第18話

 甘噛魔あかまが教壇に立ち、教室内を見る。

 全体を見回しながらも、強く射るような目で一つの席、華縞はなじまを見据える。


 華縞は動かなかった。

 甘噛魔はドクター・クラスメイトの正体をバラす気はないということだけは華縞に伝えた。

 ただ、その言葉にも彼女は視線すらよこさず生返事をしただけだった。


 華縞は素直な人間なのだ。

 直接的すぎて生き様に弊害を起こしているが、根本は素直なのだ。

 だから、代山だいやまのためという単純な理由で飛び込むことができる。

 そしてその時に自分のスタンスとして決めたのが、甘噛魔を悪として見ることだった。


 甘噛魔の意見は極端だし、批判的な目で見れば確かに問題もある。

 それを悪と断じて向こうに回れば極端ではあるが善の意見を放つこともできる。

 素直すぎる華縞は、そこに信念を重く起きすぎたのだろう。

 それ故に甘噛魔が単純な悪ではないということに気づけば、自分の信念が揺らいでしまう。


 ボクのようないい加減な性格なら、それはそれで問題を棚上げにして続けられるのだろうが、華縞はそうじゃない。

 彼女の中では今、激しい葛藤により答えを出せずにいるように思える。


 ドクター・クラスメイトの現れない中、甘噛魔はそれでも自分の目指すべきクラスの具体的な方針について語りだした。


 その時。


「あの……」

 教室内に小さな声が発せられた。


 教室の端の女子生徒が遠慮がちに手を上げている。

 あれは確か、末洞まっど流星子ながれぼしこ


 今どきの読みづらい名前なので覚えていたけど、それ以外は全く記憶に無い。


 やたらと毛量が多くうねった癖っ毛の黒髪に顔の殆どが隠れている。

 前髪が鼻のあたりまで覆いかぶさり、表情が全くわからない。

 顔どころかどんな性格だかもわからないが、似顔絵だけは簡単に描けそうだ。

 正直、今の今までクラスにいたことすら忘れていた。


 だけど、彼女だってクラスの一員だ。

 投票権は持っている。

 発言の権利はどんな地味な人間にも、どれほど成績が悪いやつでもある。


「どうしたぞよ、末洞殿?」

「私も立候補します」

 聞き取れないくらい小さい声で末洞はそう言った。


 ボクはその発言を理解するのに時間がかかった。

 立候補ってなんだっけ? と混乱してしまうほど、末洞まっどのその発言は本人のキャラクターにマッチしていなかった。


 くノ一くのいち高校生の甘噛魔。

 謎のマスクマンのドクター・クラスメイト。

 そんな規格外の個性がぶつかり合う学級委員長選に、普通の、むしろ無個性を代表するような末洞が参戦してくるとは。


「それは認めないぞよ!」

 甘噛魔が編みこみの髪を逆立てて叫んだ。


 その感情的な態度にクラスはざわめいた。


 一週間後の投票までに誰でも立候補者を認めると言い出したのは甘噛魔だった。

 十文字じゅうもんじとやり合い、ドクター・クラスメイトなんていうキワモノまで認めたというのに。

 確かにまったく学級委員長という権力がふさわしくなさそうなか弱い少女が、甘噛魔の弁舌でいたぶられるのを見るのも忍びない。

 公平に学級委員長を選ぶという趣旨なので誰かを傷つけるのは本意ではないのだろう。


 ただ、末洞も覚悟を決めて立候補したはずだ。

 手加減できないからやめろとは言えない。

 その覚悟は誰も穢すことが出来ない。


 クラスメイトの中には、せっかく色物同士がぶつかり合うショーとして楽しんでいたのに、つまらないやつが参入して水を差されたと悪しざまに声を上げるものもいる。


 華縞がドクター・クラスメイトをどうするつもりなのか分からない中、状況の変化にボクは余計混乱してしまう。

 ドクター・クラスメイトの正体を知り、華縞が動かないのを知っている甘噛魔もそうなのだろう。

 甘噛魔は、末洞の自信なさげに佇む姿を見て、苦い顔をして結った長い髪を握りしめていた。



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