第24話

 いよいよ学級委員長選挙も大詰めに入ったというのに、この土日の間に日本中を騒然とさせた事件が起こった。


 有名な女性のグループアイドルがいる。


 ファンの投票で人気の順位、曲のソロパート、ダンスのポジションなどが決まるという企画が売りで、わざわざ説明しなくてもメディアの露出量から誰もが知る存在だ。


 そのナンバーワンに君臨していたアイドルが転落したのだ。


 始まりは男性との恋愛スキャンダルだったが、その報道に対し暴言を吐いた動画が一気に広まった。

 その印象の悪化に乗じるように未成年でありながらの飲酒と喫煙が発覚。

 アイドル活動は無期限の停止となった。


 商品価値がなくなるや否や、今まで関わったスタッフから日頃の態度の悪さを訴える情報が後を絶たなくなった。

 もちろんファンも根強く擁護していたが、国民的な人気が裏返り今や日本一の嫌われ者と言った扱いだった。

 そのアイドルの清廉なイメージを利用した広告を出していた企業は、風評被害に会いイメージが低下。

 株価も下落しているという。


 キャラクター性を信頼していいのかという問題や、何者かになりきろうとする傾向への批判。

 他にも自分は安全な場所で若者にバカなことをやらせる貴族的な楽しみ。

 炎上の持つ広告効果を肯定的に語る言説など。

 アイドル自身とはかけ離れた部分でも議論を呼んでいる。


 テレビラジオ新聞雑誌などのマスメディアは、ほとんどがこの話題で、フィクションの表現を現実の社会問題と同一視する人や政治に関する問いかけなども出ている。

 まだまだ炎上はこれからという感じで、簡単に治まりそうにもなかった。


 ネットもテレビもこの話題一色なので、当然学校でももちきりだった。


 感化されやすい我がクラスでは、一部から末洞まっどに対する批判が持ち上がった。

 学級委員長候補の中でも断トツに人気が空回りしているからだ。


 末洞はきちんと政策を述べたこともなく、イメージのみが先行していると言ってもいい。

 それをアイドルの虚像と同一視するものが出てもおかしくないだろう。

 選挙で大切なのは質ではなく数ではあるけど、数は熱量に引っ張られやすい。


 末洞が演説するまでもなく、登校した時点で批判的な声が上がり、付和雷同ふわらいどうにそれに続く者が増えた。

 擁護する者は、その姿勢こそが悪いと批判され、クラスの雰囲気はトゲトゲしくなる。


 自分を攻撃しようとする空気を敏感に感じ取ったのか、末洞は授業が始まっても教室には現れなかった。

 どこかに隠れているのか、ひょっとしたら保健室かもしれない。


 あそこには代山だいやまがいる。

 とは言え、代山が追い詰められた末洞を優しく気にかけるとは想像しがたい。

 あいつにとっては末洞も手駒の一つにしか過ぎないような気がする。


 末洞の代わりに教室内に現れてざわめきを呼んだ人物がいた。

 十文字じゅうもんじ円子まるこだ。


 十文字は髪をバッサリと切って、その辺の男子生徒よりも短いベリーショートになっていた。

 しかも、かつて清廉さを主張していた黒髪ではなく、一面の白髪。

 大きなメガネのせいか、表情すらも伝わってこない。


 たいした罪を犯したわけでもないのに、手痛い罰を受けたことを知っているクラスメイトたちは、その十文字の変わりように戸惑った。


 口やかましく、不真面目な生徒に注意する快活な生徒だったのに、表情を変えずに人を避けるように動き、誰とも目を合わせない。

 面白半分に人一人の人生を変えてしまったことにショックを受け、懺悔の言葉をつぶやくものもいた。

 気を使った仲の良かったクラスメイトが声をかけても、眼鏡の奥の光の宿っていない魂の抜けたような瞳で曖昧に相槌を打つだけ。

 その痛々しい姿が、末洞を糾弾していた者を追い詰め、さらにヒートアップする者も出始める。


 混乱。


 学級委員長選が始まる前は、誰がこんなことを予想しただろう。

 皮肉にも代山が望んでいたような事態に物事は進んでいた。

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