敵はやはりお主たちぞよ。お主らにだけは負けられぬ。覚悟しておれよ」

「お生憎様! ドクター・クラスメイトは死にました! あたしは気持ちを切り替えて新しい恋を探し求めて生きるのです」

 華縞は髪をかきあげ、甘噛魔に決意を表明する。


 未だドクター・クラスメイトのマスクはボクのポケットの中にある。

 それを渡す前に、全てを突き放されてしまった。


「どういうことぞよ?」

「どういうこともないです。過去の思いにサヨナラ、女は小悪魔。クヨクヨなんてしてられません!」

「新しい恋? サヨナラ? 猫丸、お主……」

「え?」


 甘噛魔がボクを強力に睨みつける。

 あれ? 何か勘違いしてやいないか?


「この大事な時に、仲違いとは何を考えているぞよ。なんなのだ。愛だの恋だの。そんなくだらない」

「くだらなくなんかない。志乃にはわからない!」

 甘噛魔の言葉に反論したのは、まさかの末洞だった。


 前髪の奥から流れる涙。


 そうか。

 末洞の甘噛魔への思いは友情というよりも愛情に近いのだろう。

 神に対する崇拝とも似ている気がする。

 そしてそれは悲しいことに片思いなのだ。


「流星子まで。わかるぞよ。拙忍にわからぬことなどない。しかし、そんなもの」

「そんなものって言ってる時点でわかってない!」

 エネルギーを泣くことで全て使い果たした末洞は、寿命を削るように全身で甘噛魔に訴える。


「わかるぞよ! 拙忍はこやつに好きになるよう洗脳されかけた!」

「それは恋とは全然違う。ただの性犯罪!」

「そう、猫丸さんはシレーっと涼しそうな顔して、いい加減な雰囲気で許されそうなキャラを演じてるけど、単なる性犯罪者です」

 華縞がボクを甘噛魔の前に突き立てるように押してそう言った。


 そんな、味方だと思っていたのに。

 やっぱり怒ってたのか。


「私がやりました……」

 ボクが両手を揃えて観念したように前に出すと、それを甘噛魔は叩き落とした。


「拙忍にも恋はわかる! できぬことなどない。こうぞよ!」

 甘噛魔はうつむくと、懐から手裏剣でも取り出すような動きをした。

 そして顔を上げるとともに勢いよく何かを投げ放った。


「ちゅっ♡」


 投げキッスだった。


 かつてこれほどまで全力投球で、当たりどころが悪ければ死にそうな投げキッスがあっただろうか。


「志乃ぉ!」

 末洞が叫びながら、キッスに被弾したボクを突き飛ばした。

「ぺっ! ぺっ! おぅぇえええええ!」

 甘噛魔は人をキッスで射抜いておきながら、毒を食らったかのような苛烈な反応を見せた。


「いい加減にしなさい! ふしだらにもほどがあります! ここは学校です。学びの杜です! あなたたちは、どうしてそこまで不真面目にできるのですか」

 十文字が叫ぶと一瞬沈黙が訪れた。


「おえ~~! おべれぇ~~~!」

 沈黙の中で甘噛魔の吐く声が響く。


 なんなんだ、この修羅場は。

 女子四人から囲まれて、キッスに撃ち抜かれて。

 おまけにボクはパンツ丸出しだ。

 ラブコメならものすごいハーレム状態のはずなのに。

 おかしなことに、この四人の中にボクのことを好きな人が一人もいないというのはどういうわけだ。


「不真面目であるかもしれない。しかし、お主の真面目さが人の幸せを呼ばないことは誰よりも自分が一番知ってるはずぞよ」

 甘噛魔がそう言うと十文字はグッと唇を噛み締めた。


 十文字の思想が正しいとは思わないけど、あの魂を失ったような彼女に戻られる方が怖い。

 失禁をしたというトラウマはまだ十文字に重くのしかかっているはずだ。


 しかしその言葉に反応したのは十文字ではなく華縞だった。


「甘噛魔さんはこの不真面目の代表のような猫丸さんを好きなんですか? この人はウンチを何回も漏らしてるんですよ!」


「ウンチを!?」

 十文字が雷に打たれたように眼と口を大きく開く。


「何回もだなんて人聞きの悪い。高校に入ってからは三回くらいだ」

 本当は四回と未遂が何回かあったが、ボクにもプライドがあるのでちょっとサバを読んだ。


「何を言う。拙忍はこやつのことなど。拙忍はキズモノにされたのだ」

「なんなんですか! 猫丸さんは甘噛魔さんのことを好きなんですか!? あたしそんなこと聞いてませんけど」

 華縞がボクのむき出しの腹に裡門頂肘りもんちょうちゅうを決める。


「よくも志乃の。許さない! バチカン!」


 感情が交錯し、そして全ての憎しみがボクに集中する。

 ボクにズボンを履き直す暇すら与えてくれない。

 このまま憎しみの業火に焼かれて死んでしまうのだろうか。


「待ってください!」

 ボクの前に背中を向けて立ったのは十文字だった。


「十文字……」

「そやつは、お主の憎むべき不真面目な輩ぞよ」

「そうです。猫丸さんは不真面目です。そしてふしだらで……」

「変態」

「バチカン!」

「下劣」

 十文字の言葉に、華縞と末洞と甘噛魔が追従する。

 なんでキミら、こんな急に見事な連携プレイできてるの?


「はい。そんなどうしようもない人です。それでも、私は救われたんです。……私、本当にもうダメだと思っていて。どうしていいかわからないでいて。でもどうにもならなくて。でも猫丸さんを見て勇気が出ました。下には下がいるって。まだ私は大丈夫だって」

 十文字はそうつぶやいて顔を伏せた。


 メガネを外し、目元をハンカチで押さえる。

 肩が震え、鼻を啜る音がした。


 突然泣き出した十文字に、周りの者は皆戸惑っていた。


 芯が強く、プライドが高く、弱味を見せない十文字の涙。

 微塵もリスペクトを感じさせない言葉だったけど、一応ボクは十文字の役に立ったらしい。


 甘噛魔はクルッと背中を向けて言った。

「流星子、ドクター・クラスメイト、勝負は選挙でつけるぞよ」

 そう言って天井に飛びついて消えた。

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