第27話
教壇の上には
おそらく最後になる討論が幕を開けていた。
「お主はどうしても下がらんのだな。よかろう。世間がどんなに騒がしかろうと関係ない。末洞殿、お主の掲げる理想を誰も聞いていない。まずそこからではないか。お主はこのクラスをどうしたいのだ」
甘噛魔が末洞に迫る。
ドクター・クラスメイトは登壇していない。
ボクの後ろの席には珍しく
肘をついて頭を載せ、ダルそうに半目で二人のやりとりを見ていた。
末洞は答えない。
「答えるぞよ」
「知ってるくせに」
「拙忍が知っているかではない。ここに候補者として立っている以上、自分の言葉でみんなにつたえなくてはならない」
「やだ!」
「やだ、ではないのだ。ならば、なぜ出てきた。ここは覚悟のある者が立つ場所。そして戦う意志のある者が立つ場所だ」
末洞の顔がゆがむ。
こうして教室から教壇を見ているとよくわかる。
末洞はクラスの者たちを相手にするつもりなんてはじめからないんだ。
ただ甘噛魔だけに訴えたい。
末洞の意識は甘噛魔にしか向いていない。
しかし、そんな事情などお構いなしにクラスから罵声が飛んでくる。
アイドルの転落騒動を想起させる末洞のキャラクター性は地に落ちて、かつての人気の影もなかった。
「引っ込め!」
「バーカ!」
語彙力のない野次が飛び、末洞はともかく、甘噛魔すらも険しい顔をしてクラスを睨みつける。
「うるさい! あんたたちみたいは悪い人はみんな死んじゃえ!」
末洞の初めてのクラスに対する意見表明は、あまりにも激烈だった。
さすがに幼稚すぎるその発言に対してクラスはざわめく。
そこに一人の男子生徒が立ち上がった。
「我ら、まどたん紳士同盟! 立ち上がるのは今だ!」
「おー!」
クラスのそこかしこから声がして、合計四人の男子生徒が立ち上がった。
「お前たちのやってることはイジメだ! 抵抗できない女の子に対して、言いたい放題言う。お前たちのやってることは恥ずかしいことだ。悪いことだ。俺達は正義の為に、そしてまどたんのために戦う!」
「まどたん、まどたん、ハイハイハイ!」
「ハイハイハイハイ!」
その声に、末洞は俯いたまま恥ずかしそうに手を挙げる。
「あ、ありがとう」
「うぉー! まどたーん!」
「まーどたんっ! まーどたんっ!」
男子生徒達は息のあったコールで盛り上げる。
その四人の男子生徒は、普段は仲間内以外と話をしない地味な生徒だっただけに、ここまで強烈に自分たちの主張をするのは予想してなかった。
しかしそれに反発してまどたん紳士同盟の存在に嫌悪感を抱いた女子生徒が声を上げた。
「キモ」
圧倒的に短く鋭利なその言葉に続くように元々末洞を責めていた生徒たちも騒ぎ始める。
教室内は怒号が渦巻き、収集がつかなくなった。
「イジメなんかじゃない。こっちは正しいこと言ってるだけだろ。調子に乗ってたのは末洞だ」
「そうだ。悪いやつを悪いって言ってイジメになるんならなんもできねーだろ」
「そういうのを逆差別っていうんだよ。自分たちが被害者面してでかい声をあげる」
まどたん紳士同盟に対してクラスメイトから反発的な声が上がる。
気が弱そうで身体も弱そうなまどたん紳士同盟の者は、自暴自棄になりつばを飛ばして反論した。
「いじめてる人間っていうのは無自覚だからダメなんだ」
「自分が正義と思い込めば、どんなに相手が傷ついても気にしなくて済むからな!」
初めは意見をぶつけあうものでも、次第に熱量が増してくると「なんだと?」「やんのか?」と貧困な語彙に変わりどちらが先に手を出すかという緊迫した状況になだれ込む。
「静粛にするぞよ! 愚か者どもめ!」
甘噛魔が声を上げると教室内はピタッと静まり返った。
「今はお主たちが好き勝手に罵り合う時間ではない。そんなこともわからんのか」
甘噛魔が喝を入れると、クラスの中からわずかに声が上がり、それはやがて大きくなる。
「そりゃないよ。俺達はおまえのために言ったのに」
「愚か者って、私たちはそうじゃないって言ってたのなんだったの?」
クラスメイトの非難に甘噛魔は手裏剣をまき散らした。
「痴れ者が! だからお主たちは愚かだというのだ! 正義だの悪だの、都合のいい時だけ持ちだしよって。自らの行いはどんな時でも正しく、敵対する者は悪であると決めつける。愚か者だから見極めることが出来ないのだ。誰かを悪人にして構造を単純にしようとするな! この世にはお主らが望むようなわかりやす悪などない。愚か者がいるだけぞよ。愚か者で説明のできることを悪だとすり替えるな。愚か者というのは、成績の良し悪しではない。未来予測の距離のことぞよ。愚か者は先のことを考えられない。だから無駄遣いをする、努力を怠る、犯罪を犯す、人を傷つける。正義も悪も詭弁に過ぎぬ、人を傷つけた者はすべて愚か者ぞよ。愚か者は放っておくとろくなことをせぬから、拙忍が導いでやろうというのだ」
甘噛魔の
しかし、その中に身をおいているボクには痛いほどわかった。
これは、いつものように甘噛魔に恐れをなす静寂ではない。
怒りにより力をため、憎しみを増幅させるための静寂だ。
クラスの者たちは、甘噛魔の言葉を噛み締め、そして反旗を翻そうとしていた。
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