第16話
校庭の花壇から土煙と共に現れた
「そ、そんなところに。どうも不自然に竹筒が生えていておかしいと思ったんだ」
「これぞ忍法、イリュージョニアアース。またの名を、気高き天より舞い降りた蝉の幼虫ぞよ!」
甘噛魔は竹筒を構え格好いいポーズを決めた。
服には土一つついていない。
甘噛魔はそのポーズのまま敵愾心をむき出しにして
ややこしい事になった。
こんなところで女子二人が喧嘩を始めても、ボクはどうにもできない。
そりゃ女子高校生二人の泥まみれのキャットファイトを見たいか見たくないかと言われれば是非とも見たい。
なりふり構わずにどんどん醜悪に乱れていく人間らしい姿を、動画に収めたいくらいだ。
しかしそんな貴重なカードを独り占めをしたのではバチが当たって即死してしまう。
「さっきの技の名前カッコイイね。名づけた人センスいいな~。ひょっとして、その竹筒も相当格好良い名前があるんじゃないか!?」
「か、関係ないではないか!」
「なんだよぅ、教えてくれよ」
不自然に視線を合わせない甘噛魔の顔をボクは覗きこむ。
確実に照れている。
甘噛魔が昔ライブ配信をしていた時もそうだった。
意外とストレートな褒め言葉に弱い。
成績も運動もできて褒める所だらけに思える甘噛魔にしては不思議な部分ではある。
「今は別にそういうこと話してるんじゃないぞよ。やはりドクター・クラスメイトの正体はそなたたちだったのだな。それに拙忍が恋を知らぬなど……」
ついに正体がバレた。
いつか誰かにバレるとは思っていたけど、よりによってライバルの甘噛魔にバレるとは。
この場はなんとしてでも
そう、
「話をそらさないでくれよ。竹筒の名前を聞いてるんだ。さては無いんじゃないか? 格好いい名前は。竹筒。単なる竹筒。技名はすごい凝ってるのに竹。プフッ」
ボクが吹き出すと甘噛魔は竹筒で強烈にみぞおちを突いた。
息が詰まるボクを甘噛魔は若干潤んだ瞳で見下す。
「ありますとも。竹……だから。その名も、
「えらいもっさりとした名前だな」
「竹田筒男を馬鹿にするとは死ぬ覚悟ができてるということぞよ」
甘噛魔は憤怒の表情で口をへの字に曲げて鼻をヒクヒクとさせた。
「猫丸さん、危ないっ! エイッ」
ボクの前に華縞が飛び出て竹田筒男を素早く奪い取る。
「あ、竹田筒男!」
「こんなもの」
華縞は竹田筒男に脛を当てると、両手で力を込めてへし折ろうとする。
パキッ!
人気のない校舎裏で乾いた音が響いた。
それを見て甘噛魔はがっくりと
「竹……竹田筒男ー! ラン、ランララランランラン……おじいさまー、あたいにもにんじつおしえてよー。志乃は忍者が大好きだなぁ。爺ちゃんは嬉しい。だがな、こんな時代では忍者は生きづらい。お前を
甘噛魔は時を越え、幼き日の彼女と、忍者の頭領であるお爺ちゃんを見事に演じきった。
「すごい。シームレスに回想シーンに移行してこっちの事情お構いなしに小芝居をやりきったな」
「そんな、拙忍にとって何よりも大切な竹を、竹田筒男を、許さんぞよ!」
思わずボクは気圧されて後ずさりした。
「落ち着け、リラックスしろよ。甘噛魔の純粋な子供時代はなかなか可愛いじゃないか」
「世間は純粋な者を許さないぞよ。忍者だというとバカにし、あざ笑い、差別する。力を見せれば恐れ、怯え、迫害する。人と同じように振る舞うことの出来ない者を排除するのがこの世界のやり方ぞよ。大人ですら愚かにも、みんなで仲良くと理不尽な協調を強いる。この世界には異質な者は存在する。いかに否定しようとも存在してしまうのだ。仲良くする以外に能のない者は、低き場所で仲良くしていればいい。しかし秀でた者を潰して、見せかけの協調を望むような世界は、拙忍が壊してやるぞよ」
甘噛魔は、釣り上がった瞳を大きく開き、自らの意志の強さを支えるように胸を張った。
その立ち姿は実際よりも大きく見え、眩しいほどだった。
きっと甘噛魔は、彼女自身に責任のないパーソナリティによっていじめを受けたりしたのだろう。
甘噛魔の極端な思想は、暗い時代を耐え、明るい世界を望む、彼女にとってかけがいのない正義なのだ。
華縞は甘噛魔の思わぬ過去に打ちのめされたのか、うずくまって震えていた。
無理もない。
悪役だと思っていたからこそ、戦う決意を固められたのに、相手にも事情があるとわかれば、その決心は鈍ってしまう。
甘噛魔は、華縞の傍らに転がった竹田筒男を手に取る。
「おやや!? 折れてないぞよ!」
甘噛魔が掲げた竹田筒男は無傷だった。
確かに何かが折れる音を聞いたはずだけど。
もしかして華縞は甘噛魔から話を聞き出すために、手の込んだ手品を使ったのかもしれない。
ボクを陥れようとした華縞だ、そのくらいやってもおかしくない。
うずくまったままの華縞に近づく。
華縞はボクの腕の中に転がり倒れた。
その顔は青ざめ、鼻と額に汗が玉となっていた。
「どうした! 華縞!?」
「足、折れちゃいました」
「手品じゃなかったのか。ポキって足の骨いっちゃったの? 竹田筒男に負けて?」
腕の中で華縞を抱えるボクを甘噛魔が跳ね飛ばす。
「これを飲むぞよ。我が忍の里に代々伝わる『ホネナオール』ぞよ」
そう言って甘噛魔は黒い丸薬を華縞の口にねじ込む。
「胡散臭い健康食品のようなネーミングだ。大丈夫なのか、毒じゃないだろうな」
「失敬な、一発で骨折が治るとっておきの秘薬ぞよ。あとアンチエイジング効果で肌年齢が5歳若返るし、擦り傷切り傷、夜泣き疳の虫にも大変良く効くぞよ」
「節操なく効きすぎて全然信頼出来ない!」
「あとは支えになる何かがあれば、でもそんな都合のいいものなんて……。オイラを使ってくれ! 竹、竹田筒男。いいのか? 昨日の敵は今日の友でぇい。しかし、支えになればそなたは激痛に耐えなければならないぞよ。オイラへっちゃらだい。オイラは人の役に立つために生まれてきたんだい。わかった、竹田筒男、お主を添え木として使わせてもらうぞよ」
甘噛魔は途中途中で甲高い声をだして一人で竹田筒男を振り回した。
「慣れてるみたいだけど、その一人遊びって普段からやってるの?」
甘噛魔はボクを睨みつけていった。
「人に言ったら殺すぞよ」
「さすが竹田筒男。なんてまっすぐなやつなんだ。竹だけに!」
ボクのフォローを無視して甘噛魔は華縞の足を治療し続けた。
華縞は脂汗を浮かせたまま、甘噛魔の腕にすがりついて聞いた。
「どうして、あたしなんか助けるんですか?」
「そなたがクラスメイトだからぞよ」
そう言って甘噛魔は顔を背けた。
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