第15話

 授業に戻っても中途半端なので次からにしようと、華縞はなじまと校庭に出た。


 気温は肌寒いくらいだったけど、その分日差しが暖かい。

 これからの季節はどんどん過ごしやすくなるな、と思って脇にあった花壇を見る。

 湿った土と花の名前が書いてある小さな立て札と古い竹筒が立っているだけで、まだ花は植えられていなかった。


「どうして代山だいやまのことそんなに好きなんだ?」

 ボクは振り返って華縞に尋ねた。


 華縞は陽の光に眩しそうに目を細める。

 日向に出ると肌の白さ、線の細さが目立つ。

 言動には甚だ問題があるが、こうしてみると普通の女の子だ。


 クラスの女子がボク以外の誰を好きになろうと、どうだっていいことだけど、代山となると複雑な気持ちにもなる。


 そもそもボクが代山と仲良くしているのは、席がすぐ後ろだからだけじゃない。

 あいつの性格が興味深かったからだ。

 代山はよく言えばお祭り好き、悪く言えば狂っているのだ。

 身体が弱いせいで思うように生きられないせいもあるだろう。

 運動などをしない分、本をよく読んでいるというのもあるかもしれない。

 代山の空想は、どこか破滅の匂いのするものが多い。

 「先生が殺人鬼だったら」とか「戦争が起きたら」というのをとても嬉しそうに語るのだ。

 そうした混乱の中なら、他の人間も自分のように無様に生きるはずだ。

 もちろん、身体が弱いという弱点を持った代山は、より苦しい思いをするだろうが、それでも彼はどうせ死ぬなら多くの者を道連れにした方がいいだろ、とうそぶく。


 高校生くらいになると、周りと違う変わり者であるということをアピールする奴は少なくない。

 自意識が肥大して周りからどう見られてるのかが把握できず、結果として滑稽にしか見えないという悲しいやつだ。

 でも代山はそういうやつとも違った。

 自分がそんな思想を持っているなんて公言したりしない。

 ただ心の底からそれを欲し、望み、そして現実を薄ら笑いですり抜けようとしている。


 ボクのように、人に深入りせずに観察するのが好きな人間にとっては、非常に興味深い対象だった。


「だって格好良いじゃないですか。顔が」

「顔の良さならボクの方が勝ってる」

猫丸ねこまさんって、目が悪いんですか? それとも頭が悪いんですか?」

「ボクは目も頭も悪いけど、顔と性格はいいんだ」


 好きになってしまうというのは理屈ではないのだからしかたのないことだろう。

 相手のことを詳しく知って幻滅するのも青春の一ページだ。


 それでも華縞の猪突猛進さは心配だ。

 代山のために甘噛魔あかまに対抗するとまでなると、空回りのスピードが早過ぎる気がする。


 そして厄介なことにドクター・クラスメイトの主張はクラスでも一定の支持を得ている。

 甘噛魔の理想が極端なだけに、ドクター・クラスメイトの大袈裟な言い分がちょうどいいバランスでハマったのだろう。

 正統派の対抗馬であった十文字じゅうもんじが早々に敗北したことも大きい。


「あたしが学級委員長になったら、代山さんは私のこと好きになってくれますかね?」

「そこまで思ってる人を嫌いはしないだろ」

 華縞はボクの顔を覗き込むように伺うと、プイッと顔を背けた。


「嘘ばっかり言いますね。本当はわかってるくせに。きっと代山さんは私のことなんて眼中にありませんよ」

「なんでそう思うんだ?」

「わかりますよ。ずっと見てるんですから。ずっとずっとずーっと見てたんですから。でもね、私は学級委員長になります。だってみんな幸せになる権利はあると思ってますから。みんなにあるんです。きっと。たとえ相手が振り向いてくれなくても、恋をする権利はあるんです。自分が好きでいるっていうことだけで幸せにもなれるんです。甘噛魔さんが言ってるのは振られるからって好きになっちゃいけない。モテない人は恋をしちゃいけないってのと一緒です。甘噛魔さんは恋を知らないんです」


 華縞の声に、姿勢に、表情に、強さを感じた。

 愚直という文字を背負って生きているような姿は人を惹きつける。

 何事も力を抜いていくボクとは正反対の華縞の姿に、不覚にも羨ましさを感じてしまった。


「そこまでだ。話は全て聞かせてもらったぞよ」

 声が響き渡りボクは周囲を見回して言った。

「誰だ!?」

 すると、地面から甘噛魔が回転しながら出てきた。

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