第31話
ドクター・クラスメイトは再び教室に戻った。
膠着した空気の中に突然現れた謎のマスクマンにクラスの者は誰もが振り返った。
教壇に向かう一歩一歩に視線が集まり、教卓の前に立つと、誰もがボクの吐き出す言葉を待ちわびていた。
「諸君、これからデスゲームを開始する!」
クラスメイトの顔は不機嫌そうなまま固まっていた。
唖然、呆然、何を言い出したのか理解できないという顔だ。
その中で自分の席に座っている
華縞の笑いは押し殺した小さなものだったけど、それに気づいた生徒が冗談だということを認識し、さざ波のように広がる。
当然「面白くねーよ!」と罵倒の言葉も飛んできた。
しかし、それは今までの感情をぶつけるような刺々しい言葉ではなかった。
笑いが一頻り落ち着くとボクは話を続けた。
「本当は面白かったくせに。遠慮なく笑っていいんだぞ? リラックスしようぜ。ほら、
甘噛魔は表情を崩さないままボクに向かっていう。
「お主は何をしに来たのだ。今更」
「それが聞いてくれよ。学校に着くかな、って時に子供の生まれそうな妊婦さんに出会って病院に付き添ってきて、それが終わったらお婆ちゃんが信号渡れなくて、ついでに迷子の子供にまで会って、見て見ぬふりできないだろ? 困ってる人を引き寄せるフェロモンがでてるんだろうな。最終的には迷子の宇宙人を見送るために冥王星の近くまで行ってきた」
「ふざけておるのか!」
「そうだよ。ふざけるために来たんだ」
ボクがそう答えると甘噛魔はスイカの種を
ボクはそのまま続ける。
「キミたちこそふざけもせずに何やってんだ。眉間にシワまで寄せちゃって。誰も楽しくないことを、なんで全員一丸となってやってるんだよ。……せめて誰か楽しい思いをしろよ!」
最後は恫喝するようにボクはわざと声を荒げた。
甘噛魔はボクに近づき見上げるように胸を張るとこう言った。
「お主は経緯を見ていたのであろう? ならば聞かねばならぬな、お主の主張は全ての者を幸せにするというものだった」
それは華縞が言い出したことだけど、ドクター・クラスメイトとしてはその信念は引き継がなくてはならない。
「まぁ、そうだ。変えたつもりはないからな」
「このクラスは、今、正しさに迷っている。悪を排除する末洞殿、そして愚か者を統制することで悪を抑制するこの拙忍。しかしどうだ、お主の言い分ではそんな悪人ですらも幸せにしようというのだろ?」
そもそもすべての人が幸せになれる、という考えは華縞がドクター・クラスメイトとして発したものだ。
ボクもそれに賛同してはいたけど、強い意志があってそう願ったわけじゃない。
そのためのプランを考えたこともないし、実現を夢見たことだってない。
言ってみれば聞き心地の良い理想論にすぎないのだ。
理想論だからこそボクは何も考えずに悪くないと思えたわけで、逆にすべての人が幸せになるのは許せない、なんて強く反対する方が難しい。
でも理想論は理想論だ。
それに対する実行力が伴わなければ一笑に付される。
華縞は自分の机からボクに訴えかけるような視線を飛ばしてくる。
まっすぐに自分の欲望のままに行動でき、そして傷ついていく。
その愚直さは周りの者に理解されず、疎ましがられる時もある。
それでも彼女はどこかに自分の求める幸せがあると信じて進み続けるのだろう。
あらゆる人類を憎み、自分すらも許さないでいる。
それは彼の生い立ちや、周囲から受けてきた反応によって生まれたものも多かったのだろう。
滅茶苦茶な性格だし、悪意もある。
でも、こいつが幸せになる権利はないんだろうか。
十文字は、唇を震わせて、また枯れ枝のように精気を失っている。
本来、批判に晒されるようなタイプではなかった。
真面目であろうと常日頃から心がけているのだろう。
それがどれほど大変なことかは、ちょっと想像すればわかる。
他人に厳しさを求める分だけ、自分自身にもそれ以上のものを課していたはずだ。
誰もが道に迷い、傷つく者だけが増えていく。
全ての者が幸せに。
華縞を、代山を、甘噛魔を、末洞を、十文字を、クラスのみんなを、そしてボク自身を幸せにするにはどうすればいいのか。
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