第17話

 翌日、討論の時間。


 甘噛魔あかまが教壇にてドクター・クラスメイトを待っていた。

 しかしドクター・クラスメイトは登場する気配はない。


 華縞はなじまは自分の席に座り、その成り行きを黙って見守っていた。

 骨折のためなのかはわからない。


 甘噛魔は短くため息を吐くと一人で政見せいけんを述べた。


 休み時間に華縞に調子を聞こうと思ったが、彼女はボクを無視するように机に突っ伏していた。


 さすがにクラスメイトが大勢いる教室の中でドクター・クラスメイトの話をするのはまずい。

 クラス全体の知能が下がっているために正体はバレていないが、もし話を聞いたら気づく者が出ないとも限らない。

 ボクが一人で廊下に出るとどこからともなく飛んできた謎の縄に捕縛された。


 気が付くと空き教室で眼の前に甘噛魔がいた。


「お主たちがドクター・クラスメイトであることは黙っていよう」

 甘噛魔は背中を向けたままそう言った。


 ボクと同様に、さっきドクター・クラスメイトが現れなかったことを気にしているのだろう。

 ただ、それはボクではなく華縞に言って上げて欲しかった。


「でもドクター・クラスメイトがいなければ、甘噛魔が学級委員長で決まりだぞ。敵に塩を送ってる場合か?」

「怖いのだ」

「意外なことを言うな。確かに、ドクター・クラスメイトがあそこまで善戦するとは思わなかったけど」

「そうではない。自分が怖いのだ」


 甘噛魔は肩から前に流した結った長い髪をキュッと握る。

 普段の自信に漲る甘噛魔の態度からは想像もできない、しおらしい姿だ。


 急激にシリアスな展開になったためにボクも頷いて言う。

「わかるよ。ボクも自分の美しさが怖いことがある」


 無反応。

 聞こえてなかったとかじゃない。

 甘噛魔あかまはボクの方を、表情筋を一切使ってませんというツルンとした無表情で眺めている。

 見つめているわけじゃない、その証拠に瞳に光が一切宿ってない。

 沈黙だけがただただ重く、ボクを苦しめる。


 こうなったら根比べだ。

 このボクは根比べに関してはローマ法王にも勝てるくらい頑張り屋さんなのだ。

 甘噛魔の無表情をボクはにこやかな笑顔で見返す。

 時に首を傾げ、可愛らしさをアピールする。

 甘噛魔は止めていた呼吸が限界に来たかのように顔を赤くし、顔を歪めて歯をむいた。


「美しくなどないぞよ! 鏡を見たことあるのか! なによりも性格がブスぞよ。ノーベルブス賞があったら受賞確実ぞよ」

「随分罵倒の言葉を貯めこんだみたいだな」


 根比べに負けた甘噛魔は、どこかすっきりとした表情で言った。

「拙忍が怖いのは権力ぞよ。もちろんそれは覚悟はしていた。しかし、民衆が拙忍の言葉に酔う、反応する、それは心地よいのだ。想像していた以上に」

「そうか。今まで一人で忍者として生きてきたんだもんな」

「律する心はある。常に自らを戒めようとも思っている。しかし、いつかその心地よさに流されてしまうのではないか。心地よさに執着して道を誤るのではないかという恐ろしさはつきまとう。それほどまでに権力は心地よいぞよ。だからこそ、拙忍が道を外れていないか確かめる意味でも敵はいた方が良い」

「欲望に流される気持ちはわかる。それを律しようと努力していることも知っている。でも人は弱いものだ。それを認められる甘噛魔は偉いよ。だったら一つ試してみようじゃないか」

「なんぞよ?」

「ボクのこの姿を写真に撮れ」

「縄で拘束したのは悪いと思っている。しかしお主の言動は読めなすぎるから……」

「別にそのことを咎めたりはしてないさ。締め付けもちょうどよくて悪くない」

「気持ち悪いぞよ」

「いいから撮れ」


 甘噛魔はスマホを取り出して叫んだ。

「忍スタ映えの術! カーッ」

「撮ったか? よく見るんだ。そして自分の心を落ち着かせろ」

「この写真がどうかしたのか」

「慌てなくていい。どうだ? 見てると好きになっちゃうだろ? でもそれを強い気持ちで押さえつけろ。自分に語りかけるんだ、好きになっちゃいけないと」

「なるわけないぞよ! 一体どこに好きになる要素があるぞよ? さざれ石のごとく心は動かないぞよ」

「よぉく見るんだ」

「いやぞよ」

「ほら、それがもう好きになりかけてるってことだ。なんともないならよく見れるはずだ」

「ぐぬぬ。見たぞよ」

「好きになっちゃダメだぞ。絶対に好きになっちゃダメだ。自分の心にそう語りかけるんだ」

「お主、それはなにか洗脳みたいなものぞよ! 当初の趣旨とずれた禍々しいことを企んでるぞよ」

「甘噛魔志乃。ボクを見るんだ」


 甘噛魔は苦渋に顔を歪ませる。

「こうなったらこれしかないぞよ。忍者は洗脳に掛けられた時の対処法も学んでるぞよ」


 吹っ切れた表情の甘噛魔は、ボクの身体を縛っている縄を手前に引き寄せると、そこに火をつけた。

 油か火薬でも縄に染み込んでいたのか、火はチリチリと音を立ててゆっくりと近づいてくる。


「はい、OK! よく耐えました。合格です。甘噛魔さん、もう大丈夫です。強い心を持ってます」

「いや、まだわからんぞよ」

「わかった! 十分にわかりました。あなたは大丈夫です。ボクが保証します」

「あぁ、己の心の弱さが怖いぞよ」

「ボクの方が怖いよ! 助けて」

「この気持ち怖いぞよ。権力を握った時の万能感と、他人の生殺与奪を握った時の優越感は似てるぞよ。簡単に負けてしまいそうぞよ」

「そう! ボクはそれが言いたかった! 負けないで。キミなら負けない。できる! 打ち勝つんだ!」

「自分の心を鍛え直さねば。こうしてはいられないぞよ。修行ぞよ!」

 そう言って甘噛魔は教室を出て行った。


 火はゆっくりと、しかし確実に縄を上り迫ってきた。




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