第29話
ボクは教室内の騒乱に乗じて
「どうしちゃったっていうんですか? ひょっとして、傷心なあたしをどさくさに紛れて口説こうなんて思ってるんじゃないでしょうね」
華縞はわざとらしく、どう見ても空元気を振り回してボクに言う。
あくまで猪突猛進キャラを貫き、失恋の痛手なんて微塵も見せないその姿に痛々しさすら感じる。
ボクは華縞の言葉には答えず、黙ってドクター・クラスメイトのマスクを差し出した。
彼女はそれを見て、目を細めるとボクに向かって突き返してきた。
突き返されても困るのでボクも負けじと押し返す。
華縞は足を開くと腰を沈めて全身の力を込めてボクにマスクを押し付けてくる。
「なんなんだよっ!」
ボクも腰を落として腕に力を込めて押し返す。
「ぐにににににぃ!」
「うぐぐぐぐぐ」
華縞は顔を真赤にして眉間にしわを寄せて歯を剥く。
「どっせーい!」
掛け声とともに華縞は全身の力を込めてボクを突き飛ばした。
ドクター・クラスメイトのマスクを握ったままボクは後ろ向きに転がった。
華縞は肩で息をしながらボクを見下ろして言う。
「フッフッフ、ついに本気出しましたね。『ボクチン本気なんて出しましぇーん』って言ってたくせに」
華縞はわざとボクの真似をする部分で顎を突き出しひょうきんな顔をした。
これはむかつく。
そんなことが言いたくてこんな子どもじみたやり取りをしたのか。
ボクは立ち上がって乱れた服を直す。
「これ、どうするんだよ」
「あたしはドクター・クラスメイトにはもうなりません」
「でもドクター・クラスメイトなら、今の混乱を打開できるんじゃない? いや、ドクター・クラスメイトにしかできないだろ。華縞がクラスが滅茶苦茶になるのを望んでるならいいけど」
「できませんよ。だってあたし不器用ですもん。たったひとつの目標に集中して全力を注ぎこむしかできないんです。ついでに上手いこと収めようなんてできません」
「そうか。お前がそう言うならしょうがないな」
「あたしはやりきりました。全力でぶつかって粉々に砕け散って、だから悔いなくスパっと切り替えていきます。そうやって生きてきたんです」
「そんなに簡単に切り替えられるものか?」
「できますよ。愛も恋も挑戦も、終わってみれば全部それだけのことです。あたしの心の中にだけある宝物です」
「わかった。じゃ、ボクに言えることはなにもないよ。どんなクラスになろうとも、リラックスして楽しんでいこうな」
「待ってください。あたしはそれでいいですけど、
「ボクは世界のあらゆることをどうでもいいと思ってるよ」
「嘘です。あたし、猫丸さんのことずっと見てきたんですから。ずっとずっと、ずーっと」
「それ、
「そうです。代山さんと猫丸さんをずっと見てきたんです」
大きく見開いた華縞の瞳はやっぱり垂れていて、なんだか真面目な表情ほど可愛らしく見える。
「なんなんだよ、そのとってつけた展開は。別にボクのことはいいよ。わざわざ引き合いに出さなくても」
「入学した時、クラスの名簿を見た瞬間からずっと二人のことを気にしてました」
「なんでまた」
「猫丸さんにはわかりませんよ」
「言ったな? ボクはこう見えても運良く聡明で天才的で勘が鋭いんだぞ。さては顔が良かったからだな」
「華縞
「クイズか。はなじまみれいはなじまみれいはなじまみれいはなじまみれい……」
「もういいです。十分。わかります? 鼻血まみれなんです!」
「鼻血まみれ……なるほど」
「その意味に気づいてから、あたしの人生は暗黒でした。でも女の子は結婚すれば姓が変わるんです! ずっとそんな相手を探してたんです! そして出会ったのが、代山さんと猫丸さんです」
「だいやまみれい、ねこまみれい、か。そんな……理由か」
「そんなって、名前は一生ものなんですよ!」
「そうだけど、なんで代山を選んじゃったかな。猫だって十分かわいい、そりゃダイヤモンドの永遠の輝きはないけど。ひょっとして、猫アレルギー?」
「猫は好きです。代山さんを選んだのは、顔がマシだったからです」
「マシ……」
「猫は好きですよ」
「ボクの顔はマシじゃなかったのか。マシじゃないってヒットポイントを奪い去るような呪いの言葉だな」
「名前がきっかけでしたけど、二人のことはずっと見てました。代山さんが卑劣なのも、猫丸さんが臆病なのも知ってます」
「臆病とは言えて妙だ」
「でも頭は悪く無いですよ。自分の欠点を正当化する言い訳が常に出来てるみたいですし。それに臆病なんてのは大した欠点でもないです。誰だって傷つくのは怖いですから」
「臆病か。そう言う風に見えるんだな」
「臆病なのはいいんです!」
ボクの言葉を遮って、華縞はそう断言した。
そして、そのまま黙ってボクを見る。
その視線は強く熱い。
ボクがいつも人を見透かすようにして投げる冷めた視線とは違う。
自分を曲げず、強く信じて、相手に訴えかける視線だ。
そんな目で見られてしまうことがとても辛かった。
誰かのために立ち上がるなんてまっぴらごめんだ。
クラスがどうなろうと、ボクには関係ない。
ボクはどんな状況でも柳に風と力を抜いた生き方ができる。
わざわざ人と衝突する必要なんかどこにもない。
一生懸命になんてなりたくなかった。
本当に面倒くさいことになったな。
ボクはため息を一つ吐いてドクタークラスメイトのマスクを見つめた。
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