第28話

「なんだそりゃ」


 そんな内容のない一言がきっかけに教室は一気に騒ぎ始めた。

 甘噛魔あかまの苛烈な物言いに対するストレートな反発だった。


 ボクのすぐ後ろから飛び出たその声に振り返る。

 代山だいやまは相変わらずダルそうな表情をしていたが、目だけは笑っていた。


 言葉とともに感情が伝播するように、教室内のざわつきは一層大きくなる。

 あまりにそこかしこから意見が漏れるので、誰が何を言っているかはっきりはしなかったが、その大方が甘噛魔に対しての反対意見だった。


 甘噛魔を信じていた者も多かっただろうが、中には口の上手さに乗せられてると不信感を抱いている者もいたはずだ。

 その思いが「ついに馬脚ばきゃくを現した」と寄ってたかって叩き始めた。

 騙されたと悪しざまに言う声も多い。


 しかし、甘噛魔の思想自体は変わっていない。

 優れた者のために、愚かな者は切り捨てる。


 今までその真意が漏れないように慎重に慎重を重ね発言してきたものが、剥がれ落ちただけだ。


 そしてそのきっかけは恐らく、末洞まっどを庇いたいと思った優しさのせいだ。

 今まで自分の信念を固く守り、まっすぐに立ち続けていた甘噛魔が優しさゆえにブレてしまった。


 調子に乗ったクラスの者が、甘噛魔が放った手裏剣を投げ返した。

 その手裏剣は甘噛魔ではなく末洞の方に向かって飛び、投げた者もクラスの者たちも、その行為の罪深さをすぐに後悔した。


 その瞬間、甘噛魔は身体を乗り出し、空中で手裏剣をつかむ。

 そのままの勢いで投げ返した生徒に肉薄し、胸ぐらをつかむと壁に押し付けた。


「お主など一瞬で粛清しゅくせいすることもできるぞよ。そっちの方を選ぶか?」


 甘噛魔は末洞を助けた。

 そして悪いのは手裏剣を投げた生徒であることは誰もがわかっていた。


 しかし、甘噛魔のその姿は、誰がどう見ても悪の首魁に過ぎなかった。


 散々な結末だった。


 もはやかつての学級委員長選挙にあったお祭りの雰囲気はなく、誰も望まない状況に成り果てていた。

 今更選挙を放棄することも出来ない。

 甘噛魔にしても、末洞にしても、選んだところで幸福な未来が見えるとは思えなかった。


 教室で行く末を見守っている華縞はなじまは、ただ浮かない顔で末洞と甘噛魔を見つめていた。


 ドクター・クラスメイトはもういない。

 謎のクラスメイトは、謎を残したままどこかに去っていったのだ。


 ボクたちのクラスの代表となり、多くの責任を抱えることとなる学級委員長。


「面白くなってきた」

 ボクのすぐ後ろからそう声がした。


 騒乱に喜びを感じるタイプの代山にとって、この状況は面白い以外の何物でもないだろう。


 きっと華縞はそんな代山の不謹慎な部分など知らないままに足蹴にされたに違いない。

 でも恋なんて人それぞれ、バカな思い込みで自分勝手にするものだろうから、他人がとやかくいうことでもない。


「いい加減にしなさい!」

 教室の真ん中から凛とした声が響いた。


 クラスは一瞬鎮まり立ち上がった十文字じゅうもんじに視線が集まる。

 短い白髪で変わり果てた姿、しかし表情はかつての十文字円子まるこその人であった。


 その姿に罪悪感を抱く者は多かっただろう、しかしそうではない者もいる。

 イジメをしている者はイジメをしているという自覚はない。

 だから罪悪感を感じることもない。

 ネットの普及により見ず知らずの人間に、一方的に正義の鉄槌を食らわせることが当たり前のことになった。

 自分が加害者であるという意識を持たずに生きられる、それがボクらの持つリアリティだ。


「しょんべん」

 どこからともなく上がった一言で、水滴が波紋を広げるようにクスクスと嘲笑の笑いが伝播する。


 陰湿なその攻撃に対して、怒りの声を挙げるものもでた。

 立ち上がって直接的な罵倒を浴びせる生徒。

 ヒステリックに泣き叫ぶ生徒。

 教室内は阿鼻叫喚となった。

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